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それでもボクはやってない@試写会

試写会会場となった客席からはしわぶきひとつ聞こえない。
もちろん、退席する人とてない。
全員が身じろぎも少なく物音ひとつ立てずに、スクリーンを見つめ続けている。
私とて息を凝らし、次の展開がどうなるか、大いに気になって
2時間余りスクリーンを見続けるだけだった。

<以下、ネタバレ的内容ですので、ご注意ください>

周防正行監督の「Shall we ダンス?」は、日常とは別の知らない世界に
一歩足を踏み入れることで始まる「ワンダーランド」を描いて観る者を
ハラハラドキドキさせ、見終わると心温まる想いが残る素敵な作品だった。
今作品も見知らぬ世界に連れて行ってくれるのは同じなれど、観る者の
心が緊張し、真剣に考えざるを得ない、そういう意味でのワンダーな世界
へと連れて行ってくれるのは、異なる点か。
見終わって、主人公は有罪か、無罪か、とまじめに考えている私。
「もし、わたしが主人公と同じ立場だったら…」
「許せないよ、あんな取調べ!! あんな裁判!!」
義憤に駆られ、思わずそう思ってしまう私。
直球ど真ん中で勝負してきた監督の想いがひしひしと伝わったようです。

日本の刑事裁判での有罪率は99.9%だ、と映画で出てくる。
つまり刑事事件で起訴されたが最後、ほぼまちがいなく有罪となる、ということ。
「そりゃ結構、悪い奴が有罪で何が悪いの」とはじめは思ったが、
こと「冤罪」、つまり濡れ衣を着せられて罰せられようとしている場合には、
話はそうはいかなくなる、ということがわかる。
つまり、いったん起訴されたが最後、たとえ冤罪だろうと、ほぼすべて有罪
という刑事裁判の現状って、果たして、一般人の信頼に足るものなのか。
まして、自分が冤罪でその立場に置かれてしまったら…。
「想像したくもない」というのが正直なところではないか。

この映画では本人がやっていないと主張しているにもかかわらず、
一旦犯人扱いされたら、警察の取調べから始まって、検察の取調べ、
あげくの果てには裁判官まで「有罪」という先入観、偏見で向かってくるので、
結局は刑事裁判でやってもいない罪で有罪にさせられてしまう、という
日本の刑事裁判の暗黒面が描かれている。
警察が犯人とみなした人物に対する初動捜査のズサンさ。
警察から送られたでっち上げの調書を鵜呑みにする検察官の決め付け。
左遷や出世を気にするあまりなのか、有罪にしたがる裁判官。
おまけに、裁判ではことごとく「ウソ」をつく証人。
しかも、本人にとって有利な証拠は一向に採用されず、ひたすら
犯人に仕立て上げられるような証拠のみが採用され、でっち上げられていく。
この映画では「満員電車での痴漢犯罪」で、被害者が直接加害者と
おぼしき人間を捕まえた、というケースになっていたが、例え、
被害者に錯誤の可能性があろうとも、警察、検察、裁判官は斟酌せずに、
被害者の言い分は「正しい」と決め付けてくるんですね。
被害者サイドにとってはこれほど頼もしい相手はいない。
が、しかし、濡れ衣を着せられた加害者サイドにとっては勝ち目のないことは
火を見るよりも明らか、で結局、有罪に。
痴漢は許すべきではないが、是非は客観的に判断すべきことは当たり前だし、
冤罪なら裁判で身の潔白を証明できる、と思っていたので、これが刑事裁判の
現実ならとてもじゃないがかかわりたくもないし、正直ゾッとした。
なんとも危うい実態を見せ付けられました。

裁判員制度に関する法律がH16年5月に公布されて、5年以内には
この制度が実施される予定です。
国民も刑事裁判に参加する制度がスタートする訳ですが、
とすると、刑事裁判の現実に自らも直面する可能性がある訳です。
「自分はそんなの関係ない」としか思っていなかったのですが、
この映画を観て、ちょいと真剣に考えてしまいました。
「自分が冤罪に手を貸す可能性も高いのかな?」と。

「Shall we ダンス?」の周防監督とは全くテイストが異なります。
笑いはクスっ程度です。
生真面目で、重い課題をストレートに突きつけます。
み終わっても、心は暖まらず、むしろ冷え冷えとしてくるかもしれません。
ひょっとしたらウケないかもしれません。
でも、ぐいぐいと引き込まれ、考えさせられ、みせられてしまう作品です。
こういう作品こそちゃんとした意味でウケてほしいな。
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by capricciosam | 2007-01-14 03:09 | 映画 | Comments(6)

