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若沖展@東京都美術館2016

当初予定になかったが、空前の人気に加え、閉幕間近なことから急遽帰る日に
予定を入れた。(その分、3日分の予定を2日で終えたため、2日目がタイトに
なりました。)前日カラヴァッジョ展に並んでいた時に見た殺到する膨大な
人の数からみて早朝に並ばないと、帰りの飛行機に影響を受けそうだと思い、
当日は午前7時には東京都美術館に到着するよう行動開始。
しかし、すでに美術館横に列は長く伸びており想像以上(トホッ)。
それでも芸術大学奏楽堂方面に曲がる手前で列に並ぶことができました。
8時頃から断続的に列は前に進み、割とスムーズに9時過ぎにはエスカレータ
手前に達しましたが、「入場規制が始まりました。」の無情なお知らせを聴いて
内心焦る。9時15分頃には美術館の入口をくぐり、9時30分過ぎには
入場できました。この時開館時間が約30分早まったとの声を耳にしたのですが、
4時間待ちを覚悟していただけに、2時間30分ならまだましというものでしょうか。

伊藤若冲は近年評価が急速に高まっているが、小生には未知の絵師。

会場入りするとすぐ鹿苑寺の墨による襖絵が展示されていたが、これが見事の一言。
若冲の作品としては色彩豊かな作品がTV等で紹介されていただけに、
予想を越えた出会いとなった。
早くも満足度は高まったが、1階の他作品は激混み状態でなかなか近づけずに鑑賞した。
しかしながら、ある程度の距離からでも若沖作品の凄さが伝わってくる。

次に2階に向かったが、やはり「動植彩絵」30点は壮観だった。
見事な色使いと正確な描写は驚きとともに時空を越えて鑑賞する者の心を打つ。
中でも「群鶏図」と「老松白鳳凰図」は近づくことさえままならない人だかり。
絵の大半に人だかりができていたため、間近で子細に観察できたのは数点だった。
しかし、それだけでも写生力のすごさに圧倒される。
江戸時代にこんな力量を持った人がいたことすら知らなかったが、
不思議なのは同時代や後年の他の画家たちへ影響を及ぼさなかったこと。
やはり、その世間離れした生き方が俗世の時流に乗らなかったためか。

同時に展示されていた「釈迦三尊像」は若冲自身が力を込めて描いたとされているが、
不思議だったのは釈迦と2体の菩薩が同等のサイズで描かれていたこと。
これまでいろいろな機会で観た三尊像は釈迦に比べ菩薩像は比較的小さく
描かれていた印象があるが、何故同じサイズに描いたのだろう。
きっと若冲の見方や考えが反映されていたんだろうが、果たして何が。

また、3階には若冲の収集家として有名な米国人のジョー・プライス氏の
個人収集品も多数展示されていたが、どれも見事な作品だった。
有名な「鳥獣花木図屏風」はあのドットで表現した着想といい、作画といい
いくら目を凝らして見ても不思議。どうしてこんな作品が完成できたんだ。驚き。
プライス氏が若冲と出会った作品も墨絵の掛け軸だったが、
案外シンプルな墨絵こそが若冲の真価(エッセンス)を伝えているのかもしれない、
と改めて思った。
若沖、凄い!

ブームとなった激混み展覧会は普段は避けるのだが、これは選択して正解だった。
もっとゆったりと鑑賞したかったので、今後開催されるならば会期の延長はもちろん、
東京以外への巡回展開催、時間予約制の導入なども検討してもらい、
若冲の美をもっとゆったりと味わう機会を設けてもらいたいと思う。

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<追記6.1>一部加筆、修正しました。


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by capricciosam | 2016-05-31 17:19 | 展覧会 | Comments(0)

ルノワール展@国立新美術館2016

カラヴァッジョ展を鑑賞した後、六本木の国立新美術館へ移動した。

印象派の大家ルノワールは日本人にもなじみ深く、これまでも数え切れない
くらいの展覧会が開催されてきたことだろう。本展覧会ではオルセー美術館と
オランジュリー美術館が所蔵する作品が100点以上の作品が展示されている
だけにルノワール好きにはたまらない。

小生もルノワールやセザンヌ等の印象派から西洋美術に親しんでいった訳だが、
ルノワールは良いなとは思えど、大好きという訳でもないという位置付けだ。
しかし、彼の代表作「ムーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏会」は別格。
屋外で音楽、踊り、おしゃべりと社交に興じる楽しげな群衆のひとこまを
これほど色鮮やかに切り取った一枚はルノワール作品の中でも郡を抜く。
シンプルに楽しさを追求するルノワール故に、その印象を巧みに絵にした
完成度の高さが共感を呼ぶのだろう。
ルノワールを語る時に欠かせない作品であるにもかかわらず、
これまで来日したことはなく、今回が初来日とは驚いた。
実際、本作品の前が一番混雑しており、入場者の関心の高さがうかがい知れた。

