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特別展「茶の湯」@東京国立博物館平成館2017




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by capricciosam | 2017-04-24 23:21 | 展覧会 | Comments(0)

今様-昔と今をつなぐ-@渋谷区立松涛美術館2017

「今様(いまよう)』とは、「当世風」「現代的スタイル」といった意味で広く使われて
きた言葉です。本展ではこの言葉をキーワードに、伝統技法に接点を持つ6名の現代
アーティスト(石井亨、木村了子、染谷聡、棚田康司、満田晴穂、山本太郎)を
取り上げ、古くからの美術・工芸品から、彼らが何を受け継ぎ自身の表現として
変容させているのかを探ります。」
(今様展HPより引用)


「伝統技法に接点を持つ」というより伝統技法を身につけた彼らがその技法とともに
完成された様式(という伝統、つまり一種の制限)の中で、いかに飛翔していけるか
という挑戦なのだろう。オリジナル作品を「本歌」ととらえ、それにインスパイア
されて翻案した自分たちの作品が「本歌どり」として、いかに変容させられるか。


例えば山本太郎は琳派の流水紋を様々な意匠で描く。
そして、そこに「空き缶」という現代を仕込む。
「缶花入 銘清涼」という造花の挿した一輪挿しは、よく見ると空き缶に彩色を施した
もの。尾形光琳「紅白梅図屏風」を本歌とした作品では、左右の梅は丹念な模写だが、
真ん中を流れる川は梅に不釣り合いなくらい現代的な赤で、一見コカ・コーラの
デザインかと見まがうばかり。視線を移動していくと、川は上流の缶から流れ出ている
ことに気づき、鑑賞者の心は揺れる。これは「パロディーじゃないか」と。
また、屏風絵「隅田川 桜川」は一見すると単なるモダン風のようにも見えるが、
本歌から由来する含意と作品の破調する部分を重ねあわせると、
単なるパロディーというよりもゾッとするような凄みすら感じさせる。

染谷聡の作品は動物の一見忠実な模倣のように見えるが、どの作品もあちこちが
自ら破綻をきたしており、一種異界のモノ的な要素を放射している。
陶磁器の破損を修理する方法として「金継ぎ」という技法があるが、作品「金継ぎ鹿」
では頭骨のひびを金継ぎしたばかりか、歯の一部を金歯にしてあり、これには思わず
笑ってしまった。シャレがきつい。

木村了子の作品は伝統的な古九谷焼風なのだが、描かれる王子様の趣が案外違和感が
ない。これは意外だった。また「男子楽園図屏風」では、いわゆる草食系男子と
肉食系男子が描かれていたが、草食系男子として描かれている背景が農業の場面
だったことに少々違和感を覚えた。果たして農業男性に肉食的要素はないのだろうか?
表現する「場」として「草食系」から連想して農業を持ち出したいのだろうが、
農業に限らずどんな産業でも支える男子には肉食系と見まがう者も間違いなく存在
すると思うだけに、ややステレオタイプ的な発想だったのではないか。

満田晴穂の作品は基本的にミニチュアなため、細部への極端なこだわりには敬意を
払うものの、単独で作品として評価していくことは素人には難しい。
「円寂」「無為」「晩餐」のようにより可視化しやすいものと組み合わせていく
ことで、作品の存在を浮かび上がらせる手法に活路があるのかもしれない。
ただし、作品が従属的な位置づけとなりやすい恐れがあるのが課題か。

石井亨は西陣織の作品。美人画の部分をクローズアップした「美人画」には惹かれ、
傘やパソコンをちりばめた彩色や構図の妙にはおもしろさを感じたが、
人物描画がパターン化しているのが気になった。


棚田康司の本歌は円空らしい。
会場の中央の空間には男とも女ともつかない少し異様な表情の様々なトルソーが
展示されていた。安定感のある作風ながらも、ひとつの材料から彫りだすという
技法の引力圏から脱し切れていないもどかしさを感じてしまった。


どの作品も伝統技法を駆使して、自由奔放な表現を展開する、
醍醐味に溢れた刺激的な展覧会だった。
ただし、パロディーを肯定するか否かで評価は180度変わる可能性があるように
も思う。

松濤美術館は住宅街にひっそりと佇む。
初めて足を運んだが、鑑賞者も少なく落ち着いてゆっくりと鑑賞できた。


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<追記4.22>記事の一部を追加しました。



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by capricciosam | 2017-04-20 23:57 | 展覧会 | Comments(0)

