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小三治@映画2010

先日の独演会の一席目のまくらの最後のほうで話題にしていたのがこの映画。
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「今(札幌で)やっているんですってね。あの映画は観てない。
(NHKの)プロフェッショナルで懲りちゃった。何回も再放送したりして、
飽き飽きした。(人の)身体を鶏ガラだと思って、何度も何度もスープをとって。
(入船亭)扇橋と仲がよい? 仲良かぁないよ。
温泉に爺ぃと爺ぃが入ってる? 観たかぁーないよ。」

そして仲良し、友達というところから「長短」へと入っていく訳ですが、
会場で配布されていたパンフを見たら、ごく短期間の上映だったので、
こりゃ見逃したら当分見れないだろうと思い、足を運びました。

高座も「らくだ」「鰍沢」とそれぞれ一部ですが、収録されていてお得。
それから、弟子の柳家三三の真打ち披露口上での挨拶が、また良い。
もちろん高座以外の師匠の姿も楽屋やプライベート含めて追っていて、
師匠の含蓄のある発言も随所に出てきます。

「音符を並べたら音楽か。言葉を並べたら小説か。
そうじゃないんだろうな。音符も言葉も道具や記号に過ぎない訳で、
ただ並べただけじゃ何も伝わらない。これは落語も同じ。
何を演ったかではなく、何をお客に伝えたか、ということが大事なんで、
カタチなんて関係ない。ココロなんですよ。」

半端なプロでも言えそうですが、これが当代随一の噺家の発言となると、
とたんに重みが増します。
師匠のはにかむ笑顔と対照的な遠くを見つめるかの如き内省的な視線。
その芸に触れた者ならば、その言葉にウソはないことを実感するはずです。

それにしても、「鰍沢」を演る前の楽屋の様子が興味深かった。
小三治師匠が口数も少なくなり、「鰍沢」に集中しようとする一方で、
隣の間では弟子たちがワイワイガヤガヤ。全然おかまいなし。
つまり、大看板も弟子もいっしょの楽屋。
同じ古典芸能の歌舞伎でも大看板は楽屋が別だろうし、
クラシック音楽なんかも、指揮者やソリストは個室を与えられるのではないか。
ともに、本番前に集中を高めることは同じだろうに、
ジャンルによる環境の違いというのはこうも違うものなのか。

このドキュメンタリー映画の公開自体は昨年なので、
今回札幌での上映はリバイバル上映ということになります。
映画館の紹介パンフには、館主とおぼしき人の公開当時の潜入ルポが
記してありましたが、見事な不入り(?)だったらしい。
でも、今回はミニシアターだったせいか、中高年主体に結構な入りでした。
結局、独演会後の復習みたいな形になりましたが、観て良かった一本でした。
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by capricciosam | 2010-02-08 22:57 | 映画 | Comments(0)

笑う警官@映画2009

リンクさせていただいている佐々木譲さんの原作の映画化だけに
本日の初日は、昨年から楽しみにしておりました。

<珍しく、ネタバレはありません。安心してお読みください。>
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主人公佐伯たちの裏捜査本部がおかれる
「JAZZ&BAR  BLACK BIRD」
は映画ではすすき野にあることになっているが、原作では
狸小路8丁目にある3階建ての古いビルの一階にある。
道警を訳あり退職したマスターの経営するその店は
奥行き六間ほどで、床は硬い板張りで、フロアには
丸テーブルが7つ並んでいる。

「確かに、アーケードのない狸小路のはずれあたりならありそうだな…」

映画で気になったのは、この店の天井の高さ。
まるで倉庫並なのだが、札幌中心部ではちょいと無理だろう。

そして、映画でも女性巡査殺しの真犯人が判明するまでは
司令塔となる佐伯と小島百合がこの店に陣取ることで印象深い。
全編通じて挿入されるメローなジャズが耳から演出する
ジャージーな雰囲気を、視覚的に決定づける役割を果たす。
これだけで観ている方としてはストーリーを追うという緊張感の割には
くつろいでいる訳だが、さらに画面が長まわしをすることで役者の語りが
多くなり、どうしてもメリハリに乏しく、流れ気味となる。
その分、タイムリミットものの原作の「緊迫感」、「切迫感」を
薄めているのは弱点かもしれない。
また、派手なシーンも少ないため、単調さを感じる向きもあるやもしれぬ。