その他にも見比べて楽しい作品が展示されていた。
①「都会のダンス」と「田舎のダンス」
②「ピアノを弾く少女たち」と「ピアノを弾くイヴォンヌとクリスティーヌ・ルロル」

①は前者で描かれている男女が正式なたたずまいというのは言うまでもないことで
女性もとりすまし、画面全体が一種の冷たさを醸し出すのに比べ、後者の男女は服装も
正式とは言い難く、あまつさえ女性の口を半開きにした笑顔が素朴さを強調する。
ルノワールがどちらに好意的な視線を向けていたかは明らかで、事実この女性は
生涯の伴侶となる人であった。他にも「母性 乳飲み子(ルノワール夫人と息子ピエール)」
で赤ちゃんの息子にお乳を含ませる夫人の肖像画と、そばに彼女が亡くなった時に
作られた彫像も展示されていた。ルノワールの暖かくやさしいまなざしを感じずには
いられなかった。

②は前者はルノワールの代表的な作品のひとつ。
後者はそのモデルとなった二人の少女の5年後を描いているが、構図も異なり平板な印象。
モデル、構図含め前者のほうが観る者を惹きつける。

その他、「私は人物画家だ」というコーナーが設けられるくらい、
改めてルノワールの肖像画は魅力的だなと感じられた。
ルノワールの生涯にわたる画業を俯瞰的に観賞する絶好の機会だった。

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by capricciosam | 2016-05-29 23:12 | 展覧会 | Comments(2)

カラヴァッジョ展@国立西洋美術館2016

作品に混じってカラヴァッジョ(1571-1610)が生きた当時の史料(古文書)が
いくつも展示されていた。その内容はトラブル(刀剣の不法所持等)が目立つ。
特に、レストランで注文の品を確認したところ、生意気な回答をした給仕に皿を
投げつけて怪我をさせ、その上殺そうとした一件(食堂でのアーティチョーク事件)は
彼の激情ぶりの証。とにかく気性の荒い人間性が災いした故の素行は決して
褒められたものではなかったようだ。
しかしながら、作品の数々は当時から定評あるものだったらしいし、
後代に続く画家に与えた影響も大きい。

今回の展覧会では彼の作品は11点(帰属含めると12点)が展示れされていた。
7つのコーナーと1セクションから構成されていたので順に振り返ってみたい。

Ⅰ風俗画:占い、酒場、音楽
1「女占い師」(1597年)日本初公開
いきなり有名作品が展示されていたが、こういう寓意が含まれた絵は
当時の流行だったのだろう。絵のバランスは良いが平板な感じで、
若者の指から指輪を抜き取ろうとする女の指も動きやリアルさに乏しい。

Ⅱ風俗画:五感
2「トカゲに噛まれる少年」(1596-97年頃)日本初公開
綺麗な花の陰にトカゲあり、ということで寓意か込められている作品だが、
目を凝らして見てもトカゲはわからない。噛まれて深い陰影を刻んで顔ゆがめる
少年の姿に作品名に込められた意を理解することになる。
タッチがやや粗く、その分絵自体に動きがある。

3「ナルキッソス」(1599年頃) 
水面に映し出される自らの姿に恍惚とするナルシスを描いているが、
水面含めて全体は暗い色調の中に沈んでいる。ガラヴァッジョの特徴の
ひとつである明暗もはっきりとはしないが不思議な静謐さが魅力的だ。

Ⅲ静物
4「果物籠を持つ少年」(1593-94年頃)
工房時代の雇われて制作に励んだ時代の作品。手前に書かれている果物籠は
細部まで明確だが、それを手に持つ少年はややぼやけた感じで描かれている。
そのため一種の遠近感があり、画家の関心や主題が果物籠にあったことがわかる。

5「バッカス」(1597-98年頃)日本初公開
一見して男か女かちょつと判別しにくい不思議な絵。
細部にわたりよく描かれているが、明暗は明確ではなく、やや平板な印象を受ける。

Ⅳ肖像
6「マッフェオ・バルベリーニの肖像」(1596年頃)日本初公開
将来のローマ教皇を描いているが、野心の点った目つき顔つきの描写はさすがだ。
しかし、服の襞の陰影はぎこちなく、全体のバランスにもやや欠けている。

Ⅴ光
7「エマオの晩餐」(1606年)
カラヴァッジョには同一テーマで他の作品もあるが、これは逃亡中の晩年の作。
全体が暗く沈んだ中に復活したキリストと、それと知って驚くまわりの人物の一瞬を
切り取ったものだが、明るく浮かび上がるキリストは視線を落とし落ち着き払っている
ように思える。後述する「エツケ・ホモ」と描き方としては共通するのだろうが、
こちらは受難の後の復活した姿だけに表情に苦さは感じられない。

Ⅵ斬首
8「メドゥーサ」(1597-98年頃)日本初公開
斬首の絵はユデトの逸話を主題としたものが有名だが、残念ながら今回は来日していない。
代わって盾に描かれた神話のメドゥーサの作品が展示されていた。ローマに展示されている
作品の一次作品らしい。