ミュシャ展@国立新美術館2017

アルフォンス・ミュシャ(以下「ミュシャ」という)は、

「アール・ヌーヴォーを代表するグラフィックデザイナー(略)多くのポスター、
装飾パネル、カレンダー等を制作した。ミュシャの作品は星、宝石、花などの
様々な概念を女性の姿を用いて表現するスタイルと、華麗な曲線を多用した
デザインが特徴である。」
(Wikipediaより引用)

とあるように、彼の作品はポスターとして目にしていた。
今だに色褪せぬ個性は現代においても十分魅力を失わないものだと思う。
ところが、本来が画家として出発しているため

「ミュシャは故郷チェコや自身のルーツであるスラヴ民族のアイデンティティを
テーマにした作品を数多く描きました。その集大成が、50歳で故郷に戻り、晩年
の約16年間を捧げた画家渾身の作品《スラヴ叙事詩》(1912-26年)です。(略)
本展はこの《スラヴ叙事詩》をチェコ国外では世界で初めて、全20点まとめて
公開するものです。プラハ市のために描かれた《スラヴ叙事詩》は、
1960年代以降、モラヴィアのモラフスキー・クルムロフ城にて夏期のみ公開されて
はいたものの、ほとんど人の目に触れることはありませんでした。」
(ミュシャ展HPより引用)

国立新美術館2階会場に一歩入ると「原故郷のスラヴ民族」の巨大な絵が
出迎えてくれる。彼のポスターから連想するミュシャのイメージとはかけ離れている。

「スラヴ民族の祖先(3-6世紀)が他民族の侵入者から身を隠す様子を描いた場面。
画面右上では、防衛と平和の擬人像に支えられたスラヴ民族の司祭が神に慈悲を乞う。」
(ミュシャ展HPより引用)

暗い背景に描かれる侵略者とおびえる祖先がスラヴ民族の苦難さを象徴するだけに
ミュシャの愛国者としての側面が容易に想像できる。
他の作品もスラヴ民族の歴史に欠かせぬ場面が巨大なキャンバスに描かれている訳だが、
画面全体が明るいという絵は少なく、絵の一部だけが明るく他はうす暗いという
スポットライト的効果を狙って描かれているものが多い。
例えるならレンブラントの「夜警」だろうか。
例えば「東ローマ皇帝として戴冠するセルビア皇帝ステファン・ドゥシャン」は
主役であるはずの皇帝より手前の民衆に視線がいく仕掛けだ。
ミュシャの視点がどこに置かれていたかの証左だろう。

また、作品に対峙すると、ときどき目を見開き凝視してくる視線に気がつくはずだ。
まるで鑑賞者の内面を見透かすかのようなもの問いたげな視線の意味を考え、
一瞬いろいろな思いが浮かんでは消える。
色々な解釈が可能なのだろうが、凝視する人はいずれも民衆であるように思われ、
歴史の中で苦難の道を歩まざるを得なかった民への深い同情と共感があるように思われる。
ポスターで確立されたミュシャらしさとはかけ離れた技法でミュシャは民族への
深い共感を描ききったと言っても過言ではないだろう。

通常の美術展では作品の子細をもっと見ようと鑑賞者が作品に近づくものだが、
こと「スラブ叙事詩」では、その巨大なスケールを鑑賞するために
ほとんどの人が作品から離れて鑑賞するというスタイルをとる。
そのため絵の近くが空き、展示室の真ん中周辺が混雑するという現象が珍しかった。

ミュシャを一躍有名にしたポスター「ジスモンダ」をはじめ堺市からの出品が
多く展示されていて目を引いたが、こういう事情(Wikipediaの「日本との関係」参照)
あったんですね。初めて知りました。

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by capricciosam | 2017-04-18 22:40 | 展覧会 | Comments(0)

