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札幌交響楽団第571回定期演奏会@Kitara2014

演奏された曲は以下のとおり。

1 ジョン・ウィリアムズ 組曲「スター・ウォーズ」
2 早坂文雄 交響的組曲「ユーカラ」

下野さんが前回登場したのは2年前の第547回定期演奏会
その時はプレトークでプログラムをどう作っていくか、という興味深い話を披露して
くれた。ソリストとソリストの演奏する曲が先に決まっているという話でしたが、
今回はソリストなし。と、なれば下野さんのアイデアで構成されたということなのか。
そしてキーワードは「映画音楽」と「組曲」か。
それに、北海道ゆかりの作曲家の「生誕100年記念」がサブテーマとなるのかな。

今シーズンのプログラムを眺めて、8月定期が5月定期ほど興味が湧かなかったのは
同じ日本人作曲家でも伊福部昭に比べ、早坂文雄の作品はなじみが薄いためだった。
それ故、今回は逡巡したが、前回も結果的には良かった下野さん指揮だけに
足を運んだ。同じように悩まれた方もいたようで、空席が目立ち、入りとしては
6~7割か。ただ、こういう試みはプロオーケストラとしてはぜひ挑戦してもらいたいし、
その心意気を感じて自らの視野を広げる気持ちを持って、足を運んで札響を応援したい
ものだ。

また、今回の2曲について札響が過去どれくらい演奏しているか、という点が
両者の性格を端的に示している。1は133回。直近では今年3月。現団員で演奏していない
者はいない訳だ。一方、2は抜粋演奏のみ2回(それも約45年前に集中している)で全曲演奏
は札響初演。現団員で前回演奏した団員なんて皆無だろう。
つまり、演奏する上での勘も有り、無しにはっきり分かれる。
また、同じ組曲といっても、一方は聞けば映像が浮かぶ映画音楽そのものの組曲である
のに対し、片方は映画音楽ではない純音楽としての組曲なのだから、並列に扱うには
抵抗がある。そういう意味では、先に甘い薬を飲ませて、後で苦い薬を飲ませるような
「たくらみ」を感じた。

事実、2は標題から連想される土俗的イメージなど感じさせない、抽象的、観念的な音が
形式感もなく連なっていくという印象で、聴く側にも集中力とイメージを膨らませる努力
が必要。

「6つの曲から構成され、それぞれの曲にはアイヌの叙事詩にもとづく副題がつけられて
いるが、叙事詩を描写するのではなく、抽象化され透徹した精神世界を厳しく構築して
いる。自由な無調、変拍子のリズム、絵巻物風の構成が聴きものと言えるだろう。」
(会場で配布された資料より)

これを「おもしろい」ととるか、「退屈」ととるかは評価が分かれるところだと思う。
ただ、下野さんの迷いのない指揮で札響自体は熱演だったことは間違いない。
拍手に応えて、下野さんが楽譜を持ち上げ、さらには一歩下がって楽譜に向かって
拍手していたのが印象的だった。
録音はされているようだったが、こういう珍しい曲だけにライブ盤でリリースされたら
それなりの反応が全国であるのではないか。

1はCDとしてはメータ&ロサンジェルス・フィル盤が有名だが、メンバーも増やし、
さらに金管楽器が大活躍して遜色ないサウンドとなった。
実演でこれだけの演奏がきけたら満足というものだ。

しかし、下野さんの演奏会は企画が凝ってるね。変化球で翻弄された気分。
札響にはまた登場していただきたいが、たまに直球で聴いてみたい気分も。
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by capricciosam | 2014-08-30 20:37 | 音楽 | Comments(0)

札幌交響楽団第570回定期演奏会@Kitara2014

尾高音楽監督の札響ファイナルシーズンの最初の定期演奏会で演奏されたのは

ヴェルディ レクイエム

のみ。約80分。休憩、アンコールなし。

これまで尾高さんの指揮する声楽曲の中でレクイエムを聴いたのは2006年定期の
「ドイツ・レクイエム」
だけだが、あの時よりは余程感興豊かな余韻が残った。
共通しているのは劇的表現に意を尽くしているな、ということなのだが、
ブラームスの作品はむしろ生き残った者へのなぐさめに通じる静謐さこそが曲の心髄
と考えるため、その指向性には少々違和感を感じたものだった。
その点、ヴェルディの作品は宗教曲らしからぬ豪壮にして力量感に満ちた作品としての
性格ゆえか、劇的表現こそがふさわしい。
また、独唱、合唱もそれ相応の表現の力量が求められるのは言うまでもない。