しかし、事前に原作を読んでいた者としては、その分丁寧に
作り込んだ制作者側の一種のきまじめさも好感される訳でもある。
じゃあ、ただくそ真面目で翻案のひとつもないのか、となると、
いやいや、やはり映画化です。
原作と異なる伏線のはり方、つながり、そして結果が随所に見られ、
「う~ん、こう来たか…」
と、原作とは異なるテイストも堪能できて、仕上がりがりとしては
そんなに不満はない。
ただし、割と地味な仕上がりなので少々損かもなぁ…。
また、ラスト数分の場面の評価は分かれるか。
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<追記>
札幌ロケの場面がかなりあるのかと思っていたのですが、
残念ながら、車のナンバーと道路標識と大通り以外は
多分本州なんだろうということが露骨にわかり、
地元人としては少々がっかり。
例えば、植えられている植物が露骨に道外なのですから、
「う~ん、勘弁して!?」

<追記2>
道警シリーズとしては第2作が写真の「警察庁から来た男」
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この時も道警組織に巣食う巨悪と戦うことになるのですが、
この2作目を読まれた方なら、これを原作とした映画化があるとしたら、
その巨悪は見事に置き換えられて、この映画1作目とつながるんだろうな、
という予感が終盤でピンとくるのでは!?

<追記3>
これは、追記というより蛇足かな。
原作の「うたう警官」が文庫化されるにあたり改題されたというのは
文庫版の佐々木さん自身の後書きをご覧ください。
私の中では「笑う警官」と言えば、やはりマルティン・ベックシリーズなんですね。
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こちらは無差別殺人事件に潜む謎ときで、佐々木さんの原作のタイムリミットもの
とは異なるテイストなんですが、これはこれで当時の一世を風靡したものです。
私も当時は背伸びしてセッセッと読んだものでした…

<追記4>
アジトとなるのが「BLACK BIRD」ときたので、
「ひょっとしたら…」と思ったら、
案の定「bye-bye Black Bird」が挿入されていた。
エンドロールで確認したら、JULIE LONDONでした。
「いいなぁ~」
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by capricciosam | 2009-11-14 23:27 | 映画 | Comments(2)

祝!おくりびと@アカデミー賞外国語映画賞

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「死は誰にでも平等に訪れる。普遍的なテーマに共感してもらえたのではないか」
と本木さん。米の映画業界紙ハリウッド・リポーターは
「死に対する畏敬(いけい)の念を通して生をたたえる感動作」と評した。
(以上朝日新聞より)

通常正視したくない「死」や、その死に深く係わりながらほとんど
知られていない職業の「納棺師」という特異なものを扱いながら、
どんな人にも共通する死(と、そして生)を厳粛な気分で考えさせてくれる。
すさんだ雰囲気が加速度的に増してきた社会だからこそ、この映画の
提示した問いかけは、改めて根本的で、大事なことを立ち止まって
考えさせてくれた。

このブログをはじめて5年目になるが、他のジャンルと同様に
観た映画の感想を記事にしてきた。
マニアの方の足下にも及ばない本数なので記事の数も知れているが、
記事の中で「お薦めです」と書いた映画は唯一この一本だっただけに、
日本作品として初の外国語映画賞受賞に輝いたことは嬉しい限り。

オスカー像を手にした滝田監督は
「ありがとう、アカデミー。ありがとう、皆さん。ありがとう、助けてくれた人たち。
とてもとても幸せです。これが私にとって新しい旅立ちになる」と英語で語り
(以上毎日新聞より)
「おくりびと」の英語題「Departures」にかけた挨拶を披露したが、
最後に「I'll be back.」と言ったとか。
その心意気や、よし。
期待してます。