007カジノ・ロワイヤル@映画リメイク

好調なシリーズものが、途中で誕生時のエピソードに戻るのは、最近では
「スター・ウォーズ・エピソードⅠ」「バットマン・ビキンズ」にもみられる。
007シリーズも21作目にあって「原点回帰」らしい。
と、いうのも原作者のイアン・フレミングがジェームズ・ボンドをはじめて
登場させたのが「カジノ・ロワイヤル」。
これはシリーズ番外編のパロディ版としてとうの昔に映画化されていた
のは有名な話。版権の関係らしいが、結局全てソニー傘下に収まった
ことで今回のリメイク(と言ってもよいのかな)が実現したようだ。
まあ、その分vaioはじめソニー製品もよく出てくるのだが…。

今回再映画化されたものを観るに当たっては一度原作に
当たっておくのも悪くはないな、と思い読んでみた。
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基本的な構造の核になるル・シッフルとの対決は活かしては
あるものの、冷戦構造でのフランス共産党員の使い込みが
現代のテロリト支援組織の使い込みに置き換えられており、
その辺はうまく時代に合致させて違和感なく観ることができる。
ストーリーもほぼ活かされていた。

<以下はネタバレ的内容です、ご注意ください>

今作は「若きジェームズ・ボンドが007になるまでの物語」と
宣伝されているが、冒頭からダブル・オー資格を満たしている
ことがわかる。しかし、宣伝で言いたかったのは、真の意味
でのダブル・オーらしさを獲得するに至る、という意味なのだろう。
だからなのか、ボンドの洗練されたクールな面よりも、むしろ
直線的で、荒削りな面を強調していく。なにしろ、ボンドには欠かせない
マティーニさえもシェイクかステーかに、こだわっていない。
これ故に、起用に否定的意見のあった精悍なダニエル・クレイグの
風貌は逆にふさわしいのかもしれない。
また年齢と鍛え上げられた肉体故かアクションシーンもOKだが、
カジノの場面やヴェスパー・リンドとの感情のやりとり等の静的演技も
なかなかなものだった。特に、殺人に立ち会ったリンドがショックのあまり
着衣のまましゃがみこんでシャワーを浴びているのを見て、そばに行き、
自分も同じようにしゃがみこんで抱き寄せながら、リンドの血のついた指を
口に含んで血をとってやるシーン等は、シリーズでは異色な場面では
あったが、印象深いものだった。
男としての色気や艶にはやや欠けるものの、ラストまでボンド役としての
違和感を特に感じなかったのは彼の演技力のせいか。

それから、ヴェスパー・リンドのいわゆる「ボンド・ガール」。
ちょっと暴論かもしれないが、これまでのシリーズではほとんどが
ボンドとは「色恋」の関係にはなるのだが、決して「恋愛」には至らない
立場だったと思う。「愛」の不在、といってもよいかもしれない。
唯一「恋愛」する立場で描いてみせたのが「女王陛下の007」だった。
しかし、今回はダブルオーの立場を捨ててまで一緒になろうとしながら、
結局は、スパイものらしく一種の「裏切り」に由来する悲劇的結末に
終わるのだから、なんとも切ない。
それ故、この悲劇を乗り越えたからこそダブルオーとしての
クールさに凄みが増し、決して本気で恋愛に踏み込もうとしない
のだろう、とひとりで合点していた。
ただし、リンドの死に至る原因と方法は原作とは異なる。

またシリーズものなのに、マニー・ペニーやQは出演しない。
これは、ダブルオーとしてのプレ段階という設定だからなのだろうか。
でも、懐かしい1964年製(これはノーマル仕様)や仕掛けのある
最新型のアストン・マーチンは登場する。
しかも、その仕掛けが秘密兵器ではなく、AED(振動除細動機)。
また、原作では使い込みの原因が売春宿への投資失敗だったのが、
今作では株の暴落前の空売りの失敗。
現代への置き換えが実にうまいなぁ、と感心。

ところで、拷問のシーンはほぼ原作に忠実。たたく道具が違うだけ。
男には耐えられない「急所攻め」ということはすぐにわかる。
男が出産の痛みを共有できないのと同様、あの痛みは女性には
想像できないモノでしょう…。