その点、今回は有名な「怒りの日」の前の、冒頭の「Requiem&Kyrie」だけでも
独唱、合唱含めた演奏が満足すべきレベルにあることがわかり、安心して聴き通す
ことができた。指揮、オーケストラ、独唱、合唱が一体となった名演だったと思う。
オペラの人ヴェルディが作曲したことを意識すれば、もっと劇的表現に装飾をほどこす
ことは可能なのだろうが、尾高さんの指揮はあくまでも宗教曲として踏みとどまろう
とするかのようにバランスのとれたもので、至極真っ当な解釈だったのではないか。
もっとも、これは評価の分かれるところかもしれない。

それから、やはり特筆すべきは独唱と合唱の出来のすばらしさだ。
粒揃いとはまさにこのことか。記して敬意を表したい。

独唱 安藤赴美子・ソプラノ   加納悦子・メゾソプラノ
    吉田浩之・テノール    福島明也・バリトン

合唱 札響合唱団・札幌放送合唱団・ウィステリアアンサンブル・どさんこコラリアーズ

「ドイツ・レクイエム」の時同様、合唱団もステージ上に配置されていたが、
P席配置に比べ圧倒的に演奏との一体感が増す。これも功を奏したのではないか。
録音されていたので、後日放送されるのだろうか。
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<追記>
配布された資料をみると、札響がこの曲を前回演奏したのは11年前の2003年6月。
これは札幌アカデミー合唱団による創立20周年記念コンサートで、指揮は井上道義さん。
演奏後のステージで井上さんが合唱団を指導する永井征男さんに
「記念だというのに、どうしてレクイエムなの」と聴いて会場に一瞬笑いが起こったのが
記憶にあります。ホント、井上さんはお茶目だな。
癌治療中の井上さんですが、快癒され、指揮台復帰を祈りたいです。
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by capricciosam | 2014-06-28 23:36 | 音楽 | Comments(0)

札幌交響楽団第569回定期演奏会@Kitara2014

演奏されたのは以下の曲。

1 伊福部昭 日本狂詩曲(1935)
2 伊福部昭 ヴァイオリン協奏曲第2番(1978)
3 伊福部昭 土俗的三連画(1937)
4 伊福部昭 シンフォニア・タプカーラ(1954/1979)

札響の2014-2015定期演奏会が発表された時、一番注目したのが今回の5月定期。
日本人作曲家の作品は定期演奏会ではなかなか登場してこない。
まして、一人の日本人作曲家の曲だけで札響が定期演奏会を行なうのは、
近年では2006年2月のオール武満徹プロ以来ではないのか。
あの定期で「波の盆」に出会い、武満徹に抱いてたイメージが劇的に変わった
個人的には忘れられない意義ある演奏会だった。
あの時は武満徹没後10年であったが、今回は伊福部昭生誕100年。
どちらも節目という訳だが、今回は特に誕生日に開催というのが、なんとも憎い。
配布された資料を見ると、札響で演奏された回数は2が初演で、残りも5回以下だから
ライブとしても貴重な演奏会だったということがわかる。
と言うわけで企画自体にマルをあげたい気分。

「民族主義的な作風で名高く、シンプルなモティーフの執拗な反復、
民族主義的な旋法の重用、(略)西欧的な響きから逃れ、リズムや
オスティナートを重視するなど、独特の音楽技法が特徴と言えるだろう。」
(以上、会場で配布された資料の青澤唯夫氏の曲目解説より引用)

ここに示された特徴は演奏された4曲に共通しているところだが、
土俗的とも評される腹の底から湧き出てくるような力強さと一種の陶酔感は
まるで踊り出したくなるような不思議な力を有する。
中でも4は気宇壮大感と懐かしさが感じられて聴き応え十分だった。