有元利夫~10年の絵と譜@札幌芸術の森美術館2016

DENONから発売されていた有田正広さんのCDのジャケットにはある作家の作品
が使われていた。画像は所有する一枚だが、どことなく中世を連想させる女性が
非現実的な空間に佇んでいる。スカート丈が長く足が隠れているため、
果たして地に足がついているのかどうかすらわからない。
一種浮遊しているようにも見える。不思議な絵だな、と思っていた。
そのわざとらしい作りや構えがバロック音楽には不思議とあっていた。
この作家の方はどなたなんだろうとは思ったものの、特に調べることもなかったが、
先日偶然有元利夫さんという方だと判った。
ちょうど札幌芸術の森美術館で回顧展が開催されていたことから足を運んでみた。
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サブタイトルが「10年の絵と譜」とあるが、38歳で早逝したため作家としての
活動は約10年余りと短く、その間の作品が年齢を追って約120点展示されていた。
絵画作品のテーマはCDジャケット同様、非現実的な空間に佇む一人の女性というのは
共通している。それが手を替え品を替え様々なバリエーションで作られている訳だが、
同一テーマの飽くなき追求というと聞こえは良いとは思うが、
どの作品からも何かを訴えようとした気配は感じられない。
むしろ同一素材をいかに表現するかを楽しんでいる風に思えてくる。
つまり、表現することに熱中していて作品を作成するに至ったモチーフが感じられない、
との穿った見方も可能なのかもしれない。そういう点では表層的として片付けられそう
にも思えるが、それにしては、どの作品も何かを触発される不思議な感覚に陥る。
ただ、晩年には作風を変える気配を感じさせた作品も残されていただけに、
もっと長生きしていたら果たしてどんな有元ワールドを見せてくれていたのだろう、
との思いも残った。

作家はまめに日記をつけていたようで、会場にはそれらの断片が所々掲示されていた。
読んでみると、作品を作る時は素材の組み合わせによる偶然性を楽しみ、風化に関心があり、
作品を見て違和感から立ち止まって考えてもらうことを狙っていたというようなことも
書かれてあった。まさしく、作家の術中にまんまとはまってしまった訳だ。

会場にはバロック音楽を愛した作家が作曲した作品も流されていた。
また当日は第17代Kitara専属オルガニストのジョン・ウォルトハウゼンさんによる
チェンバロによるミュージアムコンサートが約60分開催された。
用意されたイスが足りずに立ち見の盛況だった。
演奏された曲は次のとおり。

1 クープラン クラヴサンド曲集 第1巻 第3組曲より5曲
2 有元利夫 RONDO
3 J.S.バッハ パルティータ第4番ニ長調
アンコールに先日米国で起きた悲劇的な銃乱射事件を悼み一曲(曲名不明)。
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<追記6.21>記事の一部を加筆修正しました。


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by capricciosam | 2016-06-19 20:31 | 展覧会 | Comments(0)

若沖展@東京都美術館2016

当初予定になかったが、空前の人気に加え、閉幕間近なことから急遽帰る日に
予定を入れた。(その分、3日分の予定を2日で終えたため、2日目がタイトに
なりました。)前日カラヴァッジョ展に並んでいた時に見た殺到する膨大な
人の数からみて早朝に並ばないと、帰りの飛行機に影響を受けそうだと思い、
当日は午前7時には東京都美術館に到着するよう行動開始。
しかし、すでに美術館横に列は長く伸びており想像以上(トホッ)。
それでも芸術大学奏楽堂方面に曲がる手前で列に並ぶことができました。
8時頃から断続的に列は前に進み、割とスムーズに9時過ぎにはエスカレータ
手前に達しましたが、「入場規制が始まりました。」の無情なお知らせを聴いて
内心焦る。9時15分頃には美術館の入口をくぐり、9時30分過ぎには
入場できました。この時開館時間が約30分早まったとの声を耳にしたのですが、
4時間待ちを覚悟していただけに、2時間30分ならまだましというものでしょうか。

伊藤若冲は近年評価が急速に高まっているが、小生には未知の絵師。

会場入りするとすぐ鹿苑寺の墨による襖絵が展示されていたが、これが見事の一言。
若冲の作品としては色彩豊かな作品がTV等で紹介されていただけに、
予想を越えた出会いとなった。
早くも満足度は高まったが、1階の他作品は激混み状態でなかなか近づけずに鑑賞した。
しかしながら、ある程度の距離からでも若沖作品の凄さが伝わってくる。

次に2階に向かったが、やはり「動植彩絵」30点は壮観だった。
見事な色使いと正確な描写は驚きとともに時空を越えて鑑賞する者の心を打つ。
中でも「群鶏図」と「老松白鳳凰図」は近づくことさえままならない人だかり。
絵の大半に人だかりができていたため、間近で子細に観察できたのは数点だった。
しかし、それだけでも写生力のすごさに圧倒される。
江戸時代にこんな力量を持った人がいたことすら知らなかったが、
不思議なのは同時代や後年の他の画家たちへ影響を及ぼさなかったこと。
やはり、その世間離れした生き方が俗世の時流に乗らなかったためか。

同時に展示されていた「釈迦三尊像」は若冲自身が力を込めて描いたとされているが、
不思議だったのは釈迦と2体の菩薩が同等のサイズで描かれていたこと。
これまでいろいろな機会で観た三尊像は釈迦に比べ菩薩像は比較的小さく
描かれていた印象があるが、何故同じサイズに描いたのだろう。
きっと若冲の見方や考えが反映されていたんだろうが、果たして何が。

また、3階には若冲の収集家として有名な米国人のジョー・プライス氏の
個人収集品も多数展示されていたが、どれも見事な作品だった。
有名な「鳥獣花木図屏風」はあのドットで表現した着想といい、作画といい
いくら目を凝らして見ても不思議。どうしてこんな作品が完成できたんだ。驚き。
プライス氏が若冲と出会った作品も墨絵の掛け軸だったが、
案外シンプルな墨絵こそが若冲の真価(エッセンス)を伝えているのかもしれない、
と改めて思った。
若沖、凄い!

