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札幌交響楽団第576回定期演奏会@Kitara2015

【プログラム】

1 ブラームス ピアノ協奏曲第2番変ロ長調
2 フォーレ 組曲「ペレアスとメリザンド」
3 ラヴェル 「ダフニスとクロエ」第2組曲

今回の定期演奏会の指揮者ユベール・スダーンさんは東京交響楽団音楽監督を
長年努められ方で、過去札響の指揮もされているが、あいにく聴いたことがなかった。
今回のチラシには「日本ではドイツ系のレパートリーでの名演で評価されてきた(略)
これまであまり注目されることのなかったスダーンの指揮するフランス音楽の素晴らしさ
を知っていただくためのプログラムです。」とあったが、とは言っても前半のブラームスが
鑑賞のツボなんだろうな、ぐらいの認識で出かけた。

ところが、休憩後の2、3が素晴らしい出来だった。こういう誤算は嬉しいね。
スダーンさんは指揮棒を持たずに全身を使ってオケをドライブしていくのだが、
色彩あふれる両曲を、実に情感豊かに描いていく。
もともと色彩感豊かな曲は、ともすれば品を失った演奏にも堕しかねないものだが、
節度をわきまえつつ、ギリギリのところまで表現していく手腕には感心した。
また、管楽器(特にフルート)を中心とした札響もよくこれに応え、音が濁らずに
よくブレンドされていたと思う。札響のサウンドの充実ぶりが嬉しい。
過去の演奏回数は2が11回、3が3回と少ない。
特に、「ダフニスとクロエ」第2組曲の少なさには驚いたが、
案外若手が充実してきている現在の札響のサウンドを強化するには
フランス作品はあっているような気がした。

1はソリストも札響も調和のとれた良い演奏だったと思う。
バリー・ダグラスのピアノも実に心地よかったのだが、如何せん印象に残ることなく
淡々と終わってしまった感じが否めない。これはソリストがそれほど目立たない作品
としての性格故なのかとも思うので、作品で損をしているような気がしてならない。
そういう意味ではもっとピアノソロが対峙するような作品で彼を聴いてみたいものだ。
アンコールに一曲。

ブラームス 間奏曲ホ長調op.116-4 

全国にTV放送された昨年11月定期演奏会夜公演で、TV画面から見ると
ちょっと空席が目立ったので、久しぶりに夜公演を選択してみた。
客の入りは6~7割か。定期会員を中心としたコアな席以外はやはり空席が目立つ。
特にPブロックと周辺の空席が目立ったが、定期演奏会としては寂しいな。
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by capricciosam | 2015-01-30 23:35 | 音楽 | Comments(0)

札幌交響楽団第575回定期演奏会@Kitara2014

【プログラム】

1 チャイコフスキー ヴァイオリン協奏曲ニ長調
2 ショスタコーヴィチ 交響曲第15番イ長調

シンプルなプログラムながら、やはり目玉は2だろう。
札響も過去に2回しか演奏しておらず、実演では聴く機会が限られる。
ショスタコーヴィチの最後の交響曲、作曲年は1971年で初演は1972年。
今からわずか40年程前だから現代曲なのだが、決して難解な類ではない。
とは思うものの、不思議な味わいに満ちていることは確かだ。
他の作品からの引用も多く、各パートの首席奏者によるソロも頻繁にあり、
常にオーケストラが合奏しているという訳でもない。
晩年の体調不良の中で書き上げられただけに、自らの人生を回顧しているかのような
諦観や寂寞感すら感じさせ、耳を傾けていると瞑想的な感覚にしばしば襲われる。
曲は打楽器の響きの中、不思議な余韻を残して終わる。
旧ソ連の体制下で生きなければならなかっただけに、ストレートな感情表現ができない
複雑な心情が謎めく雰囲気を求めたのかもしれない。

指揮のクラウス・ペーター・フロールは2009年のマレーシア・フィル以来2度目。
フロールさんはテンポを落として楽譜の音を一音たりとも逃すまい、
というような気迫で丁寧に札響を指揮していた。
楽章間はほとんどアタッカながら、演奏終了まで約50分。
配布された資料の予定演奏時間より5分も長かったが、冗長なところは一切なく
味わいは深かった。札響も弛緩することなく、これに応えたことは見事だった。
特に各首席のソロが近年の札響の実力向上を如実に示していたのが嬉しい。
ファゴット、チェロ、トロンボーン、コントラバス(客演)が印象に残った。
この曲もCDよりライブが楽しめる曲のひとつだろう。