また、異色だなと思ったのが2のヴァイオリン協奏曲。
単一楽章で延々とヴァイオリンとオーケストラで思索的な対話を重ねるがごとき
趣きがある。それだけ独奏者の力量が求められる作品なのだろうが、
独奏を務められた加藤知子さんの演奏は聴き応えがあった。

また、3は総勢14名でホルンだけが唯一2名であとのパートは各1名。
厚岸で作曲されたらしいが、「ティンベ」とか「パッカイ」とアイヌ語に由来するような
楽章タイトルがついており、不思議な雰囲気の曲だった。
しかし、途切れるような終わりには会場も少々戸惑ったようで、数拍遅れで拍手が起きた。

1では総勢9名の打楽器陣が大健闘。一糸乱れぬアンサンブルはさすがだった。
木をくりぬいた珍しい打楽器「ラリ」にも注目していたが、
ちょうど和太鼓の鉢で胴を叩いたような乾いた音がでていた。
そう言えば、3ではティパンニを手で叩いたり、胴を持ち手の部分で叩いていたし、
チェロの胴を手で叩いたりと、視覚的にも楽しいのがライブの良さ。

札響の見事な演奏もさることながら、きちんと統率された高関さんの腕前はさすが。
会場で配布された資料に尾高監督の連載インタビューが掲載されていて、
「札響の音楽に多くのものをもたらしてくれました」
と高関さんのことを高く評されていますが、これからも定期演奏会への登場を期待したい。
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<追記>
Pブロックに空席が目立ち客の入りとしては7~8割か。
市内での運動会の影響か、それとも新料金の影響か、それとも‥‥
何れにせよ熱演だっただけにもったいなかった。
録音されていたのでFMで放送されるのでしょうか。
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by capricciosam | 2014-05-31 23:27 | 音楽 | Comments(0)

安永徹&市野あゆみ室内楽シリーズ第4回@Kitara2014

演奏されたのは以下の曲。

1 ブラームス ピアノ三重奏曲第1番ロ長調(1891年改訂版)
2 ミヨー 「世界の創造」ピアノ五重奏版
3 ワインガルトナー ピアノ六重奏曲ホ短調

「ブラームスは聴いたことあるけれど、ピアノ三重奏曲は?」
「ミヨー、WHO?」
「ワインガルトナー、WHO?」

初めて聴く曲だらけで、まるでチャレンジャーの気分で足を運びました。
この辺りは安永さんも十分ご承知のようで、全プログラムを終えてから
安永さんも挨拶される中で、「誰それ?聴いたことないよ」と表現されていました。
ですが、すごい数の曲が作られてきたにもかかわらず、実際に演奏されているのは
ごくわずかということも身振りも交えて表現され、これからも機会を捉えて
こうした「埋もれた曲」を紹介していきたいということでした。
全4回のうち聴いたことがあるのは第3回のみで、あの時もブルックナー、
フランセと珍しい曲がありましたが、そういう企画意図があったということなんですね。

聴いててスンナリ楽しめたのは2のミヨー。
配布された資料によれば、ジャズを取り入れたバレエ音楽で、
「アフリカ版春の祭典」とも言える作品らしい。
「前奏曲」「フーガ」「ロマンス」「スケルッツオ」「フィナーレ」の全5楽章から構成される。
ジャズ色が明らかになる「フーガ」などは実に小粋に聴かせる。
管楽器や打楽器がない分、「パリ風のおしゃれで上品」(配布資料より引用)な感じがある。
ただ、「春の祭典」から連想するようなエネルギッシュさがあるという訳ではない。

3の配布資料の解説は市野あゆみさんが書かれたCDのブックレットから引用されていた。
以下、「 」内は配付資料からの引用です。ワインガルトナーは「マーラーの後任として
ウィーン宮廷歌劇場の指揮者」を務めつつ、作曲もし、多くの作品を残したらしいが、
3は「現在では楽譜を入手することは不可能に近く、最近は殆ど演奏されていない。」
とのことだ。まさしく埋もれた曲と言えるのかもしれない。
「この曲を通して感じられる燃えるような切迫感、人生への哀感、永遠に続く大河を
思わせるような雰囲気、諧謔的なもの」が感じられるとのことだが、弦楽器のピチカートに
ピアノが印象的な主題を奏でる第2楽章などは、なるほど諧謔的雰囲気が感じられた。