また、蝶ネクタイ姿のボンドが現れ、お決まりのセリフ
「My name is BOND,JAMES BOND」を言うと、すかさず
ボンドのテーマが流れるシーンは、なんとラスト。
ここでダブルオーとしての真の意味でのボンド誕生を観る者に
強く印象づけて終わる。
まさしく「エピソードⅠ」「ビギンズ」の完成であり、シリーズにつながった訳だ。
今回の監督は私の中では評価の低い「ゴールデン・アイ」と同じだったので、
正直期待していなかった。しかし、今作は比べものにならないくらいの
上出来なのは嬉しい誤算だった。これは脚本が良いからなのかな。

次回作は2008年には公開予定らしく、引き続きD・クレイグで
撮るようだが、シリーズの特徴として段々ハデになっていって、
人間ドラマが希薄化しがちな傾向では、この人間ドラマを描いた
今作でいい味をだした彼がどのように演じていくのか、興味のあるところ。
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by capricciosam | 2006-12-04 02:24 | 映画 | Comments(3)

M★A★S★H

ロバート・アルトマン監督が亡くなられたそうです。
代表作の「M★A★S★H」については以前にも書いたのですが、
皮肉った視線で「戦場の狂気」を見事に描いた作品だと思います。
振り返っても監督の作品はこれぐらいしか見たことがないなぁ
と思ったら実はもう一本ありました。
「ロング・グツトバイ」です。
++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
<追記11.23>
記憶違いでした(汗)
どうやら「さらば愛しき女よ」と混同したようです
という訳で観たのは「M★A★S★H」だけです。訂正いたします。
訂正して読み直してみるとつながりが悪いので、一部削除しました。

++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
ところで、「戦場」と言えば、先日C・イーストウッドがTVに出ていました。
第二次世界大戦での硫黄島の戦いについて米国側と日本側のそれぞれから
作品を作ったとのことで、ほぼ同時期に公開されているようです。
「ダーティ・ハリー」での印象があまにも強烈で、その後市長になったことは
知っていましたが、アカデネー賞を2度も獲ったということは寡聞にして
知りませんでした。
TVでは今回の作品で言いたかったのは何か、との問いかけに対して
「戦争には勝者も敗者もいない、ということを描きたかった」
というようなことをおっしゃっていました。
世情も9.11事件、イラク戦争、北朝鮮の最近の動きと考えていくと、
決して楽観できるものではないのですが、戦争が発生しないような
多方面からの努力は今後も続けていってもらいたいものです。

蛇足ですが、この時イーストウッドの吹き替えをやっていたのは、
野沢那智さんのようでした。
「深夜放送」や「アラン・ドロン」を知っている世代としては、
なんとも懐かしい声を久々に聴くことができました。
おいくつになられたんだろうか。
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by capricciosam | 2006-11-22 23:47 | 映画 | Comments(0)

ブラック・ダリア@映画

公開された初日に足を運びましたが、入りはいまいち。
今回足を運んだのは次の四点があったから。

・原作者が「L.A.コンフィデンシャル」と同じ
・監督が「殺しのドレス」のブライアン・デ・パルマ
・「マッチ・ポイント」で印象的だったスカレート・ヨハンソンが出演
・時代設定が戦後のハリウッドでの犯罪

<ネタバレ的内容です、ご注意ください>
映画自体は大きく①猟奇殺人事件と②二人の刑事とヨハンソンの3人の関係
を軸に絡み合いながら展開していきます。
これが伏線を散りばめながら、①と②を行ったりきたりなので、
頭で再構成する作業が必要となり、筋を追うのが少々大変でした。
この辺は原作を読んでいないので、どうなんでしょうか。
また途中のテンポももたつき気味、間延び気味なのに、
逆にラストで一気呵成気味に展開して、アレヨアレヨと解決していきます。
でももつれあった糸が解きほぐれていくこの辺りはうまく引き込まれましたね。
当時の繁栄の裏にある犯罪、退廃、腐食。
設定した時代の雰囲気をうまく伝えています。
ブライアン・デ・パルマ作品としては「殺しのドレス」というよりも
「ミッション・インポッシブル」のような冗長さを感じました。