ブームとなった激混み展覧会は普段は避けるのだが、これは選択して正解だった。
もっとゆったりと鑑賞したかったので、今後開催されるならば会期の延長はもちろん、
東京以外への巡回展開催、時間予約制の導入なども検討してもらい、
若冲の美をもっとゆったりと味わう機会を設けてもらいたいと思う。

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<追記6.1>一部加筆、修正しました。


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by capricciosam | 2016-05-31 17:19 | 展覧会 | Comments(0)

ルノワール展@国立新美術館2016

カラヴァッジョ展を鑑賞した後、六本木の国立新美術館へ移動した。

印象派の大家ルノワールは日本人にもなじみ深く、これまでも数え切れない
くらいの展覧会が開催されてきたことだろう。本展覧会ではオルセー美術館と
オランジュリー美術館が所蔵する作品が100点以上の作品が展示されている
だけにルノワール好きにはたまらない。

小生もルノワールやセザンヌ等の印象派から西洋美術に親しんでいった訳だが、
ルノワールは良いなとは思えど、大好きという訳でもないという位置付けだ。
しかし、彼の代表作「ムーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏会」は別格。
屋外で音楽、踊り、おしゃべりと社交に興じる楽しげな群衆のひとこまを
これほど色鮮やかに切り取った一枚はルノワール作品の中でも郡を抜く。
シンプルに楽しさを追求するルノワール故に、その印象を巧みに絵にした
完成度の高さが共感を呼ぶのだろう。
ルノワールを語る時に欠かせない作品であるにもかかわらず、
これまで来日したことはなく、今回が初来日とは驚いた。
実際、本作品の前が一番混雑しており、入場者の関心の高さがうかがい知れた。

その他にも見比べて楽しい作品が展示されていた。
①「都会のダンス」と「田舎のダンス」
②「ピアノを弾く少女たち」と「ピアノを弾くイヴォンヌとクリスティーヌ・ルロル」

①は前者で描かれている男女が正式なたたずまいというのは言うまでもないことで
女性もとりすまし、画面全体が一種の冷たさを醸し出すのに比べ、後者の男女は服装も
正式とは言い難く、あまつさえ女性の口を半開きにした笑顔が素朴さを強調する。
ルノワールがどちらに好意的な視線を向けていたかは明らかで、事実この女性は
生涯の伴侶となる人であった。他にも「母性 乳飲み子(ルノワール夫人と息子ピエール)」
で赤ちゃんの息子にお乳を含ませる夫人の肖像画と、そばに彼女が亡くなった時に
作られた彫像も展示されていた。ルノワールの暖かくやさしいまなざしを感じずには
いられなかった。

②は前者はルノワールの代表的な作品のひとつ。
後者はそのモデルとなった二人の少女の5年後を描いているが、構図も異なり平板な印象。
モデル、構図含め前者のほうが観る者を惹きつける。

その他、「私は人物画家だ」というコーナーが設けられるくらい、
改めてルノワールの肖像画は魅力的だなと感じられた。
ルノワールの生涯にわたる画業を俯瞰的に観賞する絶好の機会だった。

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by capricciosam | 2016-05-29 23:12 | 展覧会 | Comments(2)

カラヴァッジョ展@国立西洋美術館2016

作品に混じってカラヴァッジョ(1571-1610)が生きた当時の史料(古文書)が
いくつも展示されていた。その内容はトラブル(刀剣の不法所持等)が目立つ。
特に、レストランで注文の品を確認したところ、生意気な回答をした給仕に皿を
投げつけて怪我をさせ、その上殺そうとした一件(食堂でのアーティチョーク事件)は
彼の激情ぶりの証。とにかく気性の荒い人間性が災いした故の素行は決して
褒められたものではなかったようだ。
しかしながら、作品の数々は当時から定評あるものだったらしいし、
後代に続く画家に与えた影響も大きい。