<蛇足>
昨年封切り時の感想の記事はこちらです。
また、当時、この記事で紹介した札幌納棺協会のHPでは
本木さんに演技指導する様子を見ることができたのですが、
久しぶりにみると、トップページがリニューアルされていて
どうしたことか見ることができません。
復活を期待したいところです。
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by capricciosam | 2009-02-23 20:56 | 映画 | Comments(0)

マンマ・ミーア@映画2009

数年前、劇団四季版を汐留で観劇しているが、
ちょうど電通四季劇場のオープン記念だったように記憶している。
あんなに会場が熱気に包まれ、アンコールで総立ちになって
踊っていた場面に出くわしたことはなかった。ワォ~!!
えっ、私!?ご想像にお任せします。
と言うわけで、今回足を運んだのも、あのステージがどのように
スクリーンで再現されるのか、という興味からでした。
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元々ABBAというよりビョルンとベニーの数々の素敵な作品が
先にあり、それらを使ってひとつの作品に作り上げた
 プロデューサー:ジュディ・クレーマー
 脚本:キャサリン・ジョンソン
 演出:フィリダ・ロイド
女性3人のユニットの結束がミュージカルの成功に至ったのだろう。
今回の映画化に当たっても、この3人の名前が見える。
こりゃ、期待が高まるというものです。

確かに、美しいギリシャの風景を活かしてはいるし、
桟橋をステージに見立てているところなんて楽しいね。
俳優も手堅い顔ぶれのようで、本当に歌っているんですね。
これにはびっくり。もちろん、多少は吹替えもあるんでしょうけどね。
ストーリーも構成はステージとほぼ同じ。
全編流れる曲は全てABBAだし、お膳立てとしては申し分なし。

しかし、見終わってみると、なんとも微妙。
例えば、ドナ&ダイナモスがステージで歌うのはたった一曲で、
どうやら、その理由は「年齢」らしい。しかも、衣装が地味。
四季版ではメタリックな衣装で数曲歌って、踊って、
観客の意識を見事に転換していく場面なのに、しょぼく、くすぶった感じ。
こういう不完全燃焼感がつきまとったのは、どうしたことか!?

また、全編通じて踊りは健闘しているけれど、やはりいまいち。
それに、どうしても、ビートの効いたABBAの曲が挿入される分、
演技を考えてやらないと、ただ騒々しいだけの印象になる可能性大。
カメラワークもいまいちなところあり。
特に、見せ所のひとつである桟橋の群舞の2シーンはものたりない。

最後に、アンコールの場面はなくてもよかったかな…
ステージでは必ずある大ノリノリの場面なんですが、映画では
あまりにも唐突すぎて、残念ながらひき気味になりました。
これは、スクリーンでは演じる側との一体感がでないから
なんじゃないでしょうか。
やはり、この作品の「熱気」がうまく伝わってこないからなのかなぁ…

と、言うわけで、一定の水準にあるとは思うのですが、
私の場合は四季版の印象が強烈すぎる故にどうしても辛目になりがち。
それから、上映開始後しばらくして退出する人も数人出たくらいなので、
きっとミュージカル免疫があるなしで、評価は極端になりそうな感じも
しました。
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by capricciosam | 2009-02-01 12:07 | 映画 | Comments(0)

007慰めの報酬@先行上映2009

「善人が少なくなった」

映画の中では「善」と「悪」という対立する言葉が頻繁に登場する。
先に挙げたセリフはその中のひとつ。

シリーズを見続けてきた者としては、ボンドは常に善の立場で
巨悪と対決するという構図は当然至極なのだ。
しかし、今回はCIAとて巨悪と取引する悪として描かれる。
それは秩序を守るためなら、善という立場だとしても
それを辞するものではない、それくらい悪がのさばっている、
という現実的な背景を描きたかった、という意図なのか。