ところで、どういう訳か最終的にメインとなる①の謎が解決しても
カタルシスを感じないのです。
これは、「L.A.コンフィデンシャル」との比較がヒントになるのでしょうか。
最後に主演の男女(刑事と売春婦、刑事と犯罪人の情婦と似たような間柄)が
結ばれるハッピーエンドは同じながら、「L.A.コンフィデンシャル」では
あの二人へすっかり"入れ込んでいる"自分を感じましたが、
「ブラック・ダリア」ではとうとう何の感慨も湧かずじまい。
「どうしたことか?」
これは、映画内での当の女性たちの「位置づけ」が関係しているのかも。
「ブラック・ダリア」では中盤から後半にかけては女性が①に関係する
ヒラリー・スワンクに重点的になり、最後にまた②に関係する
スカレート・ヨハンソンが登場しても、もともと映画の中でも
中心となる①に絡まず、かつ踏み込んだ描写ではない、という弱さのため、
観ているこちらとしては「L.A.コンフィデンシャル」におけるキム・ベイジンガー
が演じた役柄に対するほどの集中もなければ、共感も起こらない、
というように思いました。
最後のクレジットのcastではヨハンソンが2番目でしたが、やはり主役級は
メインとなる筋に多く露出してくれた方が印象的ですね。
最も①で演じたらどっちにしても殺されちゃって、ハッピーエンドは無理ですね。

恐らく重層的な構成の原作をうまくまとめて、映画としては合格の部類なので
しょうが、どうも「L.A.コンフィデンシャル」ほど心が揺さぶられることなく、
印象としては薄かったですね。
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<蛇足>
レズ・バーのステージで歌われる「ラブ・フォー・セール」はなかなか聞かせました。
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by capricciosam | 2006-10-15 20:28 | 映画 | Comments(2)

マッチ・ポイント@映画2006

連休ですが、北海道は接近中の台風13号が気になります。
久しぶりにカミサンと映画を観てきました。

ウディ・アレン監督作品は「アニー・ホール」以来ですから、
随分ご無沙汰です。ざっと30年ぶりくらいでしょうか。

映画の舞台となった英国ですが、いまだに身分差別的雰囲気が
厳然として存在するのでしょうね。
その中で、上流社会を舞台にのし上がろうとするアイリッシュとヤンキー。
果たして欲望の果てには悲劇が待ち構えている…。

この映画はウディ・アレン監督が作品に出演しないこと、タイトルの暗示、
スカーレット・ヨハンソンの肉感的魅力、ラストのオチへの賛否等が話題に
なって巷間を賑わせているようです。
確かに、冒頭のテニスのラリーの様子が暗示する点は、ラスト手前の
あるものがあるものにぶつかるシーンで観客を上手にミスリードしていきます。
事実、私もまんまとひっかかりました。
そして、「これってあり!?」の展開でラストに。
主人公の複雑な暗い目が印象的。
確かに、この映画はいろいろと考えさせる興味深い映画です。
ただ、勧善懲悪の観念の強い人や女性には好まれないでしょうね。

それから「音楽」が重要な役割を果たしているようにも思いました。
チリチリ音のノイズが聞こえる旧い音源を使用した「歌劇」が使われていますが、
実際、映画でも歌劇をボックス席で鑑賞するシーンが度々。
しかも、声高にではなく、テノールによるアリアでうっとりと、しっとりと歌われる。
アンニュイなけだるささえ漂う。
この辺は上流社会の「退屈さ」の象徴なのかな。

案外、この映画の大枠は「歌劇」に見立てているのかもしれません。
映画の粗く、ステレオタイプな筋立ては歌劇のそれに似ています。
歌劇では殺人はよくあるのですが、映画でも間接的に見せています。
しかし、一番似ているのはスノビッシュなところでしょうか。
どうして歌劇は俗っぽい内容なのに、貴族や金持ちに愛されているのか。
うわべは澄ましていても、俗物性は隠しようもないからか。

主人公の元テニスプレーヤーは慎み深く、ドフトエフスキーを読み、歌劇が好き。
(そんなのいるんかい!?)
うわべは上流社会好みの好青年で、しっかりと計算しつつも、妻と愛人の間で
懊悩する様はまさしく俗物そのもの。
そして、冒頭にでてくる「罪と罰」の主人公のごとく犯罪に手を染めていく。
「ああ、やはりなぁ」
しかし、ラストの結論にウディ・アレンのシニカルな顔を思い浮かべることに。
論理としては物凄く弱点を抱えている(あんな捜査あり!?)が、観客はタイトルと
冒頭のラリーの伏線に立ち返って、自問自答し始める。
「これって、あり!? やはり、運なのか」