Ⅶ聖母と聖人の新たな図像
9「洗礼者聖ヨハネ」(1602年)日本初公開
顔をうつむき気味にし髪で目も隠れがちなヨハネの表情はわからない。
3に通じるあいまいさを残して完成させた作品と言えるだろう。

10「仔羊の世話をする聖ヨハネ」(帰属)
「帰属」ということは真筆とは確認されていない意味なのだろうが、
9よりも余程カラヴァッジョらしいたたずまいを感じさせた作品。

11「法悦のマグダラのマリア」(1606年)世界初公開
近年カラヴァッジョの作品として認められて以降、世界初公開となった作品。
もともとこの主題で描かれると髑髏が配置されるため不気味さが漂うのだが、
カラヴァッジョ作品ではエロティックさも加味されてなんとも妖しい雰囲気だ。
信仰薄い身には理解不能なのだが、宗教的な恍惚感とはこういうものなのか。

ミニ・セクション
12「エッケ・ホモ」(1605年頃)
注文を受けて制作したが、注文主はカラヴァッジョの作品が気に入らなかったらしく
別の画家に同一テーマで再発注した。その2枚がミニ・セクションとして
対比されて展示されていた。絵筆のタッチもさることながら、キリストの描き方の違い
が気になった。どちらの作品も描かれているのは3人。
別の画家の手になるものはキリストを真ん中にし、明るい色調で焦点はキリストに
あっているように見える。そして身体は傷つき、表情も口を開け、視線は天上を向き、
いかにも絶望的な様子がうかがえる。キリスト像としては定型的な描き方だし、
ある意味表層的とも言える。

しかし、カラヴァッジョの作品では全体の色調も暗く、身体に傷もないキリストは
脇役的に左端に配置され、視線を落とし口を閉じている。
むしろ目立つのは右側で「エッケ・ホモ」(この人を見よ)と叫んでいる人物だ。
真ん中の人物分の間をとって静かに過酷な運命を受容しようとしている力強い達観の
境地や凄みすら感じさせる。カラヴァッジョの作品はキリストの中に真の強靱さを
描き切っているとも言える。斬新な視点だと思うが、当時の通俗的考えでは
受容されなかったということか。

カラヴァッジョの真作は60点強と言われているらしいが、初公開作品含め約2割一挙に
観賞できたことは幸いだった。破天荒な生き方がとかく注目されがちだが、作品そのものは
時代を先取りしていく意欲的なもので、技法含め興味深い充実した展示だった。
また、本人の作品以外にも多くのカラヴァジェスキの作品も展示されて見応えがあった。
カラヴァジェスキとは

「カラヴァッジョの画法を模倣し継承した同時代及び次世代の画家たちの総称。
彼らの多くはカラヴァッジョ本人を直接知ることなく、作品の魅力に引きつけられて
その画法を学び新たに発展させました。」
(以上、「カラヴァッジョ展」HPより引用)

一派を為すことなく後代に影響を与えたという点では、昨年観た琳派との類似性を
思わせる。洋の東西を問わず似たような現象はあるものだ。
彼らの特徴のひとつは光源から照らし出された明暗を強調した作品が目立つことだ。
例えば、ろうそくを囲む顔は明るく照らし出され、彼らのいる室内は暗く閉ざされている。
中でもラ・トゥールの作品「煙草を吸う男」は強く印象に残った。
彼はカラヴァッジョの創造した明暗技法をより忠実に、さらに発展させたように思う。

<蛇足>
開館前の行列に並んでいたら、東京文化会館との間の道を公園口方向から東京都美術館に
向かうものすごい人、人、人。会期も終わりに近づいた「若冲展」に向かう人たちなのだが、
まるで川の流れでも見ているかのような錯覚に襲われた。こんなのは初めてだった。
そんな感想を思わず口に出したら、前に並んでいた山梨県のご夫妻に笑われてしまった。

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by capricciosam | 2016-05-26 06:55 | 展覧会 | Comments(2)

銀座「春画」展@東京・永井画廊2015

小旅行の直前に銀座の永井画廊でも春画展が開催されていることを知り、
「そうそう見られる訳ではないので、時間があればついでに見ていくか。」
くらいの気持ちだったが、春画展を見終わっても、帰りの飛行機までは
時間に余裕があったので、永青文庫を出てそのまま銀座まで足を伸ばした。
画廊故展示スペースはかなり制限される中、画廊の4階、5階、8階を使って
銀座「春画」展は開かれていた。昼も春画である。しかも、銀座。

永青文庫の春画展は春画の世界を知ってもらおうという意図らしく、多くの
作品の紹介に重点を置いたため、春画の全体像を掴むという点においては
申し分なかったが、巻物等の一部だけ、12枚組の数枚だけ等作品そのもの
の展示はスペースの都合上、部分的、限定的にならざるを得なかったようだ。