今回の展覧会では彼の作品は11点(帰属含めると12点)が展示れされていた。
7つのコーナーと1セクションから構成されていたので順に振り返ってみたい。

Ⅰ風俗画:占い、酒場、音楽
1「女占い師」(1597年)日本初公開
いきなり有名作品が展示されていたが、こういう寓意が含まれた絵は
当時の流行だったのだろう。絵のバランスは良いが平板な感じで、
若者の指から指輪を抜き取ろうとする女の指も動きやリアルさに乏しい。

Ⅱ風俗画:五感
2「トカゲに噛まれる少年」(1596-97年頃)日本初公開
綺麗な花の陰にトカゲあり、ということで寓意か込められている作品だが、
目を凝らして見てもトカゲはわからない。噛まれて深い陰影を刻んで顔ゆがめる
少年の姿に作品名に込められた意を理解することになる。
タッチがやや粗く、その分絵自体に動きがある。

3「ナルキッソス」(1599年頃) 
水面に映し出される自らの姿に恍惚とするナルシスを描いているが、
水面含めて全体は暗い色調の中に沈んでいる。ガラヴァッジョの特徴の
ひとつである明暗もはっきりとはしないが不思議な静謐さが魅力的だ。

Ⅲ静物
4「果物籠を持つ少年」(1593-94年頃)
工房時代の雇われて制作に励んだ時代の作品。手前に書かれている果物籠は
細部まで明確だが、それを手に持つ少年はややぼやけた感じで描かれている。
そのため一種の遠近感があり、画家の関心や主題が果物籠にあったことがわかる。

5「バッカス」(1597-98年頃)日本初公開
一見して男か女かちょつと判別しにくい不思議な絵。
細部にわたりよく描かれているが、明暗は明確ではなく、やや平板な印象を受ける。

Ⅳ肖像
6「マッフェオ・バルベリーニの肖像」(1596年頃)日本初公開
将来のローマ教皇を描いているが、野心の点った目つき顔つきの描写はさすがだ。
しかし、服の襞の陰影はぎこちなく、全体のバランスにもやや欠けている。

Ⅴ光
7「エマオの晩餐」(1606年)
カラヴァッジョには同一テーマで他の作品もあるが、これは逃亡中の晩年の作。
全体が暗く沈んだ中に復活したキリストと、それと知って驚くまわりの人物の一瞬を
切り取ったものだが、明るく浮かび上がるキリストは視線を落とし落ち着き払っている
ように思える。後述する「エツケ・ホモ」と描き方としては共通するのだろうが、
こちらは受難の後の復活した姿だけに表情に苦さは感じられない。

Ⅵ斬首
8「メドゥーサ」(1597-98年頃)日本初公開
斬首の絵はユデトの逸話を主題としたものが有名だが、残念ながら今回は来日していない。
代わって盾に描かれた神話のメドゥーサの作品が展示されていた。ローマに展示されている
作品の一次作品らしい。

Ⅶ聖母と聖人の新たな図像
9「洗礼者聖ヨハネ」(1602年)日本初公開
顔をうつむき気味にし髪で目も隠れがちなヨハネの表情はわからない。
3に通じるあいまいさを残して完成させた作品と言えるだろう。

10「仔羊の世話をする聖ヨハネ」(帰属)
「帰属」ということは真筆とは確認されていない意味なのだろうが、
9よりも余程カラヴァッジョらしいたたずまいを感じさせた作品。

11「法悦のマグダラのマリア」(1606年)世界初公開
近年カラヴァッジョの作品として認められて以降、世界初公開となった作品。
もともとこの主題で描かれると髑髏が配置されるため不気味さが漂うのだが、
カラヴァッジョ作品ではエロティックさも加味されてなんとも妖しい雰囲気だ。
信仰薄い身には理解不能なのだが、宗教的な恍惚感とはこういうものなのか。

ミニ・セクション
12「エッケ・ホモ」(1605年頃)
注文を受けて制作したが、注文主はカラヴァッジョの作品が気に入らなかったらしく
別の画家に同一テーマで再発注した。その2枚がミニ・セクションとして
対比されて展示されていた。絵筆のタッチもさることながら、キリストの描き方の違い
が気になった。どちらの作品も描かれているのは3人。
別の画家の手になるものはキリストを真ん中にし、明るい色調で焦点はキリストに
あっているように見える。そして身体は傷つき、表情も口を開け、視線は天上を向き、
いかにも絶望的な様子がうかがえる。キリスト像としては定型的な描き方だし、
ある意味表層的とも言える。