久しぶりに観たウディ・アレン作品ですが、娯楽性もありながら、
それなりに考えさせられたり、とバランスのとれたおもしろい作品でした。
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◆今回出演していた俳優はこれまでに誰も観た事がないと思っていたら、
 スカーレット・ヨハンソンの出演歴に「ホーム・アローン3」とありました。
 DVDを見直しましたが、当時14歳の彼女の表情に今と共通の色っぽさが
 チラリと感じられます。
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by capricciosam | 2006-09-18 17:29 | 映画 | Comments(8)

M:I:Ⅲ@特別先行上映

正式には来週からロードショー公開のようですが、
先週土日から特別先行上映がはじまっています。
映画の日で料金はお得、かつM:I:Ⅱの印象が
案外良かったことから期待してでかけました。

本シリーズも3作目。
一応「スパイ」ものなんでしょうが、007シリーズが
一作ごとにハデなアクションが目立ってきたように、
ベルリン、バチカン、上海と各地でのアクションは満載。
特にバチカンでの場面はよくできていると思いました。

<以下、ネタバレを含みますのでご注意ください>

とはいっても、見終わってもなんとなくモヤモヤ感が
残ってしまいました。
例えばキーワードの「ラビットフット」を見せはするものの
それが何かは結局明かさずにおしまい。
イーサンが仕事をやめなかったら教える、
なんてことをセリフに入れたりして、
「あれれ、いったい何だったんだ」
との未消化な感じが残ります。
まさか、M:I:Ⅳへの伏線だったりして。
それもロケ地は東京?

それに、「ラビットフット」を手に入れたはずなのに、
敵が執拗にイーサンを追い詰めるのは何故。
しかも冒頭含め2回も見せられる必要性はさしてない
ように思うのですが、このあたりの説明はなし。
なぜか細部が置き去りにされたようなアバウトさが
残って妙なひっかかりを感じてしまいます。
そのアバウトさが私には印象の散漫さに作用したようです。

ところで、ときどき妙な「既視感」に襲われます。
どこかでみたようなシーン、というかパクリに近いものが。
バチカンの塀からのワイヤーアクションは一作目。
このあたりは同じシリーズからなので微笑ましい。
でも、橋を走行中の車をミサイルで襲うシーンは、
A・シュワルツネッガーの「トルー・ライズ」そっくりです。
それにあの橋はひょっとして同じ橋ではないんでしょうか。
しかも、妻に素性を明かさなかったり、最後は妻が銃で
敵をやっつけるんですから、瓜二つでしょう。
その他、最後の上海の路上での格闘シーンで敵が
トラックにはねられるシーンは「スピード」ですか。
「共同制作」か「オマージュ」だったんでしょうか。
いやはや、実にアッケラカンとしたものです。

それなりに一定の水準だとは思うのですが、
私としてはトータルとしては前作を越えていないな、
という印象でした。
どうやら盛りだくさんなエピソードをストーリーとして
うまく整理できなかったせいなのかな。
でも、このシリーズは三作とも底流にあるのは
「裏切り」なんですね。
スパイものとしては王道を歩んでいるんでしょうか。
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by capricciosam | 2006-07-01 22:23 | 映画 | Comments(4)

激安DVD

先日、久しぶりに〇ドバシカメラのDVD売り場を覗いてみたら、
格安なDVDが販売されていたのにはビックリ。
戦前戦後の白黒映画が中心で、どれも定価500円です。
恐らく著作権切れの作品ばかりなのでしょうが、名作と
言われるものやカラー作品もチラホラあります。
販売差し止めを求められた「ローマの休日」もありました。
なかからチャップリンの「独裁者」「黄金狂時代」の2枚を
買ってきて、さっそく見て笑っていました。
時代を超えて、やはりおもしろいんですね。
ドリフのコントのネタはこんなところにあったんだなぁ、と
今さらながら気がつきました。
さすが喜劇の古典です。
激安ながら画質も悪くなく、満足できるレベルだと思いました。