その点、銀座では点数はさらにぐっと限られるものの、構成が2つに
絞られていた。4階では春画が江戸時代からたびたび禁止されたにもかかわらず、
「公然の秘密」として貴賤を問わず支持され、明治時代以降の近代化で激しく
制限されてきた中でどのように命脈を保ってきたか、を実際の春画・艶本を
展示しつつ解説していく、いわば春画・艶本の具体的な歴史。
この歴史の部分は永青文庫では解説でも軽く触れられていたが、段階を追って
解説している銀座のほうがわかりやすかった。

5階ではデジタル技術で彩色鮮やかに蘇った葛飾北斎の艶本「萬福和合神」が
物語に沿って読み進めることができるようになっていたが、これも永青文庫に
ない試みで、春画・艶本を通読する体験ができたことで春画との距離を縮めた
ように思う。

このように、銀座「春画」展はテーマを絞ることで深掘りされた感じで
永青文庫と併せて鑑賞したことで、より春画の世界への理解が一歩進んだように
思われ、銀座へ足を伸ばして正解だった。

しかしながら、2つの展覧会をみて感じるのは、春画の特異性は美術としての
評価が妥当なのか否かが、やはり大いに迷う代物だな、という位置付けの
難しさだった。将来、性への倫理観自体が変化していく中では、日中に
年齢制限もなく、堂々と鑑賞される時がくるのかもしれないが、
昭和生まれの硬い頭では内容の過激さから「公然の秘密」というよりも
「18歳未満鑑賞禁止の美」程度が妥当な落ち着きどころでは、と思ってしまう。

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<11.15追記>記事の一部を加筆修正しました。


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by capricciosam | 2015-11-12 00:03 | 展覧会 | Comments(0)

春画展@東京・永青文庫2015

2013年にロンドンの大英博物館で春画をテーマとした大規模な展覧会が開催され
大きな反響を呼んだことは知っていたが、こと春画だけにこれまで実物を観る機会は
なかった。古今東西、男女の性器や陰毛を描いた美術品は膨大な数になると思うが、
これらを描くことまでは藝術の範囲として許容され、受容されてきた歴史がある。
先日もモディリアーニの描いた「横たわる裸婦」が美術品として歴代2位の210億円で
落札されたことが報じられたが、この絵でも性器そのものは描かれていないが陰毛は
しっかり描かれている。でも、高価な美術品である。これを猥褻視する人はさすがに
少ないだろう。

しかし、男女の営みの中で性器がどのように機能するか、いわゆる性交という場面
では、人間の営みとしては欠かせないものではあるが、白日の下にさらすと社会秩序
を乱す猥褻なものとしてタブー視され、制限されてきた歴史が続いてきた。
21世紀を迎えても依然おおっぴらなものではないと思う。
江戸時代の名だたる浮世絵師の描いた作品でも、この場面があるがために美術として
愛でるというよりは、性愛の目的のために愛でるという方向に変質せざるを得ない
のが春画の特性であり、春画たる所以なのだろう。
しかし、性交は人間の営みには欠かせぬもの故、厳しく制限されても
春画は支持され、命脈を保ち続けてきたのだろう。春画の持つ強みか。

そんな春画が日本で初めて展覧会として開催されたので、今回の小旅行の仕上げ
として開館に合わせて足を運んでみた。朝から春画、である。開館前から30数人の
列ができていたが、18歳未満入場禁止とはいうものの、老若男女の幅広い層が
観賞しており、中でも若い女性の姿を多く目にしたことは正直驚いた。

「浮世絵春画は人間の性愛を描いた浮世絵(肉筆画、版画、版本)の総称です。江戸時代
を通じて制作された浮世絵版画は(略)大名から庶民まで貴賤を問わず、老若男女に愛好
されました。人間の自然な営みである性を主題とする絵画は、古今東西にわたって広く
存在しますが、その中で日本の浮世絵春画は質量ともに群を抜いており、まさに世界に
誇るべき美の世界を創出しています。」
(以上、展覧会チラシより引用)

展覧会は、プロローグ、肉筆の名品、版画の傑作、豆判の世界、エピローグで
構成されている。
プロローグでは愛を交わす手前の段階、男が女の裾に手を差し入れる、いわば
イントロを描いた作品が展示されている。
「これが春画?」と一瞬侮ったが、次の肉筆の名品からはデフォルメされた性器や
性行為の場面が続き、いやはや圧倒された。
現代の性の乱れを嘆く声もあるが、描かれているものには男女の性行為だけでなく、
男色、複数での性愛行為等も描かれていて、現代でも耳にすることだけに、
性の世界は時空を越えて普遍的なものだな、と妙なところで感心してしまった。

4期に分かれている展示期間のうちの3期目を観賞したが、肉筆の名品では円山応挙も
描いていたことに驚いたことと、「陽物涅槃図」には思わず笑ってしまったこと位
しか印象にない。後者は一見したらよく見る涅槃図なのだが、横たわっているのは
手足のついた男根という擬人化したパロディ。笑いのめす、しゃれっ気というのは
今も昔も変わらないんですね。