書く順番が逆になったが、1は名曲中の名曲。
ソリストのオーガスティン・ハーデリッヒの予備知識もなく、
それほど期待していなかったというのが正直なところだが、
開始早々座り直して聴くことになるとは予想だにしなかった。
名器ストディヴァリウスを貸与されるだけのことはある。
音が明瞭、かつ情感がきちんと感じられる、こんなチャイコンは記憶にない。
名器と技量の幸福な出会い。演奏終了と同時に大ホールは沸きに沸いた。
鳴りやまぬ大拍手にアンコールを一曲。

パガニーニ 24のカプリースより第24番

絶品。さらに大ホールが沸いたことは言うまでもない。 

演奏会終了後の満足度はとても高かったが、やはり、演奏会には足を運んでみるものだ。
昼公演。空席はあるものの、8~9割の入りか。
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by capricciosam | 2014-12-13 23:35 | 音楽 | Comments(0)

札幌交響楽団第574回定期演奏会@Kitara2014

【プログラム】

1 ウェーバー 歌劇「魔弾の射手」序曲
2 モーツァルト 交響曲第38番ニ長調「プラハ」
3 ブラームス 交響曲第2番ニ長調

エリシュカ&札響によるブラームス・チクルス第2弾。
昨年10月定期では、どちらかと言うと一連のドボルジャーク作品の掉尾を飾るで
あろうチェロ協奏曲に目がいっており、ブラームスはそれ程期待していなかったのが
正直なところ。
しかし、これが驚くほどの名演だったもので、思わず「望外の収穫」なんて
失礼な表現をしてしまいました。その時の記事は、こちらです。
その時、「エリシュカ&ブラームス」を強く期待したことは言うまでもありません。

と同時に、このブラームスはチクルスになるんだろうな、とは思っていました。
そこで今年同時期に取り上げたのは第2番。
この曲は豊かな自然の中でのびのびと呼吸でもしているような情景とともに
「くつろぎ」「憂い」「喜び」「快活さ」等の様々な表情が美しいメロディとともに
浮かんでくる素敵な作品ですが、エリシュカさんは一切の誇張もなく、
歌わせるべきところは歌わせつつ、札響から豊かな音を引き出していきます。
札響もよく健闘していたと思いました。
これまでこんな素敵なブラ2は聴いたことはありませんでした。

録音されていたので後々CDとして発売されるのでしょうが、
来シーズンの6月定期ではブラームス交響曲第4番が取り上げられることが
発表されています。ブラ4と言えば、今年エリシュカさんが振られた4月定期の
3日後に行われたチューリヒ・トーンハレ管弦楽団演奏会でも同曲が取り上げられ
エリシュカさんが熱心に聴き入っていたことが思い出されます。
その時の記事はこちらです。ディヴット・ジンマンの解釈に刺激を受けて
どのような指揮で札響をリードされるのか興味はつきません。
一年一作とすれば、チクルス完成まであと2年。
エリシュカさんの年齢を考えれば、なんとか完成にこぎ着けてもらいたいものです。

2は作品成立の背景からもっと劇的に演奏する場合もあるのでしょうが、
メリハリは効かせつつも奇をてらうことのないオーソドックスな演奏だったと思います。
エリシュカさんらしく好感の持てるところですが、一方作品の内面に宿る
ザラッとした感触はあまり感じられませんでした。

1は冒頭のホルンにはヒヤっとしたのですが、立ち直ったので良しとしましょう。
しかしながら、少し注文を。今回取り上げられた3曲の中では一番演奏されており、
ホルンが重要な役割を果たす作品だけに、先月定期演奏会での見事さからは
考えられない不安定さ。しかも、定期演奏会の冒頭ですからね。
一層の健闘を期待したいところです。

昼公演。8~9割の入りか。
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by capricciosam | 2014-11-15 21:10 | 音楽 | Comments(0)