芸術家が食べていくためには著作権を守らなければならない
ことは重々承知しています。
しかし、著作権の影響なのか、チャップリン作品の正規DVDは
あまりにも高価で、なかなか手を出せませんでした。
これではチャップリンの良さは伝説の域で、その良さを知る人の数は
なかなか増えません。これからも末永く人々に愛されるため
には、もっと普及してその価値を知らしめることも必要でしょう。
チャップリンや黒沢明の作品のように年月の重みに耐えて
人類の宝となっているような作品は、著作権を有する会社は
極力利益を押さえた廉価版で普及を計ってもらいたい、
と望みたいですね。
名作は著作権があっても「薄利多売」に転換を。
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by capricciosam | 2006-05-26 23:54 | 時の移ろい | Comments(0)

ダ・ヴィンチ・コード@映画

原作を一気読みした身としては、世界同時公開の記念すべき日
に良し悪しはともかく見ておきたかった、という訳で観てきました。
実に年甲斐もなくミーハー気分です。(^^)

さて、ストーリーはダン・ブラウンの原作を簡潔にまとめてあり、
原作を読んでいなくてもそれなりに楽しめるのでは、と思いました。
ただ原作の情報量が膨大なのに、映画はサーッと流さざるを得ない
側面も否めないので、一度は原作にあたることをお勧めします。
でも本物のルーブル美術館でロケしただけあって、雰囲気は
ありますね。この辺は映像の強みですね。
それから基本的には「謎解き」なので、アクション大作と思って観られた
方は肩すかしをくらったような気持ちになるかもしれません。
世界同時公開の意味はあくまでも原作で提示した宗教上の疑義
に対する反響の如何を問うたものだ、と私は思っています。
アクション大作と言えば予告でM・I・3をやっていましたが、
M・I・2が予想以上におもしろかったので、期待できるかな。
これも上海の扱いをめぐって中国当局と摩擦が生じているようですが。

<以下ネタバレを含みますので、ご注意ください>

キリスト教圏で問題になっている「聖杯」伝説にからめたキリスト教
統一にまつわる裏面史としてのキリストの「人間」としての扱いは
映画製作に当たっては原作以上に問題となることを予想した
のでしょう、弁解のような予防線を張っている感じでした。
その場面はソフィー自身が「聖杯」の血脈を引き継ぐ者であることが
わかってからのラストに近い場面でのラングドン教授とソフィーとの
会話にみられます。その事実を公表すべきなのか、どうかで
迷いを見せるソフィーと教授との会話です。
会話の中で閉所恐怖症のラングドンが実は幼少の頃に
井戸へ落ちたことがあった、というエピソードを話すのですが、
この時必死になって神に祈った、と話してからこう言います。
正確な字幕ではないのですが、「結局何を信じて生きるか」
そしてソフィーは得心したような表情を浮かべるのです。
これは信じる信じないは観ているあなたが決めてください、
既成の概念を壊さなくても良いのではないか、という気持ちを
込めた監督のメッセージと受け取れなくもありません。
閉所恐怖症含め原作にない映画オリジナルですね。

歴史上の謎というのは何故か血が騒いでしまうのですが、
今回は一大宗教として社会の概念や権威を構築したもの
に対する根本的な問いかけだけにスケールが違いますね。
キリスト教圏での社会的拡がりがどの程度になっていくのか、
葬式仏教徒としては予想もつかないのですが、その背景を
知る上でも、(映画を)一見または(原作を)一読する値は
あるのかもしれません。
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by capricciosam | 2006-05-21 06:08 | 映画 | Comments(2)

トロイ@DVD

昨夜から降り続いた雪のため、今朝から何時間も除雪
していました。午後までかかりましたが、クタクタです。
大量のドカ雪ですが、まったくどうなっているんでしょう。

たっぷりかいた汗を流してから、すっきりして
東レパンパシフィクテニスを観ていました。
連覇のかかったシャラポワか、復活したヒンギスか。
ヒンギスが常に主導権を握り、シャラポワにゆさぶりをかけて、
ミスを誘う。さすが、元女王です。
やはりヒンギスが一枚も二枚も上手でした。
一旦引退していたとはいえ、まだ25歳。
まだまだ先がありそうです。