次の版画の傑作では歌川国貞、歌川国芳、喜多川歌麿等の彩色された版画は見事な
版画の技巧が凝らされていて、性愛の場面であることを抜きにしても惹きつけるもの
がある。中でも鳥居清長の横長に切り取った4つの画面に様々な男女の性行為場面を
描いている「袖の巻」は、クローズアップされた男女の恍惚とした表情とともに
結合が段階的に深まり、ついには行為を終えた後の余韻に浸る様に至る。
時系列的な流れを描き、全体を描かない大胆なトリミング効果が意表を突いて
見事だった。露骨さを無視すれば見事な作品だ。
また、江戸時代以前は物語性があったものが、江戸時代になり急速に普及していく
と物語性を喪失し、単に性愛の場面を描いたものに変っていった、と解説にあった
が、これは春画の特性としては宜なるかなだろう。

豆判の世界の続きに細川家に伝わる永青文庫所蔵の肉筆作品と版画が展示されていた。
春画展の企画が多くの国内の美術館、博物館で断られた中、ひと肌脱いで細川家所縁
の永青文庫で開催し、おまけに秘蔵の品物を堂々と公開する細川元総理の度量の広さ
には感心した。

これまでどのくらいの入場者数なのか、どのような反響を呼んでいるのか。
興味深いところだが、制限のある中、ひとまず扉をこじ開けた意義はあったと思う。
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<追記11.15>記事の一部を加筆修正しました。
<追記2016.2.7>会期中21万220人の来場者があり、永青文庫としては開設以来最高。
図録も一般的な展覧会の倍以上という約2割の人が購入したとのこと。
また、京都展が京都市細見美術館(京都市左京区)で2/6~4/10開催されるとのこと。
一部展示は入れ替わるものの、18歳未満入場禁止は継続。


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by capricciosam | 2015-11-10 00:18 | 展覧会 | Comments(0)

正倉院展@奈良国立博物館2015

奈良を訪れるのは修学旅行以来。何回か訪れている京都に比べると土地勘がなさすぎるので、
JR奈良駅からは市バスを利用した。開館10分前には到着したが、すでに長蛇の列。
昨日の京都国立博物館の待ち時間を思い出して一瞬覚悟したが、待ち時間もほとんどなく
入場が極めてスムーズだったのは幸いだった。

正倉院については東大寺にあり、校倉作りで、聖武天皇の宝物を中心に収納しているが、
特段美術品ばかりが集められている訳でもない程度の予備知識しかなかったので、
年に一回しか公開されない展覧会ではどんな品々に出会えるのだろう、と楽しみだった。
今回は63件(うち初出陳12件)の宝物が出陳されていた。会場の解説には一回公開されると
原則10年は公開されないとあり、今回で67回目だから、全体はすごい数なんだろうと
配布されている資料をみると、なんと約9000件。
これは生涯の趣味として毎年リピートされる方もいるだろうな、と思った。

まず、聖武天皇の遺愛の品々から展示されていたが、「平螺鈿背八角鏡」には目を奪われた。
きれいな貝や宝石の細工がなされており、唐から伝来したと推定される。当時の唐が愛でた美
なのだろうが、それにしても見事なものだ。しかし、残念なことに鎌倉時代に盗難にあい、
大きく破損し明治時代に修理を受けたことがわかっているらしい。
併せてこの鏡を納める漆の円形箱が展示されていたが、漆皮箱とある。獣の皮を成形して
漆を塗ったものらしいが、これも奈良時代に盛んだったが平安時代には木に漆へと移っていった
らしい。

次の天平の音楽と舞踊のコーナーにはポスターにも使われているぺルシャを起源とする
「紫檀木画槽琵琶」やいろいろな伎楽面が展示されていた。この琵琶の撥面に描かれた絵は
かすれて判別し難いものの、背面の小花模様のこまかな細工には目が釘付けとなった。
また、表面に模様の彫られた蛇紋岩で作られた横笛と縦笛も展示されていたが、戦後すぐに
録音されたこれらの笛の音が交互に流されて、音の天平体験をすることができた。
音自体は薄い響きの素朴な味わいだった。

その他にも当時の為政者と仏教がいかに密接だったかを示す仏具や袈裟が展示されていた。
そのひとつ、聖武天皇の遺愛品のリストである「国家珍宝帳」の筆頭に記載されている
「七条褐色紬袈裟」はインド出身の密教の僧が身にまとったものとのことであるが、
教科書では密教の伝来は空海や最澄によるとされているので、実はもっと早くに密教に触れて
いたのではないか、と想像力をかき立てられた。