札響名曲vol.4@Kitara2014

【プログラム】

1 スメタナ 歌劇「売られた花嫁」序曲
2 フィビヒ 詩曲~管弦楽のための牧歌「黄昏」より
3 ヤナーチェク のこぎり~ラシュスコ舞曲集より
4 スメタナ モルダウ~連作交響詩「我が祖国」より
<休憩>
5 ドヴォルジャーク スラブ舞曲集作品72

楽しみにしていた今日の演奏会。家を出たまでは良かったのですが、
途中でチケットを忘れたことに気がついて家に戻る羽目になり、結局1~4は断念。
休憩も終わろうかという時にようやく着席できたので5のみの鑑賞となりました。

昨年はスラヴ舞曲集の作品46(第1集:1~8番)が演奏され、期待に違わぬ名演に
いたく感激したことは記事にも書きました。
当然、残り半分の作品72(第2集:9~16番)への期待も大きかった訳ですが、
聴き終えてみると、総体的な印象は昨年と大して違いはなく、相変わらず
エリシュカさんらしい聴かせどころを押さえた演奏だな、とは思うのですが、
昨年に比べると表情が穏やかというか、自然なんですね。
聴いていても、スリリングなどとは縁遠い「安心感」という言葉が浮かんできました。
83歳のエリシュカさんだけに、「高齢」に起因するものなのか、とも思ったのですが、
配布されたパンフレットに第1集はボヘミアの舞曲でまとめ、第2集はポーランドや
ウクライナ、クロアチア等の舞曲を採り入れたありますから、
案外この辺りが要因なのかもしれません。

空席のほとんど目立たない客席からの熱い拍手に応えてアンコールを1曲。

6 スーク 弦楽セレナーデ変ホ長調より第1楽章

作曲家は違えど昨年同様、「弦楽セレナーデ」でクールダウン。
この作品は初めて聴きましたが、なかなか魅力的。
これだけ聴かせられると、来年の名曲でエリシュカさんの指揮で
「ドヴォルジャークの弦楽セレナーデ」を全楽章演奏してもらえないものだろうか。
もっとも管楽器、打楽器の出番をどうするか、という問題はあるのでしょうが、、、
<11.15追記>
名曲どころか、2016年3月定期で実現!って、今頃何を言ってるんでしょうね。
先月発表された来シーズン定期演奏会一覧に書いてありました。
歳のせいかな、いかんな、こういうポカは。

着席してステージを観るといつもより入念なマイクの数が。
慌てて入場したので告知を見落としましたが、CD用の録音のようです。
これは昨年分と併せた「スラヴ舞曲集」でしょうね、きっと。楽しみ。
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by capricciosam | 2014-11-08 21:16 | 音楽 | Comments(0)

札幌交響楽団第573回定期演奏会@Kitara2014

【プログラム】

1 マーラー 交響曲第9番ニ長調

来年の任期満了までに尾高監督と札響の演奏会はKitaraで2回予定されているので
今回が「最後の演奏会」でないことは明らかなのだが、オーケストラとの関係が終わりを
迎える時に、最後の演奏会でマーラーの交響曲第9番が取り上げられことはしばしば
みられることだ。従って、今回の定期演奏会が札響との総仕上げ的な意味合いが
ある卒業演奏会なのではないか、と思うのは小生だけだろうか。

尾高さんが辞任を発表する前に今シーズンのプログラムが発表された訳だが、
その時ツイッターで思わず「尾高監督は辞任するのかな」とつぶやいたが、
その判断の主たるものは今回のマーラーの9番だった。
残りはシベリウスのチクルスが完結するという節目に当たる、というものだった。
結果的に予感的中だったが、札響とひとつの時代を築いた方が去るだけに嬉しい訳がない。

この曲が成立した背景を知れば、マーラーがいかに身近に迫る「死」を意識してこの作品に
取り組んでいたかは有名なのだが、最後のアダージョに至るまでに、のたうち回り、煩悶し、
次第に諦観に支配されて息絶えるように曲が閉じる時に演奏が終わる訳ではない。
客席にも出番がある。まるで余韻を味わうようにすぐ拍手をせずにしばし沈黙をすることだ。
この余韻の後に真の終わりを迎えることになる。
今回は10数秒の沈黙が大ホールを支配した。
深い吐息とともに身体の緊張が解けていき、感動が湧上がってきた。名演。