1は全4楽章からなるが、エネルギッシュな面と穏やかな面が次々に現れ、
総じて聴いてる方も体力が必要な感じだった。

札響メンバー4名のうちクワルテットメンバーが3名だからなのか、
市野さんの雄弁なピアノと安永さんのリードに、うまいアンサンブルを形成していたように思う。
これからも札響は安永さんとの共演の機会をぜひ設けていただきたいと思う。
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<追記>
アンコールを忘れていました。安永さんと市野さんで

シューマン 夕べの歌Op.85 No.12

ピアノ連弾の曲らしいのですが、ヴァイオリンが上のパートを弾く
なんともやさしい雰囲気の曲でクールダウンさせていただきました。
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by capricciosam | 2014-05-05 20:27 | 音楽 | Comments(0)

D・ジンマン指揮チューリッヒ・トーンハレ管@Kitara2014

演奏されたのは以下の曲。

1 R・シュトラウス 交響詩「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」
2 モーツァルト ヴァイオリン協奏曲第5番イ長調
3 ブラームス 交響曲第4番ホ短調

ソリストアンコール
1 イザイ 無伴奏ヴァイオリンソナタ第5番より第1楽章

アンコール
1 ブラームス ハンガリー舞曲第1番
2 スイス民謡 「エヴィヴァエソチ」

ジンマンがチューリッヒ・トーンハレ管弦楽団の首席指揮者に就任したのが1995年。
それから4年後の1999年に、当時開館して何年も経っていないKitaraに来演した。
ちょうど、ARTE NOVAでリリースしたベートーヴェン交響曲全集が話題になっており、
Kitaraでもベートーヴェン交響曲第7番が演奏された。

新版による演奏では古楽風演奏が話題になっており、期待して出かけたものの、
ステージを見て一部の楽器にそれらしいものが使われていることはわかったが、
素人の耳にはノンビブラート気味でリズムを強調しているな、程度で、
新鮮ではあるが、それほど奇を衒ったものではなかった。
その時、ある意味「中庸」とでも言ったところがジンマンの持ち味なのかな、
という印象が残った。

15年を経て、改めて聴いてみると、まずオケの楽器だが、全てモダン楽器のようだ。
もう、当時のこだわりからは前に進んでいる、ということなのだろう。
また、管楽器の各パートが上手い。当時よりも一層うまいような気がした。
また、ヴァイオリンがエキストラなのだろうが、もの凄く増強されている。
そんなオケを自在に操るジンマンだが、小生が一番楽しめたのはR・シュトラウスの1。
気分としては、相性の良さ的なものがある、という言葉が適当なのかもしれない。

ジンマンは決してオケのパワーを解放させない訳ではなく、
鳴らすべきは十分鳴らしているのだが、それでもしっとりとした、落ち着きを
与えてくれるという印象が残った。先ほどの「中庸」というイメージが蘇る。
これはプログラムも大いに預かっているのかもしれないが、ブラームス晩年の3も
このコンビとしての最後を愛おしむような味わいのある響きが大ホールに満ちた。

2では編成をぐっと小さくして、室内オケ程度に。
ギドン・クレーメルは以前スイス・ロマンド管弦楽団と来札した時に聴いたことがあるが、
激しく身体を動かして、目一杯表現しようという、外に向かってエネルギー放射する
ようなイメージが強くあった。しかし、依然身体全体で表現しようという気配は残る
ものの、当時とは比べものにならない位の穏やかさで、この名曲を丁寧に奏でていく。
先ほど「落ち着き」という表現を使ったが、2を聴いたことがより一層その趣きを
強めたかもしれない。でも、安心して耳を傾けられるだけの腕が衰えたという訳では
決してない。むしろ、逆に当時と比べものにならない位の「深み」を感じたのは
気のせいか。盛大な拍手に応えアンコールを一曲。
これも、ヴァイオリン一丁からいくつもの響きが飛びたす技巧が冴える一曲。凄い。