しかし、カラヴァッジョの作品では全体の色調も暗く、身体に傷もないキリストは
脇役的に左端に配置され、視線を落とし口を閉じている。
むしろ目立つのは右側で「エッケ・ホモ」(この人を見よ)と叫んでいる人物だ。
真ん中の人物分の間をとって静かに過酷な運命を受容しようとしている力強い達観の
境地や凄みすら感じさせる。カラヴァッジョの作品はキリストの中に真の強靱さを
描き切っているとも言える。斬新な視点だと思うが、当時の通俗的考えでは
受容されなかったということか。

カラヴァッジョの真作は60点強と言われているらしいが、初公開作品含め約2割一挙に
観賞できたことは幸いだった。破天荒な生き方がとかく注目されがちだが、作品そのものは
時代を先取りしていく意欲的なもので、技法含め興味深い充実した展示だった。
また、本人の作品以外にも多くのカラヴァジェスキの作品も展示されて見応えがあった。
カラヴァジェスキとは

「カラヴァッジョの画法を模倣し継承した同時代及び次世代の画家たちの総称。
彼らの多くはカラヴァッジョ本人を直接知ることなく、作品の魅力に引きつけられて
その画法を学び新たに発展させました。」
(以上、「カラヴァッジョ展」HPより引用)

一派を為すことなく後代に影響を与えたという点では、昨年観た琳派との類似性を
思わせる。洋の東西を問わず似たような現象はあるものだ。
彼らの特徴のひとつは光源から照らし出された明暗を強調した作品が目立つことだ。
例えば、ろうそくを囲む顔は明るく照らし出され、彼らのいる室内は暗く閉ざされている。
中でもラ・トゥールの作品「煙草を吸う男」は強く印象に残った。
彼はカラヴァッジョの創造した明暗技法をより忠実に、さらに発展させたように思う。

<蛇足>
開館前の行列に並んでいたら、東京文化会館との間の道を公園口方向から東京都美術館に
向かうものすごい人、人、人。会期も終わりに近づいた「若冲展」に向かう人たちなのだが、
まるで川の流れでも見ているかのような錯覚に襲われた。こんなのは初めてだった。
そんな感想を思わず口に出したら、前に並んでいた山梨県のご夫妻に笑われてしまった。

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by capricciosam | 2016-05-26 06:55 | 展覧会 | Comments(2)

銀座「春画」展@東京・永井画廊2015

小旅行の直前に銀座の永井画廊でも春画展が開催されていることを知り、
「そうそう見られる訳ではないので、時間があればついでに見ていくか。」
くらいの気持ちだったが、春画展を見終わっても、帰りの飛行機までは
時間に余裕があったので、永青文庫を出てそのまま銀座まで足を伸ばした。
画廊故展示スペースはかなり制限される中、画廊の4階、5階、8階を使って
銀座「春画」展は開かれていた。昼も春画である。しかも、銀座。

永青文庫の春画展は春画の世界を知ってもらおうという意図らしく、多くの
作品の紹介に重点を置いたため、春画の全体像を掴むという点においては
申し分なかったが、巻物等の一部だけ、12枚組の数枚だけ等作品そのもの
の展示はスペースの都合上、部分的、限定的にならざるを得なかったようだ。

その点、銀座では点数はさらにぐっと限られるものの、構成が2つに
絞られていた。4階では春画が江戸時代からたびたび禁止されたにもかかわらず、
「公然の秘密」として貴賤を問わず支持され、明治時代以降の近代化で激しく
制限されてきた中でどのように命脈を保ってきたか、を実際の春画・艶本を
展示しつつ解説していく、いわば春画・艶本の具体的な歴史。
この歴史の部分は永青文庫では解説でも軽く触れられていたが、段階を追って
解説している銀座のほうがわかりやすかった。

5階ではデジタル技術で彩色鮮やかに蘇った葛飾北斎の艶本「萬福和合神」が
物語に沿って読み進めることができるようになっていたが、これも永青文庫に
ない試みで、春画・艶本を通読する体験ができたことで春画との距離を縮めた
ように思う。

このように、銀座「春画」展はテーマを絞ることで深掘りされた感じで
永青文庫と併せて鑑賞したことで、より春画の世界への理解が一歩進んだように
思われ、銀座へ足を伸ばして正解だった。

しかしながら、2つの展覧会をみて感じるのは、春画の特異性は美術としての
評価が妥当なのか否かが、やはり大いに迷う代物だな、という位置付けの
難しさだった。将来、性への倫理観自体が変化していく中では、日中に
年齢制限もなく、堂々と鑑賞される時がくるのかもしれないが、
昭和生まれの硬い頭では内容の過激さから「公然の秘密」というよりも
「18歳未満鑑賞禁止の美」程度が妥当な落ち着きどころでは、と思ってしまう。