指揮棒を持たない尾高監督の渾身の指揮に、増員された札響が全力で応えるため
大ホールには充実した響きだけが満ちた。
休憩なしの85分にいささかの緩みも感じられなかったのは素晴らしい。
配布された資料では前夜の演奏会が11月22日にNHK-FMで放送予定らしいが、
道内向けらしい。今回も録音していたので、ライブ盤として発売できないものだろうか。

コンマスは先月復帰した田島さんだったが、堂々たるコンマスぶりでしたね。
Pブロックに空席が目についたが、それでも8~9割の入りか。
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<追記>
配布された資料によればマーラー9番の札響の演奏回数は今回が3回目。
うち2回は尾高監督の指揮で、2回目は2003年の定期演奏会でした。
小生は偶然2回目も聴いていて、その時も深い感動に満たされたことは忘れられません。
この時にふれた記事を書いていました。こちらです。
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by capricciosam | 2014-10-25 22:11 | 音楽 | Comments(0)

札幌交響楽団第572回定期演奏会@Kitara2014

【プログラム】

1 モーツァルト ピアノ協奏曲第3番イ長調
2 ブルックナー 交響曲第6番イ長調

会場で配布された資料によれば、札響の演奏回数は1が39回なのに対し2が1回。
しかも39年前ですから、当時の団員は誰もいないでしょう。初演同然。
しかし、こういう組み合わせは、なにやらデ・ジャビュな思いが。
そうです、8月の定期演奏会とよく似ています。
演奏回数の少ない曲に積極的に新たな息吹を吹き込み、レパートリーの拡大を
はかろうという意志の現れなのでしょうか。

今シーズンのプログラムが発表された時に2番目に惹かれたのが今月の定期演奏会。
(1番目に惹かれたのは5月定期演奏会。これは5月定期演奏会の記事に書いたとおりです。)
近年札響はブルックナーの交響曲を尾高監督が定期で集中的に取り上げてきており、
その成果が昨年5月定期の第7番CDに結実したのは嬉しい限り。
でも、4番、5番、7番、9番とブルックナーとしては比較的取り上げられやすい曲なので、
CDの現役盤も少ないマイナーな6番などは「ひょっとしたら永遠に聴けないかもな~」
なんてあきらめていたところだっただけに、9月定期はまさに干天の慈雨状態です。
しかも、指揮が大阪交響楽団とブルックナーシリーズで名を馳せている
児玉宏さんとくれば、弥が上にも期待が高まります。

2の第1楽章の冒頭では各パートのアンサンブルにバラつきが感じられ、
どうなることかとハラハラしたのですが、児玉さんの迷いのない指揮に導かれるように
半ばから立ち直り、以降は安心して楽しむことができました。
特に第2楽章のアダージョは実に濃密にして甘美なひととときで絶品。
演奏終了後の拍手に応えて、児玉さんが管楽器パートを総立ちさせていましたが、
やはり、ここがしっかりしないとブルックナーの興趣を削ぐ恐れがありますからね。
確かに大健闘だったと思いますが、ホルンはより一層の健闘を期待したい。
児玉さんが定期再登場の際には、再びブルックナーを取り上げていただきたいところです。

1ではこの曲の落ち着いた甘美な雰囲気を、田部京子さんのしっとりとしたピアノが
札響と一体となって感じさせてくれ、ひたすらうっとりと耳をかたむけていました。
田部さんは1月のリサイタルで感じたたおやかな雰囲気は変わりませんね。
拍手に応えてアンコールを1曲

シューベルト アヴェ・マリア(吉松隆・田部京子共同編曲)
 
これは1月リサイタルでも最後のアンコール曲でした。

客席はやや空席が目立ち7~8割の入りか。もったいないなぁ~。
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by capricciosam | 2014-09-27 21:52 | 音楽 | Comments(0)

札幌交響楽団第571回定期演奏会@Kitara2014

演奏された曲は以下のとおり。

1 ジョン・ウィリアムズ 組曲「スター・ウォーズ」
2 早坂文雄 交響的組曲「ユーカラ」

下野さんが前回登場したのは2年前の第547回定期演奏会
その時はプレトークでプログラムをどう作っていくか、という興味深い話を披露してくれた。
ソリストとソリストの演奏する曲が先に決まっているという話でしたが、
今回はソリストなし。と、なれば下野さんのアイデアで構成されたということなのか。
そしてキーワードは「映画音楽」と「組曲」か。
それに、北海道ゆかりの作曲家の「生誕100年記念」がサブテーマとなるのかな。