オケのアンコールは2曲。
1はよく聴く定番なのだが、おもしろかったのは2。
鳴りやまない拍手に応えて指揮台に上がったジンマンが、くるりと客席に振り向いて
なにやらスピーチ。聞取れたのは最後の「‥‥very very Swiss」という言葉だけ。
そして始まるスイス民謡。ホールに響くカウベルの乱打から始まる楽しい一曲で、
これは楽しめました。なるほどスイス気分を味わわせていただきました。
15年前もアンコールが3曲でしたが、ホント、サービス精神溢れる皆さんです。感謝。

客の入りは6~7割といったところか。空席が目立った。
15年前はほぼ満席だったのだから、なんとも寂しい限り。
以前のフィルハーモニア管の時も満席には程遠く、そのうち海外オケでも、
超有名オケ以外の有名オケの来札が途絶えるのではないか、と心配になってくる。
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【はみだし】
3日前に札響定期演奏会を指揮されたエリシュカさんご夫妻も客席で聴いて
いらっしゃいました。
チケットセンター方向から歩いて入場されるのを目撃したのですが、
途中見失い座席まではわからずで、前半は演奏に集中していました。
前半が終わり休憩に。休憩も終わりそうな頃、ホールを見渡していたら
客席のお二人を偶然に発見しました。
エリシュカさんは各楽章とも途中まで身体を前に乗り出されたり、
耳に手をあてたりして実に熱心にステージに集中されているご様子でした。
秋にはブラームスを取り上げられるので、よけい気合いが入ったのかもしれません。
終了後、帰ろうと館外に出たところで、戻られるご夫妻を発見してガラス越しに
写真を撮りましたが、撮っているのに奥様が気付かれ、にこやかに手を振って
いただきました。小生も撮り終えてスマイルしながら手を振って
お返しさせていただきました。
写真はtwitterをご覧ください。
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by capricciosam | 2014-04-15 23:13 | 音楽 | Comments(0)

札幌交響楽団第568回定期演奏会@Kitara2014

演奏されたのは以下の曲。

1 ベルリオーズ 序曲「ローマの謝肉祭」
2 ヴォジーシェク 交響曲ニ長調
3 チャイコフスキー 交響曲第6番ニ短調「悲愴」

エリシュカさんが首席客演指揮者就任以来定期で取り上げたドヴォルジャークの
後期交響曲を昨年4月に終えて、小生が内心期待したのは他のスラブ系(ロシア系)。
しかし、昨年秋のブラームスが望外の収穫で、内心「独墺系でもいいか」なんて
ぐらついていたら、恒例の4月定期に持ってきたのがチャイコフスキー。
しかも、「悲愴」だなんて、いきなり直球勝負の趣きですよ、これは。

さて、その「悲愴」だが、冒頭の低弦を中心とした陰鬱な序奏から始まり
不安と感傷の入り交じった劇的な展開を見せる第1楽章を聴き終えただけでも
「来た甲斐があった!」という十分な気持ちにさせてくれました。
この「満足」な気持ちは最終楽章まで持続された訳ですが、これは御歳83歳とは
到底思えない統率力のあるメリハリの効いたエリシュカさんの指揮の賜物だと思ます。
もちろん、力演で応えた札響のみなさんもブラボーなのはもちろんです。
ただし、やや粗さが感じられたのは、2日目の疲れのせいでしょうか。

エリシュカさん指揮の演奏会では毎度思うのですが、普段埋もれてしまう楽器パートでも
はっとするくらい明瞭に聞こえてくる不思議さがあります。もちろん、自己主張が強すぎて
飛び出しているという訳ではなく、節度を持ってきちんと聴こえてくる、とでも言うのでしょうか。
それでいて、オケの音としてのブレンドの良き按配よ。
恐らく奇を衒ったことをしている訳ではないのでしょうから、これこそ王道。
だからこそ、手垢にまみれたいわゆる「名曲」が新鮮に響くということなのでしょう。