また、本作は前作の007誕生以前の話「カジノロワイヤル」の続き
というシリーズ初の続編のスタイルをとっていて、愛するヴェスパー
の復讐というボンドの「個人的感情」が伏線に置かれる。
また、登場するボンドガールも別の悪人への復讐に燃えている。
復讐はいけないことという倫理観に立てば、
二人とも一種の悪なのだろうが、正当な理由があれば
それとて許されるのでは、というスタイルは古今東西からの定番。
しかし、復讐を果たすことで彼らは本当に慰められるのか。。
傷ついた心に安らぎは訪れるのか。
映画を見終えて、制作者側のそんなメッセージを感じてしまった。

前作で新たなボンド像の創造に成功したと思うが、それは
決してウィットに富んだ紳士然とした姿ではなく、
荒削りでタフネスさ満点の姿であった。
ボンド誕生以前というふれこみ故、これは納得していたが、
今作ではその方向性がさらに強められている。
カーチェイスはじめ数々のアクションシーンでは不死身なボンドがいる。
闘った後もあまり呼吸も乱れず、無表情に立ち去る姿からは
人間臭さはあまり感じられない。
なんとも無機質で、ダークなテイストの強調。
この辺の、アクションが目立ち、人間臭さを押さえた演出というのは
観客の好みや評価が分かれるだろうな。

それから、ハイテク化への変貌ぶりはすさまじい。
MI6でのタッチパネルで必要情報が次々現れる様には唖然。
シリーズとしてはこれまでも、常に当時の現代に置き換えている
以上当たり前なんでしょうが、モダンなハイテク化されたオフィス
この辺も微妙に助長しているかな。

また、いわゆるシリーズでの「お約束ごと」が見あたらない。
例えばQ。Qと言えば秘密兵器。秘書のマニー・ペニーも。
さらには、決めゼリフ「Bond,My name is James Bond.」
(これは続編なので前作終盤で言わせているから、よしなのかな…)
それからシリーズ必須の、ほぼ冒頭に置かれるシーン。
敵の銃口がボンドを狙っていてボンドが敵を撃って血らしい赤に
染まっていく、あの場面。
「ないなぁ…」と思っていたら、ナント最後に出てきました。
そして、おなじみのジェームズ・ボンドのテーマも。
「カジノロワイヤル」と「慰めの報酬」の2作で初めてプレ段階の完成
という訳のようです。
「なるほどなぁ~」

それから、こんな場面も。
ベッドに横たわる油まみれの女性の死体。
その撮り方といい、「ゴールドフィンガー」の有名な場面そっくり。
監督の「ゴールドフンガー」へのオマージュでしょうか。
でも、50年以上前は金だったのが、現代では油。
今回も巨悪は資源の独占を狙っていたのですから、
構成としては着実に現代にマッチしていることは間違いありません。
先ほどのシリーズでの「お約束ごと」を登場させないことでも
ちらっと感じたのですが、制作者側は意識してシリーズもの
としての必須要素をはずすことでマンネリを打破し、
シリーズの再生と継続性を図ろうとしてるのかな、ということです。

シリーズ最短の107分らしいのですが、楽しむには十分でした。
前作の延長というストーリー構成の複雑さや、まるでアクション映画か
というくらいド派手なアクション満載の部分には評価の分かれる
ところだろうと思いますが、シリーズとしての作品の質は
十分保たれていると思いました。
まあ、いよいよプレ段階を終えた"ダニエル"ボンドが、
次はどのように登場するのか、シリーズのお約束ごとはどうなるのか。
ある意味、真価が問われるのは次回作のような期待と不安があります。
楽しみに待つこととしましょう。
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by capricciosam | 2009-01-17 13:02 | 映画 | Comments(2)

ブロードウェイ♪ブロードウェイ コーラスラインにかける夢@映画

「A Chorus Line」は言うまでもなく、奇才マイケル・ベネットの
生んだミュージカルの傑作。
1975年オフブロードウェイでの初演以来、15年のロングランを樹立。
スターを引き立てる額縁の役割しか与えられない彼らだが、
それでもそのオーデイションにかけるひたむきで赤裸々な姿に
胸打たれない者はいないのではないか。