今シーズンのプログラムを眺めて、8月定期が5月定期ほど興味が湧かなかったのは
同じ日本人作曲家でも伊福部昭に比べ、早坂文雄の作品はなじみが薄いためだった。
それ故、今回は逡巡したが、前回も結果的には良かった下野さん指揮だけに足を運んだ。
同じように悩まれた方もいたようで、空席が目立ち、入りとしては6~7割か。
ただ、こういう試みはプロオーケストラとしてはぜひ挑戦してもらいたいし、その心意気を感じて
音楽の視野を広げる気持ちを持って、足を運んで札響を応援したいものだ。

また、今回の2曲について札響が過去どれくらい演奏しているか、という点が両者の性格を
端的に示している。1は133回。直近では今年3月。現団員で演奏していない者はいない訳だ。
一方、2は抜粋演奏のみ2回(それも約45年前に集中している)で全曲演奏は札響初演。
現団員で前回演奏した団員なんて皆無だろう。
つまり、演奏する上での勘も有り、無しにはっきり分かれる。
また、同じ組曲といっても、一方は聞けば映像が浮かぶ映画音楽そのものの組曲であるのに対し、
片方は映画音楽ではない純音楽としての組曲なのだから、並列に扱うには抵抗がある。
そういう意味では、先に甘い薬を飲ませて、後で苦い薬を飲ませるような「たくらみ」を感じた。

事実、2は標題から連想される土俗的イメージなど感じさせない、抽象的、観念的な音が
形式感もなく連なっていくという印象で、聴く側にも集中力とイメージを膨らませる努力が必要。

「6つの曲から構成され、それぞれの曲にはアイヌの叙事詩にもとづく副題がつけられているが、
叙事詩を描写するのではなく、抽象化され透徹した精神世界を厳しく構築している。自由な無調、
変拍子のリズム、絵巻物風の構成が聴きものと言えるだろう。」
(会場で配布された資料より)

これを「おもしろい」ととるか、「退屈」ととるかは評価が分かれるところだと思う。
ただ、下野さんの迷いのない指揮で札響自体は熱演だったことは間違いない。
拍手に応えて、下野さんが楽譜を持ち上げ、さらには一歩下がって楽譜に向かって
拍手していたのが印象的だった。
録音はされているようだったが、こういう珍しい曲だけにライブ盤でリリースされたら
それなりの反応が全国であるのではないか。

1はCDとしてはメータ&ロサンジェルス・フィル盤が有名だが、メンバーも増やし、
さらに金管楽器が大活躍して遜色ないサウンドとなった。
実演でこれだけの演奏がきけたら満足というものだ。

しかし、下野さんの演奏会は企画が凝ってるね。変化球で翻弄された気分。
札響にはまた登場していただきたいが、たまに直球で聴いてみたい気分も。
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by capricciosam | 2014-08-30 20:37 | 音楽 | Comments(0)

札幌交響楽団第570回定期演奏会@Kitara2014

尾高音楽監督の札響ファイナルシーズンの最初の定期演奏会で演奏されたのは

ヴェルディ レクイエム

のみ。約80分。休憩、アンコールなし。

これまで尾高さんの指揮する声楽曲の中でレクイエムを聴いたのは2006年定期の
「ドイツ・レクイエム」
だけだが、あの時よりは余程感興豊かな余韻が残った。
共通しているのは劇的表現に意を尽くしているな、ということなのだが、
ブラームスの作品はむしろ生き残った者へのなぐさめに通じる静謐さこそが曲の心髄
と考えるため、その指向性には少々違和感を感じたものだった。
その点、ヴェルディの作品は宗教曲らしからぬ豪壮にして力量感に満ちた作品としての
性格ゆえか、劇的表現こそがふさわしい。
また、独唱、合唱もそれ相応の表現の力量が求められるのは言うまでもない。