「悲愴」の実演は一昨年のファビオ・ルイージ指揮PMFオーケストラの演奏以来でした。
あの時も熱演で好印象が残ったのですが、指揮者がかなりオケをドライブしているな、
という印象が強く残りました。
しかし、エリシュカさんと札響では、指揮者とオケの共同作業だな、という印象なんですね。。
これは良好な関係があったればこそ、と勝手に推察しています。
来年度取り上げるとしたら、後期交響曲の残り2曲からなのかな。
すでに都響と演奏した5番でしょうか、4番でしょうか。どちらにしても、楽しみです。

2は札響初演の由。
初めて聴いたのですが、第2楽章に代表される親しみやすいメロディや音楽の推進力が
全編を貫くため、気分的には楽しい楽曲だと思ました。
ただし、良い意味でのとんがった所がないために、印象が平板になりがちな点が惜しい。
1は冒頭の弦楽器の響きで今日の演奏会の成功を確信、なんて言ったらオーバーか。

Pブロックで空席が目立ちましたが、9割程度の入りでしょうか。
ライブ録音しているようでした。せきがやや目立ちましたが、
フライングブラボーもなく(最終楽章も数秒の沈黙がありました)、素敵な聴衆でした。
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<追記>
コントラバスは首席が仙台フィルに移られたので、今回の首席は日本フィル首席の方が客演。
また、事務局長も退職されたので、前ホルン奏者の市川さんが就任されていました。
まっ、人事異動なんて春らしい話題ですね。
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by capricciosam | 2014-04-12 20:27 | 音楽 | Comments(0)

PCルームなんて概念自体が旧いのか

今週に入ってから気温も上がり、最低気温もプラスになってきました。
そのせいか、家の周囲の雪山も日一日と低くなってきましたし、
道路の道ばたにあった残雪もぐんぐん少なくなってきました。
スタッドレスタイヤがもったいないと感じる位なので、
いよいよ冬ともお別れをする時が近づいたようです。
3月の最後の週は春に向かって一気に追い込むような感じです。

さて、こんな記事が目に止まりました。

「学生が個人のPCやタブレットで学内システムにアクセスし、いつでもどこでも
自分のペースで自由に学習できるようにする――そんな先進的なICT教育に
取り組む大学が現れつつある。中でも、国立総合大学としては異例の取り組み
でこれを推進しているのが九州大学だ。同大は2013年度新入生から、学生が
個人で所有しているノートPCの学内持ち込みを必須化。
2017年度にはこの制度を全学生1万9000人(大学院生含む)まで広げ、
学内のPCルームを全廃する計画だ。」
(以上、ITmedia エンタープライズ 3/24より引用)

「う~ん、凄いなぁ。とうとうここまで来たんだ。」

と言うのも、自分の学生時代はコピー機ぐらいはあったものの、手書きが当たり前で、
コンピュータなんてとても手の届かない代物でした。
電卓はまだ貴重で、コンピューターは学内に大型計算機が設置されていたものの、
プログラム言語を前提として利用するのが当たり前で、とても敷居が高かった。
普通の家電並に使うなんて感覚は到底想像できるものではなかったという訳です。

そんなオヤジ世代も社会に出れば、ワープロから始まって、いよいよコンピュータ利用に。
「情報処理室」なんてできてそこにデスクトップPCが鎮座している景色が
当たり前になりました。しかも、習うより慣れろで、使い方のイロハ含めてOJT。
とにかくPCは見よう見まねで体得してきたな、というのが正直な感想です。

また、記憶媒体はフロッピー。7インチ、5インチ、3.5インチとダウンサイズ化
していくとともに、マイコンからパソコンになってきました。
でも、自分で持つのはもっと後。
時代はWindowsになり、処理能力も飛躍的にアップしていくのですが、
仕事で先に一人一台のかけ声の下、ノートパソコンを与えられ、
ようやく数年後に自分でディスクトップを購入しました。
もっとも、購入の動機は仕事よりインターネットでしたけれどね。
ちょうど時代もISDNからADSLへと、ブロードバンド時代の幕開け期でした。