それが16年ぶりにブロードウェイで再制作されることになり、
8ヶ月にわたるオーディションが繰り広げられた。
選ばれるのは3000人から、わずか19人。
キャスティングに当たりオーディションシステムがとられることは
日本でも定着してきたようだが、これほど長期に渡って
厳しい選考が行われるとは想像外。

そのオーデションの様子をドキュメンタリーで追ったものだが、
再演を担当する演出家は初演の振り付けをベネットと
共同担当したボブ・エイビアン、審査員のひとりで
振り付けを教えるのは初演でコニー役を演じたバイヨーク・リー
(彼女がこれまた凄い!いまだ現役ではないのか!?)と、
初演のメンバーも含めて選考にあたる。
一つ一つの役に複数の候補が同じセリフ、ダンスを
繰り返していくが、審査員たちが率直に相談し、検討を重ねる
様子には、まるでこちらが選考の対象になっているような
錯覚が生まれかねない程の迫力がある。

特に印象深かったのは、ポールの役での場面。
ポールはコーラスラインでも重要な役。
オーデションはポールの独白の場面。
ポールはゲイバーでのショーを両親に目撃されてしまう。
しかし、両親は「息子を頼みます」と言ってくれる。
全然和解できなかった父親が初めて「息子」と言ってくれた…
ある役者の審査の場面で審査員が感動し涙を流すのだが、
観ているこちらも同じ思いにとられた。
彼(ジェイソン・タム)はうまい!
この場面だけでも、観た価値はあった。

それから、コニー役には沖縄出身の高良結香さんが挑戦する。
彼女は最終選考に進むが、結果や如何に。

また、映画はオーデションでキャストが決まる過程を縦糸に
進行するが、同時に初演当時の原点も横糸に織り込んでいる。
冒頭にマイケル・ベネットの声が録音されたテープが映し出されて、
ダンサーたちを集めて率直な声を聞いていくという「コーラスライン」の
アイデアのオリジナルが紹介される。
最初は、彼らのインタビューをどうするつもりなのか自分でもわからない
と言っていたベネットが、最後には
「作品にしようと思う、タイトルはコーラスランだ」
と断言している。この時彼には「神」が宿ったんだろうな。
そして初演にキャシー役(難しい役、これまで観た舞台、映画含めて
満足した記憶はない)で出演したドナ・マケクニーの語りや
ベネットの過去の映像でこの映画に深みを増す。
DVDのおまけのメイキング的雰囲気ながら、作品としての質が確保され、
全編コーラスラインの音楽が流れるので、観て、聴いて楽しめる作品。
(しかし、このタイトル。なんとかならなかったのか…)
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by capricciosam | 2008-11-01 22:38 | 映画 | Comments(0)

男と女@DVD

映画の場合、有名な音楽が先になってしまい、ついつい
作品自体を見過ごしてきたということがままあります。
名作「男と女」(1966)もそのひとつ。
フランシス・レイの作曲した有名な
「ダ~バダ ダバダバダ ダバダバダ」
は大好きなのですが、ストーリーは全然知らずに、
ついついこの歳までです、ハイ。

ところが、久しぶりにDVDコーナーに寄ったところ、この名作を発見!
しかも、880円!!
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メイキングもついていたのですが、なんと撮影も監督の
クロード・ルルーシュがカメラを抱えて、自ら体当たり的に
やっているのですね。これには、驚きました。
制作37年後のインタビューで彼が語るには、低予算もさることながら、
自分のイメージを撮影者に伝えるより、自分でやったほうが、
よっぽど良いものが撮れると語っていました。
これはわからん訳ではないなぁ…

男の役がレーシングドライバーなのですが、FORD所属になっていて
フォードGT40、マスタングなんて、懐かしい往年のマシンが登場します。
(結構ふんだんなくらいですから、好きな人にはたまらない!?)
しかも、ル・マン、モンテカルロラリーも実写で登場。
実際、ルルーシュと男役のジャン・ルイ・トランティニヤンもル・マンに
エントリーして走ったそうです。ヘーッ!