その点、今回は有名な「怒りの日」の前の、冒頭の「Requiem&Kyrie」だけでも
独唱、合唱含めた演奏が満足すべきレベルにあることがわかり、安心して聴き通す
ことができた。指揮、オーケストラ、独唱、合唱が一体となった名演だったと思う。
オペラの人ヴェルディが作曲したことを意識すれば、もっと劇的表現に装飾をほどこす
ことは可能なのだろうが、尾高さんの指揮はあくまでも宗教曲として踏みとどまろう
とするかのようにバランスのとれたもので、至極真っ当な解釈だったのではないか。
もっとも、これは評価の分かれるところかもしれない。

それから、やはり特筆すべきは独唱と合唱の出来のすばらしさだ。
粒揃いとはまさにこのことか。記して敬意を表したい。

独唱 安藤赴美子・ソプラノ   加納悦子・メゾソプラノ
    吉田浩之・テノール    福島明也・バリトン

合唱 札響合唱団・札幌放送合唱団・ウィステリアアンサンブル・どさんこコラリアーズ

「ドイツ・レクイエム」の時同様、合唱団もステージ上に配置されていたが、
P席配置に比べ圧倒的に演奏との一体感が増す。これも功を奏したのではないか。
録音されていたので、後日放送されるのだろうか。
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<追記>
配布された資料をみると、札響がこの曲を前回演奏したのは11年前の2003年6月。
これは札幌アカデミー合唱団による創立20周年記念コンサートで、指揮は井上道義さん。
演奏後のステージで井上さんが合唱団を指導する永井征男さんに
「記念だというのに、どうしてレクイエムなの」と聴いて会場に一瞬笑いが起こったのが
記憶にあります。ホント、井上さんはお茶目だな。
癌治療中の井上さんですが、快癒され、指揮台復帰を祈りたいです。
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by capricciosam | 2014-06-28 23:36 | 音楽 | Comments(0)

札幌交響楽団第569回定期演奏会@Kitara2014

演奏されたのは以下の曲。

1 伊福部昭 日本狂詩曲(1935)
2 伊福部昭 ヴァイオリン協奏曲第2番(1978)
3 伊福部昭 土俗的三連画(1937)
4 伊福部昭 シンフォニア・タプカーラ(1954/1979)

札響の2014-2015定期演奏会が発表された時、一番注目したのが今回の5月定期。
日本人作曲家の作品は定期演奏会ではなかなか登場してこない。
まして、一人の日本人作曲家の曲だけで札響が定期演奏会を行なうのは、
近年では2006年2月のオール武満徹プロ以来ではないのか。
あの定期で「波の盆」に出会い、武満徹に抱いてたイメージが劇的に変わった
個人的には忘れられない意義ある演奏会だった。
あの時は武満徹没後10年であったが、今回は伊福部昭生誕100年。
どちらも節目という訳だが、今回は特に誕生日に開催というのが、なんとも憎い。
配布された資料を見ると、札響で演奏された回数は2が初演で、残りも5回以下だから
ライブとしても貴重な演奏会だったということがわかる。
と言うわけで企画自体にマルをあげたい気分。

「民族主義的な作風で名高く、シンプルなモティーフの執拗な反復、
民族主義的な旋法の重用、(略)西欧的な響きから逃れ、リズムや
オスティナートを重視するなど、独特の音楽技法が特徴と言えるだろう。」
(以上、会場で配布された資料の青澤唯夫氏の曲目解説より引用)

ここに示された特徴は演奏された4曲に共通しているところだが、
土俗的とも評される腹の底から湧き出てくるような力強さと一種の陶酔感は
まるで踊り出したくなるような不思議な力を有する。
中でも4は気宇壮大感と懐かしさが感じられて聴き応え十分だった。

また、異色だなと思ったのが2のヴァイオリン協奏曲。
単一楽章で延々とヴァイオリンとオーケストラで思索的な対話を重ねるがごとき
趣きがある。それだけ独奏者の力量が求められる作品なのだろうが、
独奏を務められた加藤知子さんの演奏は聴き応えがあった。

また、3は総勢14名でホルンだけが唯一2名であとのパートは各1名。
厚岸で作曲されたらしいが、「ティンベ」とか「パッカイ」とアイヌ語に由来するような
楽章タイトルがついており、不思議な雰囲気の曲だった。
しかし、途切れるような終わりには会場も少々戸惑ったようで、数拍遅れで拍手が起きた。