それが今じゃ、家にあるのが当たり前で、逆にないと不便を感じるんですからね。
ここ25年ぐらいの間に、随分劇的に変化したと思います。
25年前に現在を想像できたかと言うと、全然できなかっただろうと自信を持って言える
のは、何も小生の貧困な想像力だけではないとは思うのですが。

あと何年生きられるかわかりませんが、この分野はテンポアップして進んでいくことは
間違いないでしょう。老化していく頭では少々ツライものがあるのですが、
まったく分離して生活していく程の覚悟もありませんから、
ぼちぼち遅れないようにはついていきたいものです、ハイ。

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最後にPCとは関係ないのですが、先々週末の某店のクラシックチャートの写真を。
尾高忠明&札幌交響楽団のブルックナー交響曲第7番は堂々一位でした(^^)
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by capricciosam | 2014-03-25 23:20 | 時の移ろい | Comments(0)

来シーズンへのときめき

正式発表ではないのですが、札響定期、PMFの来シーズンの概要が見えてきました。

まず、札響定期です。
エリシュカさんは4月にチャイコフスキー6番、11月にブラームス2番を取り上げます。
ブラームスは今年10月定期の感想でも書いたように聴き応え十分で、
ぜひ交響曲チクルスとして完成させてもらいたいところです。
また、ドヴォルジャーク後はスラブ系を密かに期待していたので、
チャイコフスキーは願ってもないところ。
交響曲後半を順次取り上げていってくれるのでしょうか。

5月に高関さんが伊福部昭特集、そして8月には下野さんが早坂文雄と
日本人作曲家の作品が取り上げられます。意欲的かつ刺激的。

尾高監督は3回。3月には一連のシベリウスの仕上げ。
6月にはヴェルディのレクイエム、10月にはマーラー9番と大作を。
尾高さんはマーラー9番を2003年5月定期で取り上げていましたが、
最終音が鳴りやんだ後の長い静寂とこみ上げる感動は忘れがたいものでした。
まさしく一期一会の名演でした。
<追記11.16>
そう言えば、この時の演奏会にちょっとふれた記事を書いていました。こちらです。


9月の児玉宏さん、1月のユベール・スダーンさん。
一度は聴いてみたい人が並びます。
12月のクラウス・ペーター・フロールさんは2009年9月に
マレーシア・フィルと来日した折に聴いていました。当時の感想はこちらです。

こうしてみると全部聴きたくなるのですが、こんなのは初めてです。
来シーズンの札響定期には期待大です。

次にPMFですが、25周年のメモリアルイヤーなので、さてどんな企画が、と期待していました。
これまでのメモリアルイヤーから推して、首席指揮者にはこれまで携わった指揮者の再登場
だろうな、と思ったら意外や、意外。
これまでPMFとは縁がなかったロリン・マゼールがその任に当たるようです。
プログラムもベートーヴェン7番、シベリウス2番、ショスタコービチ5番と、
彼にとっては自家薬籠中のものばかり。

縁があると言えば、台湾のチェン・ウェン・ピンさんでしょうか。
ホール・オペラで「ナクソス島のアリアドネ」を指揮されますね。
2007年7月にはフィルハーモニア台湾を率いて演奏会をされています。
当時の感想はこちらです。

その他に、第九が演奏されたりで、祝祭的雰囲気が感じられます。
詳細発表は年明けなのでしょうが、楽しみです。

期待が大きかったり、楽しみだったりで、来年は札響定期とPMFに大注目です。
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画像のCDを聴きながら記事を書いていました。
マゼールのCDは何枚か所有しているのですが、
このブルックナーは中でもお気に入りの一枚です。
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by capricciosam | 2013-11-09 10:54 | 音楽 | Comments(0)