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<11.15追記>記事の一部を加筆修正しました。


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by capricciosam | 2015-11-12 00:03 | 展覧会 | Comments(0)

春画展@東京・永青文庫2015

2013年にロンドンの大英博物館で春画をテーマとした大規模な展覧会が開催され
大きな反響を呼んだことは知っていたが、こと春画だけにこれまで実物を観る機会は
なかった。古今東西、男女の性器や陰毛を描いた美術品は膨大な数になると思うが、
これらを描くことまでは藝術の範囲として許容され、受容されてきた歴史がある。
先日もモディリアーニの描いた「横たわる裸婦」が美術品として歴代2位の210億円で
落札されたことが報じられたが、この絵でも性器そのものは描かれていないが陰毛は
しっかり描かれている。でも、高価な美術品である。これを猥褻視する人はさすがに
少ないだろう。

しかし、男女の営みの中で性器がどのように機能するか、いわゆる性交という場面
では、人間の営みとしては欠かせないものではあるが、白日の下にさらすと社会秩序
を乱す猥褻なものとしてタブー視され、制限されてきた歴史が続いてきた。
21世紀を迎えても依然おおっぴらなものではないと思う。
江戸時代の名だたる浮世絵師の描いた作品でも、この場面があるがために美術として
愛でるというよりは、性愛の目的のために愛でるという方向に変質せざるを得ない
のが春画の特性であり、春画たる所以なのだろう。
しかし、性交は人間の営みには欠かせぬもの故、厳しく制限されても
春画は支持され、命脈を保ち続けてきたのだろう。春画の持つ強みか。

そんな春画が日本で初めて展覧会として開催されたので、今回の小旅行の仕上げ
として開館に合わせて足を運んでみた。朝から春画、である。開館前から30数人の
列ができていたが、18歳未満入場禁止とはいうものの、老若男女の幅広い層が
観賞しており、中でも若い女性の姿を多く目にしたことは正直驚いた。

「浮世絵春画は人間の性愛を描いた浮世絵(肉筆画、版画、版本)の総称です。江戸時代
を通じて制作された浮世絵版画は(略)大名から庶民まで貴賤を問わず、老若男女に愛好
されました。人間の自然な営みである性を主題とする絵画は、古今東西にわたって広く
存在しますが、その中で日本の浮世絵春画は質量ともに群を抜いており、まさに世界に
誇るべき美の世界を創出しています。」
(以上、展覧会チラシより引用)

展覧会は、プロローグ、肉筆の名品、版画の傑作、豆判の世界、エピローグで
構成されている。
プロローグでは愛を交わす手前の段階、男が女の裾に手を差し入れる、いわば
イントロを描いた作品が展示されている。
「これが春画?」と一瞬侮ったが、次の肉筆の名品からはデフォルメされた性器や
性行為の場面が続き、いやはや圧倒された。
現代の性の乱れを嘆く声もあるが、描かれているものには男女の性行為だけでなく、
男色、複数での性愛行為等も描かれていて、現代でも耳にすることだけに、
性の世界は時空を越えて普遍的なものだな、と妙なところで感心してしまった。

4期に分かれている展示期間のうちの3期目を観賞したが、肉筆の名品では円山応挙も
描いていたことに驚いたことと、「陽物涅槃図」には思わず笑ってしまったこと位
しか印象にない。後者は一見したらよく見る涅槃図なのだが、横たわっているのは
手足のついた男根という擬人化したパロディ。笑いのめす、しゃれっ気というのは
今も昔も変わらないんですね。

次の版画の傑作では歌川国貞、歌川国芳、喜多川歌麿等の彩色された版画は見事な
版画の技巧が凝らされていて、性愛の場面であることを抜きにしても惹きつけるもの
がある。中でも鳥居清長の横長に切り取った4つの画面に様々な男女の性行為場面を
描いている「袖の巻」は、クローズアップされた男女の恍惚とした表情とともに
結合が段階的に深まり、ついには行為を終えた後の余韻に浸る様に至る。
時系列的な流れを描き、全体を描かない大胆なトリミング効果が意表を突いて
見事だった。露骨さを無視すれば見事な作品だ。
また、江戸時代以前は物語性があったものが、江戸時代になり急速に普及していく
と物語性を喪失し、単に性愛の場面を描いたものに変っていった、と解説にあった
が、これは春画の特性としては宜なるかなだろう。