1では総勢9名の打楽器陣が大健闘。一糸乱れぬアンサンブルはさすがだった。
木をくりぬいた珍しい打楽器「ラリ」にも注目していたが、
ちょうど和太鼓の鉢で胴を叩いたような乾いた音がでていた。
そう言えば、3ではティパンニを手で叩いたり、胴を持ち手の部分で叩いていたし、
チェロの胴を手で叩いたりと、視覚的にも楽しいのがライブの良さ。

札響の見事な演奏もさることながら、きちんと統率された高関さんの腕前はさすが。
会場で配布された資料に尾高監督の連載インタビューが掲載されていて、
「札響の音楽に多くのものをもたらしてくれました」
と高関さんのことを高く評されていますが、これからも定期演奏会への登場を期待したい。
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<追記>
Pブロックに空席が目立ち客の入りとしては7~8割か。
市内での運動会の影響か、それとも新料金の影響か、それとも‥‥
何れにせよ熱演だっただけにもったいなかった。
録音されていたのでFMで放送されるのでしょうか。
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by capricciosam | 2014-05-31 23:27 | 音楽 | Comments(0)

安永徹&市野あゆみ室内楽シリーズ第4回@Kitara2014

演奏されたのは以下の曲。

1 ブラームス ピアノ三重奏曲第1番ロ長調(1891年改訂版)
2 ミヨー 「世界の創造」ピアノ五重奏版
3 ワインガルトナー ピアノ六重奏曲ホ短調

「ブラームスは聴いたことあるけれど、ピアノ三重奏曲は?」
「ミヨー、WHO?」
「ワインガルトナー、WHO?」

初めて聴く曲だらけで、まるでチャレンジャーの気分で足を運びました。
この辺りは安永さんも十分ご承知のようで、全プログラムを終えてから
安永さんも挨拶される中で、「誰それ?聴いたことないよ」と表現されていました。
ですが、すごい数の曲が作られてきたにもかかわらず、実際に演奏されているのは
ごくわずかということも身振りも交えて表現され、これからも機会を捉えて
こうした「埋もれた曲」を紹介していきたいということでした。
全4回のうち聴いたことがあるのは第3回のみで、あの時もブルックナー、
フランセと珍しい曲がありましたが、そういう企画意図があったということなんですね。

聴いててスンナリ楽しめたのは2のミヨー。
配布された資料によれば、ジャズを取り入れたバレエ音楽で、
「アフリカ版春の祭典」とも言える作品らしい。
「前奏曲」「フーガ」「ロマンス」「スケルッツオ」「フィナーレ」の全5楽章から構成される。
ジャズ色が明らかになる「フーガ」などは実に小粋に聴かせる。
管楽器や打楽器がない分、「パリ風のおしゃれで上品」(配布資料より引用)な感じがある。
ただ、「春の祭典」から連想するようなエネルギッシュさがあるという訳ではない。

3の配布資料の解説は市野あゆみさんが書かれたCDのブックレットから引用されていた。
以下、「 」内は配付資料からの引用です。ワインガルトナーは「マーラーの後任として
ウィーン宮廷歌劇場の指揮者」を務めつつ、作曲もし、多くの作品を残したらしいが、
3は「現在では楽譜を入手することは不可能に近く、最近は殆ど演奏されていない。」
とのことだ。まさしく埋もれた曲と言えるのかもしれない。
「この曲を通して感じられる燃えるような切迫感、人生への哀感、永遠に続く大河を
思わせるような雰囲気、諧謔的なもの」が感じられるとのことだが、弦楽器のピチカートに
ピアノが印象的な主題を奏でる第2楽章などは、なるほど諧謔的雰囲気が感じられた。

1は全4楽章からなるが、エネルギッシュな面と穏やかな面が次々に現れ、
総じて聴いてる方も体力が必要な感じだった。

札響メンバー4名のうちクワルテットメンバーが3名だからなのか、
市野さんの雄弁なピアノと安永さんのリードに、うまいアンサンブルを形成していたように思う。
これからも札響は安永さんとの共演の機会をぜひ設けていただきたいと思う。
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<追記>
アンコールを忘れていました。安永さんと市野さんで

シューマン 夕べの歌Op.85 No.12

ピアノ連弾の曲らしいのですが、ヴァイオリンが上のパートを弾く
なんともやさしい雰囲気の曲でクールダウンさせていただきました。
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by capricciosam | 2014-05-05 20:27 | 音楽 | Comments(0)