また古文書(現代の戸籍に相当するものや依頼文書)が興味深かった。
戸籍に当たるものは楷書で書かれているので「男、女」という文字の他、「妻、妾、弟、妹、
孫、姪」という文字が確認でき、家族という概念が当時から形作られていることがわかった。
また、傑作だったのは、要するに「金を払うから代筆して」とか、「納期に間に合わないから
もう一回納期を延ばして」という内容の古文書で、「当時も今と大して変わらないなー」と
思わず苦笑してしまった。
その他、当時の度量衡の意識が垣間見える装飾の施された「紅牙撥褸尺」や動物の毛を使用した
敷物等興味はつきなかった。

「正倉院はシルクロードの終着点」とも言われるが、今回の展示品だけでも当時のアジアや
奈良時代の暮らしが想像され、とても興味深いものだった。思い切って来て正解だった。
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by capricciosam | 2015-11-08 11:48 | 展覧会 | Comments(0)

琳派-京を彩る@京都国立博物館2015

俵屋宗達や尾形光琳の作品を知ったのはいつ頃だろう。
恐らく義務教育の教科書の口絵からだったのではないかと思う。
ついぞ本物に接することなく過ごしてきたが、今年5月に東京の根津美術館で
尾形光琳の国宝2点を含む、俵屋宗達、鈴木其一等の、いわゆる「琳派」の人たちの
様々な作品を鑑賞できたことは幸いなことだった。その時の感想はこちらです。
この時に「琳派」という言葉によって系譜への理解が始まった訳だが、
その後特に調べもしなかったので、それ以上理解が深まることはなかった。

「江戸幕府の治世が落ち着きを見せ始めた元和元年(1615)。書をはじめ陶芸や
漆芸で名を知られた本阿弥光悦は、徳川家康から洛北鷹峯の地を拝領し、この地
に工芸を家業とする親類縁者を集め、光悦村を営みました。琳派の誕生です。」
(以上、展覧会チラシより引用)

本阿弥光悦が琳派の起源とされていますが、ほぼ同時代に活躍した俵屋宗達とは
「鶴下絵三十六歌仙和歌巻」(重文)(この作品は現代でも通じる斬新さが素敵)の
ように共同作品も多く残されていることから、この二人が起源と言っても
言いのでしょう。この二人から100年後に尾形光琳が、さらに100年後に酒井抱一が
生きたのですが、琳派は狩野派のように師匠と弟子がいて脈々と続いた訳ではなく、
断続的に継承されてきたという特徴があります。なのに何故派が形成されるのか。
この辺が不思議だったのですが、会場の「第4章 かたちを受け継ぐ」の解説を
読んで納得できました。

「世代を隔て継承されたため、直接の師弟関係を持たず、芸術家たちが自らの
経験の中で出会い、選び取ることによって受け継がれてきた琳派の流れ。その
姿勢を端的に示すのが模写という行為である。(略)私淑という形で受け継がれた
琳派にとって、模写はすなわち琳派に加わることの意思表明でもあった。」

先達の優れた作品を模写することで時代を経て琳派が興隆するとともに、
同一題名の作品が複数現在まで伝わっている要因になるという訳です。
この典型例が有名な「風神雷神図屏風」です。

作者の活躍した時代から言って、オリジナルは俵屋宗達であり、尾形光琳、
酒井抱一の順で模写したことになる。会場で3つの作品を何度も見比べてみたが、
やはり宗達作品の大胆な構図と躍動感あふれる筆致にはオリジナルの持つ迫力が
感じられた。光琳作品は実に丁寧な模写だとは思うものの、宗達作品では画面
からはみ出して描かれていた雷神の太鼓の輪や風神の風をはらんだ布が全て
画面内に収まり、こじんまりとした印象に変わる。さらに、抱一作品は
光琳作品の模写、すなわち模写の模写のため、オリジナルからなお一層離れ
線の弱さ流麗さが目立ち、画家の個性がより前面に出てくる印象となる。
一見同じ作品のように見えながら絵師の個性の違いがわかり興味深かった。

この他にも見応えのある作品が多く展示されていたので、時間があれば
ゆっくりと鑑賞したかったのだが、当日新千歳空港から神戸空港に飛んで、
それから向かったので到着したら太陽も沈もうかという時間。
おまけに90分待ち(結局45分待ちで済んだが、大幅時間ロス)だったから
閉館ギリギリまで粘って鑑賞してきたのは言うまでもない。
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by capricciosam | 2015-11-06 23:41 | 展覧会 | Comments(2)

夷酋列像@北海道博物館2015

松前藩家老蠣崎波響の描いた「夷酋列像」はクナシリ・メナリの戦い(1789年)に
際し、大規模な衝突回避に協力した12名のアイヌの酋長を描いたもので、
12枚を一対として2対描かれたと伝えられている。

しかし、現存するのは
(a)函館市立博物館の「御味方蝦夷之図」の2枚
(b)フランスのブザンソン美術考古博物館の11枚、
の合計13枚だけである。「イコリカヤニ」は欠損し、模写しか発見されていない。
また、1984年に確認されたブザンソンのものは、これまで道内では数回しか
公開されておらず、最近では2012年道立函館美術館で開催されたのが
最後となっている。幸い観賞できたのだが、その時の感想はこちらです。
振り返ってみると、あの時は(a)(b)を中心として蠣崎波響の肉筆画数点+α程度
の小規模な展示であったため、逆に夷酋列像の作品だけに向き合うことができた
得難い機会だったと言える。