札響第563回定期演奏会@Kitara2013

演奏されたのは以下の曲。

1 ドヴォルジャーク チェロ協奏曲ロ短調
2 ブラームス 交響曲第3番ヘ長調

1のソリストは札響チェロ首席の石川祐支さん。
エリシュカさんが取り上げる一連のドヴォルジャーク作品の主なものとしては、
交響曲の前期分とピアノとヴァイオリンの協奏曲は残っているのですが、
恐らく1が最後なのかな、と。
そう考えると、ソリストの選定はある程度慎重を期すのかな、とも思うのですが、
御自分が客演するオケの首席を持ってくるというアイデアはなんとも素敵かつ挑戦的で、
それだけ石川さんが厚い信頼を勝ち得ている証なのでしょう。

この曲はソロが雄弁に語ることも可能だとは思いますが、石川さんは勢いにまかせる
ことなく、オケと丁寧に対話を重ねる方向で演奏されているんだな、と思われました。
しかも、エリシュカさんも、決してオケをあおることなく伴奏を務められている。
聴き終えてみると、雄大というよりは、親密という印象が残りました。
別に違和感があるということではなく、なにやら既視感に襲われていました。
牽強付会的な言い方とは思うのですが、以前ミクローシュ・ペレーニが札響と共演
した際に演奏していた方向性と似ていたように思いました。
あの時はソリストのアンコールで石川さんはじめチェロパートの皆さんが、
食い入るようにペレーニを見ていたのが印象深かったのですが、
今日も鳴りやまぬ拍手に応えアンコールを一曲。

J・S・バッハ 無伴奏チェロ組曲第6番サラバンド

絶品の一言につきます。もっと聴きたくなりました。

休憩後の2では、今後の定期演奏会で取り上げていくのだろうブラームスが
演奏されました。ドヴォルジャークを終えた後はスラブ系の作品を取り上げるのかな、
とも思っていたので、ブラームスとは意外でしたが、これが望外の収穫。
きちっと構成感を保ちながら、歌うべきところは歌わせるという点では、
エリシュカさんに最適な作品だったのかも知れません。
実に聴き応えがありました。
前半同様ステージにマイクが立ち、ライブ録音されているようでしたから、
ブラームスの交響曲チクルスの一環として演奏されるならきっと発売される
のでしょう。楽しみです。
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by capricciosam | 2013-10-12 21:01 | 音楽 | Comments(0)

札響名曲シリーズVol.3@Kitara2013

演奏されたのは以下の曲。

1 ベートーヴェン 交響曲第6番ヘ長調「田園」
2 ドヴォルジャーク スラブ舞曲集作品46

タイトルに「エリシュカの田園」とあるとおり、田園的情景を感じさせてくれる名曲で
構成。一般的に通俗的な名曲として知られているのはどちらかと言えば1>2なのだろう。
確かに、昨年の名曲シリーズで古典にも並々ならぬ腕を披瀝したエリシュカさんだけに、
1とて悪いはずはないと期待してでかけたものの、正直やや半信半疑であった。
でも、それは杞憂に終わった。
太い絵筆でしっかりと骨格を描くが、決して粗略ではなく、細部にも神経の行き届いた
滋味深い味わいが感じられ、札響も指揮によく反応していたと思う。
極上まではいかずとも、上の部類に入る演奏だったのではないか。

休憩を挟んだ2が実は本日のお目当て。
普通アンコールピースとして聴かれることが多いものの、作品46全8曲を
まとまって聴く機会はなかっただけに、ドヴォルジャークで名演を紡いできた
エリシュカさんの腕に期待大だった。

第1番から第8番まで順に演奏されたが、独特のリズムに加え、
一瞬のためを置いて炸裂するような演奏がエリシュカさんならでは。聴き応え十分。
ダイナミックに演奏される様に、やはりエリシュカさんの田園はこっちなんだな、
と一人納得。これが本場の解釈としたら、所有するCDのなんと平板なことか。
9割ほど入った会場からは万雷の拍手が送られ、アンコールが始まった。
ドヴォルジャーク 弦楽セレナーデより第一楽章。
好きな作品ながら、これはあきらめていただけに望外の喜び。
スラブ舞曲で興奮した身体をやさしく慰撫するがごとき、見事なクールダウン。
客電がつくまで拍手が続きました。
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by capricciosam | 2013-10-05 22:17 | 音楽 | Comments(0)