ところで、昨夜は先日買ってきた「トロイ」を観ました。
封切り当時も観たのですが、廉価盤でさらに割引があったので、
ついつい買ってしまいました。
よくできている娯楽映画という印象は変わりませんでした。
トロイといえば、「ヘレン」「木馬」に代表される逸話が有名ですね。
ネットでいろいろ調べてみると、元々はギリャ神話の長い長い話で、
ホメロスのイリアスもその中のほんの一部のようです。
映画は、原作に頻繁に登場する神々を一切登場させず、
人間ドラマとして再編して、エピソードをつなぎあわせます。
映画をみていると短期間で戦いが終わったようですが、
神話では10年の長きに渡ってたり、アキレスがヘクトルの遺体を
12日間もひきずっていたり、ヘレンはトロイに嫌気がさして
ギリシャへ帰りたがったり、アガメムノンは勝利して帰った途端に
殺されたり、と原作がドロドロしているのには正直驚きでした。

原作の物語がアキレスの両親の結婚(なんと、これが人間と女神
の結婚なんですよ!)の場面で、招待されなかった
嫌われキャラの女神が「一番きれいな女に贈る」と記した
黄金のリンゴを送りつけ、ヘラ、アテナイ、アフロディーテの
3人の女神が競う場面から始まるようです。
「神様なのに争っちゃう訳!?」
神々の造形のなんと人間くさいことか。
ギリシャ神話というのもなかなかおもしろそうです。

■ギリシャ神話をダイジェストで紹介しているサイトはこちらです。

■トロイ遺跡を旅行された方のサイトはこちらです。

余談ですが、最初「トロイの木馬」で検索したのですが、
ヒットしてくるのはほとんどがウィルス関連でしたね。
時代だなぁ。(^^)
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by capricciosam | 2006-02-04 22:34 | 映画 | Comments(0)

Smooth Jazz~落穂拾い

今年の年末を思いかげず飾ってしまったSmooth Jazzですが、
このブログの記事をアップするため毎日聴いていましたが、
改めてほんと耳になじむなぁ~、と思います。
肩の凝らない楽しさのあるリラックス音楽、
BGMとしてもお薦めです。
さて、最終回の今回は「落穂拾い」としました。
とりあげたのは次の2曲です。

■ Lovin'You/ミニー・リパートン
彼女の代表曲で「これもJazz!?」と内心叫んでしまいました。
5オクターブ以上の声域を駆使して、彼女が27歳の時に
大ヒットとなりました。
私は若い頃深夜放送で一度だけ彼女がこの曲を歌うのをTVで
観たのですが、たったこれっきりですっかり魅了されてしまいました。
残念ながら、彼女は乳ガンから若くして逝ってしまいましたが、
彼女はこの曲とともに永久の命を与えられたような気がします。
ちなみに、この曲を含むアルバムの誕生には、当時は
ステービィー・ワンダーが覆面で参加していたそうです。
今となってはバレバレだそうですが、契約上の関係からなのでしょうか。

■ M★A★S★H
北海道もシネコンの洗礼を受けて久しいのですが、
私の若かりし頃は俗に言う「二番館」「三番館」と言われる映画館が
ありました。封切り後時間が経ったあとの傷ついたフィルムを
低料金で上映してくれる映画館で札幌にもいろいろありました。
「ニコー劇場」「テアトル・ポー」「遊楽地下」etc+須貝ビルにも。
今となってはことごとく見あたりませんね、残念ながら。
この映画はそんな映画館のどこかで観たことは覚えています。
朝鮮戦争の野戦病院にやってきた二人の医師が
規律を無視してやりたい放題やる
戦争を題材にしたブラック・コメディの傑作でした。
オフザケとシリアスな現実が戦争の狂気を対比させて見事でした。
でも、そのテーマソングはすっかり忘れていたのですが、
3枚目14曲目で思わぬ再会をしてしまいました。
木琴によるそのうつむき加減なワルツ風の味付けに、
当時観たシーンがよみがえって新鮮でした。
この映画もっと評価されてもよいのかな、という気がします。


年末くらいガンバッテ毎日更新をプチ目標にやってきましたが、
なんとか達成できました。
でも最後の話題がジャズとは自分でも意外なんですよ、ホント。

さて、当ブログにおつきあいいただいた皆様、今年一年
TBやら、コメントやら、いろいろかまっていただき
ほんとうにありがとうございました。
喪中の身とて、年があけてもおめでたいことは
慎まねばなりませぬが、できれば元旦から更新していきたい
と思っておりますので、来年もよろしくお願いいたします。

来年が皆様にとりまして良い一年でありますことを
心より御祈念申し上げます。
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by capricciosam | 2005-12-31 18:33 | 音楽 | Comments(2)