「松前藩家老をつとめた画人、蠣崎波響が寛政2年(1790年)に描いた「夷酋
列像」は時の天皇や、諸藩の大名たちの称賛を受け、多くの模写を生みました。」
(以上、本展のチラシより引用)

しかし、今回は夷酋列像が完成当時いかに評判を呼び、模写されたかがわかる
模写作品(特に、小島雪セイ?(山へんにつくりが青)の折りたたみ式の作品の
完成度は高く、素晴らしいの一言だ。)や蠣崎波響の作品、当時の絵画、アイヌの衣服、
持ち物、世界地図等が4つの構成で展示され、作品の誕生した当時の背景も知る
ことができただけに視野が広がる思いがした。好企画。
特に3年前の展示では省略されていて、未だ実物が発見されていない「イコリカヤニ」
(模写)を鑑賞できたことは何より幸いだった。改めて、この一枚を含めて12枚の
完成度が当時評判となったことに頷けるものがある。

作品解説の中で特に目を引いたのが、第二章の冒頭に展示されていた「蠣崎波響像」
の解説だった。27歳で「夷酋列像」を描き上げてから上洛した後、持参したこの絵が
きっかけで交流が拡り、ついには円山応挙に傾倒して画風を一変させていくとあり、
3年前の展示で蠣崎波響の肉筆画と「夷酋列像」の作風の差にとまどった覚えがあった
だけに、合点がいった次第だ。
「夷酋列像」以外の展示含め、見応えのある展示だった。

ただ、最後にひとつだけ苦言を呈しておきたい。
それは、展示作品の解説プレートと文字が小さく読みにくい点だ。
情報量が多いのは良いとしても、難解な読み方や漢字も多く、読み取りにくい上に、
相対的に文字が小さく読み取るまでに時間がかかり、鑑賞者の渋滞の一因となっていた
ように感じた。と言うか、鑑賞者の立場に立っていない、というほうが適切か。
特に、第3章の弓矢の辺りは解説プレート自体小さすぎて読む気が失せた。最悪。

当日の入場者をざっと観察してみたところでは、幅広い年代だとは思うものの、
高齢者の団体客も多く、恐らく鑑賞者の平均年齢としては比較的高いのではと思われた。
近年足を運んだいくつかの美術展では作品の解説プレートと文字がかなり大きくなって、
高齢化社会に適応しつつあるなと感じているだけに、鑑賞に配慮をを欠くかのような
今回のきめの粗さが鑑賞中も気になって仕方がなかった。
高齢化社会に背を向けたこのような展示方法がまかり通るのは
多様な道民各層にアピールしなければならない道立博物館として如何なものか。
博物館内できちんとチェックしていないのではないか?
北海道は高齢化社会に無縁なのか?

あいにく常設展は観賞していないので、このような問題は特別展だけに限ったこと
なのか否かは不明だが、北海道開拓記念館からリニューアルし、
今後も道民に開かれた道立博物館としてファンを増やしたいと願うなら、
こういう小さな点から改善していくべきではないのか、と思われた。
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by capricciosam | 2015-10-28 23:33 | 展覧会 | Comments(0)

鴨居玲展-没後30年・踊り候え-@道立函館美術館2015

道立函館美術館の特別展示室は出口が自動ドアで喫茶売店スペースに
つながっている。展示を見終えたら、おくつろぎくださいとの趣向らしい。
そしてそこで図録や絵はがきが売られているのだが、覗いてみたら
絵はがきサイズの鴨居玲の写真まで数カット売られていた。
まるでプロマイドだが、実際彼は美男子なのだ。

今回は展示の所々に鴨居玲の生前のスナップ写真が飾られていて、
作品の生まれた状況を理解する手助けになっているが、
眉間にしわを寄せた苦み走った顔や屈託なく笑う顔の、なんと素敵なことか。
確かに手助けの側面もあるが、鑑賞者が対峙している作品は総じて重苦しく、
苦悩に満ちた印象が強いだけに、むしろ混乱を生み出す要素でもある。
「本当に、これら(作品)の生みの親なのか!?」
思わず作品とのギャップを感じずにはいられなかった。

彼の作品は決して多彩と呼べるものではないし、活きる活力を与えるなんて
要素とは無縁と言っても過言ではない。むしろ、繰り返し描かれた作品の
モチーフは「苦悩」と一言で極言できるのかもしれない。
従って、どの絵も似たような印象すら与えかねない。暗褐色の沈んだ背景に
人生に疲れ果てたような懊悩する人物が繰り返し描かれたような印象すら残る。
その人物は姿形を変えたとしても、画家そのものを投影したようだ。
人の生の営みを阻害しかねない強い力は何も画家だけが有するものではない。
誰もが有する側面なのだが、普段は直視することは少ないのかもしれないだけに
人生を賭けてそれを描いた生き様の凄まじさ、痛々しさに立ちすくむような思いを
抱かざるを得ないのだ。その点では強い共感を覚えるとも言える。
作品そのものは万人向けとは言い難いが、その強い磁場は観る者を引きつけて止まない。