モノとカラーの使い分け、夜と霧、波の打ち寄せる渚etc
これらを駆使して二人の揺れる胸の内が効果的に描かれていきます。

お互い魅かれあって、距離感もとれてきた頃の車中で
男がシフトチェンジを終えた右手(左ハンドルです)を、
ついに女の左手に重ねた時、女の顔から笑みが消え、
やや警戒気味の表情になって、横目で男をチラチラ見てから
いままで封印していた質問をします。
「奥さんは?」

この時の女役のアヌーク・エーメの演技はイイなぁ~。

設定から言っても、こりゃ独身時代よりも結婚して親になってから
でも遅くない、と言うよりは、そのほうがより身に迫るんじゃないかな。
だから、鑑賞はチョー遅れてしまったけれど、案外深く味わうことが
できたんじゃないのかな、と思います。
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by capricciosam | 2008-10-25 23:27 | 映画 | Comments(0)

ポール・ニューマンと言えば…

俳優のポール・ニューマンさんが死去したようですね。

最近は雑誌の廃刊が相次いでいますが、そのうちのひとつ
「ロードショー」の表紙にも度々登場していたのではなかったかな。

いろいろ代表作はあるのでしょうが、私には
「明日に向かって撃て」「タワーリング・インフェルノ」「スティング」
あたりが思い出されます。
特に、「スティンク゜」は最後まで結末が予想できず、まんまと騙された
のは懐かしい思い出です。ありゃ、楽しい一作でした。

あと、あまり目立たない一作を。
それは「スラップショット」
アイスホッケーを扱った地味な作品、というかセリフがスラングだらけの
やや下品な作品だったらしいのですが、幸い字幕頼りで理解できません。
痛快な仕上がりだったですね。
リンダ・ロンシュタットの主題歌もノリが良かったなぁ。
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ポール・ニューマンさんのご冥福をお祈りいたします。
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by capricciosam | 2008-09-28 07:16 | 時の移ろい | Comments(0)

おくりびと@映画2008

死はやはり、忌み嫌うモノだろう。
まして死体にさわるなどということには嫌悪感がある。
しかし、身近な者の死に接する時はどうだろう。
人は否応なくその忌み嫌う死に正対しなくてはならない。

父が死んだ時、葬儀は万事葬祭業者任せであった。
担当者が現れ、てきぱきと道具を用意して、祭壇を作り、といった
諸事万端がプロの仕事であることに、半ば感心しつつ眺めていた。

さて、いよいよ納棺という時になったら、まったく別人が現れた。
差し出された名刺を見て、納棺がまた別のプロの仕事なのだと
初めて知った。
一体どうのようにするのか、と思っていたら、
遺族一同が注視する中、遺体をいったん裸にして死装束に着替え
させていくのだが、決して裸体は見せない。
しかも、その所作は見事という他なく、まさしくプロの仕事であった。
着替えが無事完了した時には、内心驚嘆していた。
うまいものだなぁー、と。
未だに鮮やかに思い出す。

この映画では、失職したプロのチェリストが故郷の山形で
納棺のプロとして成長していく姿が描かれていく。
なんとも極端な設定ではあるが、本木雅弘が好演。
最初の演奏会シーンでは飯森範親指揮山形交響楽団による
第九演奏会が観られるが、チェロを演奏する姿も違和感がない。

帰郷して、幼い日に使っていたチェロケースを開けると、
楽譜に包まれた石がでてくる。
その石は幼い主人公が河原で拾った石を父とばくりっこしたもの。
(ばくりっこ、とは「交換する」という意味の北海道弁です。)
この石っころの交換は、映画の中で「いしぶみ」という古代の行為、
想いを石に込めるという行為であることを主人公に語らせる。
でも記憶の中にある生き別れした父の顔ははっきりとは思い出せない。
このエピソードは終盤のクライマックスにつながるが、上手い。