豆判の世界の続きに細川家に伝わる永青文庫所蔵の肉筆作品と版画が展示されていた。
春画展の企画が多くの国内の美術館、博物館で断られた中、ひと肌脱いで細川家所縁
の永青文庫で開催し、おまけに秘蔵の品物を堂々と公開する細川元総理の度量の広さ
には感心した。

これまでどのくらいの入場者数なのか、どのような反響を呼んでいるのか。
興味深いところだが、制限のある中、ひとまず扉をこじ開けた意義はあったと思う。
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<追記11.15>記事の一部を加筆修正しました。
<追記2016.2.7>会期中21万220人の来場者があり、永青文庫としては開設以来最高。
図録も一般的な展覧会の倍以上という約2割の人が購入したとのこと。
また、京都展が京都市細見美術館(京都市左京区)で2/6~4/10開催されるとのこと。
一部展示は入れ替わるものの、18歳未満入場禁止は継続。


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by capricciosam | 2015-11-10 00:18 | 展覧会 | Comments(0)

正倉院展@奈良国立博物館2015

奈良を訪れるのは修学旅行以来。何回か訪れている京都に比べると土地勘がなさすぎるので、
JR奈良駅からは市バスを利用した。開館10分前には到着したが、すでに長蛇の列。
昨日の京都国立博物館の待ち時間を思い出して一瞬覚悟したが、待ち時間もほとんどなく
入場が極めてスムーズだったのは幸いだった。

正倉院については東大寺にあり、校倉作りで、聖武天皇の宝物を中心に収納しているが、
特段美術品ばかりが集められている訳でもない程度の予備知識しかなかったので、
年に一回しか公開されない展覧会ではどんな品々に出会えるのだろう、と楽しみだった。
今回は63件(うち初出陳12件)の宝物が出陳されていた。会場の解説には一回公開されると
原則10年は公開されないとあり、今回で67回目だから、全体はすごい数なんだろうと
配布されている資料をみると、なんと約9000件。
これは生涯の趣味として毎年リピートされる方もいるだろうな、と思った。

まず、聖武天皇の遺愛の品々から展示されていたが、「平螺鈿背八角鏡」には目を奪われた。
きれいな貝や宝石の細工がなされており、唐から伝来したと推定される。当時の唐が愛でた美
なのだろうが、それにしても見事なものだ。しかし、残念なことに鎌倉時代に盗難にあい、
大きく破損し明治時代に修理を受けたことがわかっているらしい。
併せてこの鏡を納める漆の円形箱が展示されていたが、漆皮箱とある。獣の皮を成形して
漆を塗ったものらしいが、これも奈良時代に盛んだったが平安時代には木に漆へと移っていった
らしい。

次の天平の音楽と舞踊のコーナーにはポスターにも使われているぺルシャを起源とする
「紫檀木画槽琵琶」やいろいろな伎楽面が展示されていた。この琵琶の撥面に描かれた絵は
かすれて判別し難いものの、背面の小花模様のこまかな細工には目が釘付けとなった。
また、表面に模様の彫られた蛇紋岩で作られた横笛と縦笛も展示されていたが、戦後すぐに
録音されたこれらの笛の音が交互に流されて、音の天平体験をすることができた。
音自体は薄い響きの素朴な味わいだった。

その他にも当時の為政者と仏教がいかに密接だったかを示す仏具や袈裟が展示されていた。
そのひとつ、聖武天皇の遺愛品のリストである「国家珍宝帳」の筆頭に記載されている
「七条褐色紬袈裟」はインド出身の密教の僧が身にまとったものとのことであるが、
教科書では密教の伝来は空海や最澄によるとされているので、実はもっと早くに密教に触れて
いたのではないか、と想像力をかき立てられた。

また古文書(現代の戸籍に相当するものや依頼文書)が興味深かった。
戸籍に当たるものは楷書で書かれているので「男、女」という文字の他、「妻、妾、弟、妹、
孫、姪」という文字が確認でき、家族という概念が当時から形作られていることがわかった。
また、傑作だったのは、要するに「金を払うから代筆して」とか、「納期に間に合わないから
もう一回納期を延ばして」という内容の古文書で、「当時も今と大して変わらないなー」と
思わず苦笑してしまった。
その他、当時の度量衡の意識が垣間見える装飾の施された「紅牙撥褸尺」や動物の毛を使用した
敷物等興味はつきなかった。

「正倉院はシルクロードの終着点」とも言われるが、今回の展示品だけでも当時のアジアや
奈良時代の暮らしが想像され、とても興味深いものだった。思い切って来て正解だった。
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by capricciosam | 2015-11-08 11:48 | 展覧会 | Comments(0)