今回の展示はⅠ初期~安井賞受賞まで、Ⅱスペイン・パリ時代、
Ⅲ神戸時代、Ⅳデッサンと4部構成で約100点が展示されている。
没後30年を記念して東京ステーションギャラリーを皮切りに全国を巡回中。
道立函館美術館では9月6日まで。以降石川県立美術館、伊丹市立美術館へ。
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<追記>
作品の中には、「踊り候え」「酔って候う」と題名のある作品が。
「酔って候う」は司馬遼太郎の作品からとのことだが、室町時代の「閑吟集」には

憂きも/ひととき/うれしきも/思い醒ませば/夢候よ/酔い候え/踊り候え

とあるらしい。
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by capricciosam | 2015-08-26 22:31 | 展覧会 | Comments(0)

歌川国芳展《前編・後編》@札幌芸術の森美術館2015

浮世絵をまとまって観たのは、富嶽三十六景を中心とした葛飾北斎展ぐらいしか
記憶にない。それも何十年も前のことだから、すでに鑑賞の印象も思い出せない。
それくらい美術の分野でも浮世絵は縁遠い分野だった。
ただ、その中でも今回鑑賞した歌川国芳は、ちょっと奇怪な作品が印象深く、
頭の片隅に残っていた。しかし、特に調べてみたという訳でもなかったし、
北海道では作品を常設展示してある場所もない(多分)ため、深まることもなかった。

それが、歌川国芳の作品を各100点ずつ前編・後編の2回に分けて展示するという
企画が実現しただけに、これはぜひ観たいものだ、と2回とも出かけてきた。

「時は寛政、江戸後期。(略)寛政2年(1797年)、昨今"奇才"と誉れ高き浮世絵師、
歌川国芳が江戸日本橋に誕生した。15歳で歌川派の門を叩き、その上手を生かさんと
画の道に進んだもののどうにもうだつが上がらない。その名を江戸市中に轟かせたのは、
入門から16年後の31歳のこと。折からの水滸伝ブームに乗って描いたシリーズが
大当たり。(略)「武者絵の国芳」と賞賛されるほどに当代きっての絵師へとあれよあれよと
登り詰める。役者絵、美人画、風景画はもとより、戯画、風刺画、妖怪画においても
その卓越した画才を発揮した(略)」
(以上、歌川国芳点チラシより引用)

通常展覧会というと、かなり大きな作品があるものだが、ほとんどの作品が「浮世絵」の
ため大判錦絵といっても小さなものである。そのため顔を近づけた鑑賞をせざるを得ない
のが、少々苦痛と言えなくもない。
しかし、その限られたスペースに、大胆な構図をとって緻密な線と豊かな色彩で描かれる
世界には観る者を引きつけて止まないものがある。「その上手」とあるように腕前は
実にしっかりしたものだ。浮世絵と聞いて一般に想像するような美人画や役者絵の
しっかりとした仕上げ。細部にわたって手を抜いた気配が全然感じられない。
まるで職人のようなきめ細やかさ。
また、おどろおどろしい妖怪画、人の集合体で人面を表現したり、逆さまにすると
別の人間が現れるユーモア溢れる戯画といった分野でも確かな腕前が感じられる。
中でも興味深かったのが、天保の改革により華美を制限する風潮を揶揄した作品、
例えば「むだ書」と称するヘタウマ作品(前編)や「亀喜妙々」(後編)のうまさには
内心腹を抱えた。年譜を見ると、風刺ととられて度々咎められているところからも、
権力におもねることのなかった相当な反骨の持ち主だったようだ。

また、展示に当たっては、作品の横に鑑賞のポイントや背景を解説したボードが
配置されていたため、作品の理解を深めることができたのは幸いだった。
ただ、順路に対して作品、ボードの順での配置だったため、ボードを読み終えてから
もう一度作品に戻るという逆流現象を度々せざるを得なかった。他の鑑賞者も似たような
行動をとっている方が多かったところから、同じ思いの人も結構いたのではないかと思う。
なんの先入観もなく作品を鑑賞してもらいたいという企画側の意図なのかもしれないが、
実際は逆の配置の方が親切だったように思う。
とは言え、浮世絵に対する認識を改めさせられたことから大満足の展覧会でした。

今回はどの作品にも所蔵者が明示されていない。チラシを確認しても、いわゆる「協力」が
明示されていない。秘密にしなければいけない理由でもあるのかな。
初めて出くわしたのですが、その点はなんとも不思議な展覧会だった。
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by capricciosam | 2015-06-21 17:24 | 展覧会 | Comments(0)