四季の移ろいも鮮やかな酒田市を舞台に、
「納棺」という気になるけれど、よくわからない超ニッチな職業に
着目した企画の成功もあろうが、演出、脚本、演技、エピソード
すべてに渡って過不足なく出来ている感じで、高い仕上がり。
死を扱いながら、決して暗くはなく、むしろ笑いも涙もふんだんな
上質な娯楽作品。お薦めです。
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<蛇足>
客席の年齢層は高かったようで、シルバー世代のカップルも
ちらほら見られました。どのような思いでご覧になったのでしょうか。
最後にクレジットが流れる場面で本木雅弘が一人で死装束に
着替えさせるシーンが流れます。
改めて、見事だなぁと感心してみていましたが、演技指導は
父の時もお世話になったこちらだったんですね。
<10.14追記>
物語の重要なエピソードにからむ役をされていた
峰岸徹さんが亡くなられました。回想シーンを除けば、
死んで登場していたのですが、果たして、こたびは、
どんな「おくりびと」にめぐり合えたのでしょうか。合掌。

<2009.2.23追記>
米国アカデミー賞外国語映画賞を日本作品として初受賞。
おめでとう!!

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by capricciosam | 2008-09-20 17:13 | 映画 | Comments(4)

歓喜の歌@TV

北海道テレビ放送(HTB)開局40周年記念番組として
全国放送された「歓喜の歌」。原作が立川志の輔の落語。

年初に公開された劇場版と同様、公共ホールの
やる気のない担当者が引き起こした「ダブルブッキング」。
そのドタバタに垣間見えるコーラスにかけた団員の人生模様が
描かれ、最後は、無気力な人間がやる気をだして奇策により
このピンチをすり抜けるというあらすじはほぼ同一。
でも、テイストは異なる作品に仕上がっていた。

ストーリーも劇場版の2つのコーラスグループによる
ダブルブッキングから、市長の市政報告会と
コーラスグループのそれに変えたことで、強者と弱者という
コントラストを強める。そのためドラマティックな度合いが
高まるとともに、物語の幹となる部分がしっかりとした感じを受けた。
ただし、「いかにもありうるだろう」という「らしさ」の点では
劇場版のほうがより巧みのような感じを受けた。

主役であるが、劇場版の小林薫の「ゆるキャラ」に比べ、
大泉洋の醸し出す「基調は無責任だけれど、心まで失っていないぜ」
的キャラの方が、最終的な解決策に向かってゆく推進力があって
終盤に向けた展開には無理がないように感じた。

劇場版でも描かれていたコーラス団員の背景であるが、
田中裕子扮するリーダーが明日をも知れぬ人生を送っている
としたことで、何故日程を譲れないのか、という点に関して
説得力が増す一因になったと思う。

両作品とも団員の日常の一端を見せることで、
地味な生活を送りつつ、そんな日常を忘れてしまえる一瞬が訪れる
コーラスの発表会に賭ける団員の意気込みを描く。
もちろん、自分もその類の一人なので、アマチュアコーラスが
全員が全員そんな事情がある訳ではないし、いろんな意義や目的を
持って舞台に上がるということは承知しているつもりだが、
この辺はある程度当たりだな、と感じる。
そのていねいさでは劇場版だろうが、少々粗っぽいけれど、
より説得力があったのはTV版であったと思う。

劇場版の丁寧さやそれにともなうやや複雑な構成に比べたら、
TV版は枝葉を払って、見通しを良くした印象が残った。
しかし、逆にあじわいの単純化を招いた面もあるのかもしれない。
どちらかに優劣をつけるというより、
素材は同じでも異なる料理を提供してもらったようなもので、
どちらも「ごちそうさまでした」というところだと思う。
道内ローカル局の健闘を讃えたいと思う。
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<蛇足>
最後はアンコールと称して女声コーラスによる中島みゆきの
「時代」でしたが、うまいアイデアで、歌も良かったですね。
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by capricciosam | 2008-09-07 20:38 | みて楽しむ | Comments(2)