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久しぶりのレコ芸

しばらく記事の更新をさぼってしまいましたが、この間は寒波に見舞われ、
除雪を繰り返し日々くたくた。お陰で夜はぐっすりです。
でも、こんな時にこそ見られるものがあります。
しばれのきつい日の樹氷で、実にきれいなものです。
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16日には総選挙がありました。
投票率が低かったのは残念ですが、2009年に続いて民意の揺れが
獲得議席に極端に表われることで政権交代となりました。
改めて小選挙区制度の凄さだな、と実感したところです。
その分、政権を掌握する側になると、「失敗できない、失敗は即政権を奪われるということだ」
という緊張感が高じやすくなるのではないでしょうか。
政治の質が高まる可能性もあるのでは、と期待できる半面、
一方で有権者に迎合しやすいという日和見主義的側面も高まる可能性もあるようで、
有権者の側がよほどしっかりしないといけないな、と思われました。

さて、昨日は栗山監督の北海道での拠点がある栗山町で優勝記念パレードが行なわれました。

「栗山英樹監督(51)のパレードが22日、空知管内栗山町で行われた。
紙吹雪と小雪が舞う中、栗山監督は町内の野球少年団の小学生約60人が引っ張る
軽トラックに乗り、ファンの歓声に笑顔で応えた。町や栗山商工会議所などでつくる
実行委が主催。気温が氷点下1・9度と冷え込む中、栗山監督は午前11時すぎ、
自身が町内で使っている軽トラックの荷台に乗り、JR栗山駅前を出発した。
駅前通り約500メートルの沿道には6千人(主催者発表)の観衆が集まった。」
(以上、北海道新聞12/22付けより引用)

先月下旬の札幌でのパレードの挨拶で
「この時期(雪の降る時期)のパレードを北海道の風物詩にしたい」と言っていましたが、
地元ローカル局の中継を観ると、まさに、雪降る中での紙吹雪でしたね。
寒くて大変だったでしょうが、風物詩化して何度でも見たいものです。
パレードを終えた監督が、インタビューで「来年は選手全員を連れてきたい」と言ってたので、
「あちゃー、監督言っちゃったよ、大丈夫!?」と思ってしまったのですが、
すぐに先日道内のマチに選手を応援団として割り当てたことに方向を変えていましたから、
まっ、そっちのほうが実現性はあるのかな。
<追記>
「栗山監督優勝パレード終了後、ファンとの記念撮影会を行った。
「来てくれる全ての人に楽しんでもらいたい」と正午すぎから始まり、終了したのは午後5時15分。
約5時間かけて、2321組のファンと写真に納まり、感謝を示した。」
(以上、日刊スポーツ12/22より引用)
有言実行とは言うものの、凄い!


ところで、ホント久しぶりに「レコード芸術」誌を購入しました。
付録にサンプラーCDが付くようになって定価が急に跳ね上がって購読意欲が減退。
かなり長い間購入していなかったことになります。
今回の購入の動機は記事として札響が取り上げられていて、その上付録CDに
今春の定期演奏会で聴いたエリシュカ指揮によるドヴォルザークの
「スケルツォ・カプリチオーソ」がはいっていたためです。
尾高監督の「英雄」第4楽章とともにKitaraでのライブ録音ですが音も良くて、
おまけにエリシュカさんが腕を下ろしきらないうちに発生した「フライングブラボー」付きです。
改めて当時の一瞬ひやっとした記憶がよみがえりました。
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「新世界」「野鳩」はすでに発売となった写真のCDで入手してあったので、
これで一応その時の定期演奏会の録音は揃ったことになります。
演奏会の感想は既に記事にしたとおりですが、このCDが今月の新譜月評でも
評者2人とも推薦の「特選盤」になっていました。
ホント、あんなに感動した「新世界」はありませんでした。

ひととおり目を通して「あれっ?」と思ったのが、
第50回レコード・アカデミー賞の声楽曲部門の受賞CDです。
受賞したミシェル・コルボによるモーツァルトとフォーレの「レクイエム」は既に所有しています。
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でも、購入したのは今年じゃありません。7年前です。
「この時間差は一体なに?」
ところで、ミシェル・コルボとローザンヌ声楽&器楽アンサンブルは
2003年にKitaraで演奏会を開いており、小生も客席で耳を傾けていました。
謙虚で透明感のある響きには、心洗われる思いがしたものでした。
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その印象も薄れないうちに店頭で偶然同一コンビによるこのCDを見つけて
輸入盤で安かったこともあり、購入したという訳です。

と、ここまで書いて、
「この賞はレーベルは同じでも、国内盤として発売したのものだけが対象なのだな」
と認識を新たにしたところです。
きっと過去にもこういう時間のギャップのある例はあったのでしょうが、
こういう賞の定義そのものも見直しても良いような気がしました。
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by capricciosam | 2012-12-23 07:20 | 時の移ろい | Comments(2)

札響の第九@Kitara2012

振り返ってみると、「第九」は交響曲の中では一番実演に接しています。
と言うのは、第九を歌うアマチュア合唱団に参加していたためです。
しかし、聴く位置の違いなのでしょうか、合唱団の一員として聴く場合と
比べて、客席で聴くというのはやはり、感覚的には新鮮な体験です。
また、CDを除けば、日本人指揮者による日本のオケ(大半は札響)による
第九演奏が小生の中でのスタンダードとして染みついている、と言っても
過言ではありません。

それから、第九の有料演奏会は札響が経営破綻に直面していた2002年以来。
かつ、外国人指揮者としては、1988年のバイエルン国立管弦楽団を指揮した
サヴァリッシュ以来。(もっとも、あの時は厚生年金会館の座席の関係か、
音がすっかりデッドで、独唱と合唱が素晴らしかったぐらいの印象しか
残っていないのは、返す返すも残念。)と、第九については牽強付会的に
あれこれ書いてしまうのですが、今回は、先の名曲シリーズで古典にも
並々ならぬ力を示したエリシュカさんが第九を振る、ということなので、
期待して出かけた演奏会でした。

エリシュカさんの指揮は、第2楽章まではほぼ通常通りのテンポなのですが、
聞こえてくる音楽の柄の大きいこと。かつ普段埋もれてしまうような
内声的響きがところどころ明瞭に立ち上がってきます。
特に、第3楽章での第2ヴァイオリンのピチカートでの演奏は、これまで
こんなに明瞭に聞こえたことはありませんでした。
第4楽章はテンポをやや落として、じっくり歌い上げていく感じで、
独唱、合唱のバランスも良く、充実した響きだったと思います。
やはり、合唱団をステージ上に配置すると、演奏と一体化して聞こえてきます。
特に、合唱の響きは良かったですね。札響合唱団だけではないようですが、
こんな充実した合唱は久しぶりでした。刺激されます。
発声がつらくなって第九合唱もおやすみ中ですが、また歌いたくなってきました。

終わってみれば、これまで体験した演奏とはひと味違うな、という印象です。
とまどいに近いかもしれません。善し悪しというよりも、手垢を落としてみると
案外こういうものだよ、とでも言うのでしょうか。

2日目。管楽器でしまらない響きが散発したのは惜しい。
空席はあまり目立たず、9割程度の入りか。
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by capricciosam | 2012-12-09 23:34 | 音楽 | Comments(0)

札響名曲シリーズVol.4@Kitara2012

演奏された曲は以下のとおり。

1 ベートーヴェン バレエ「プロメテウスの創造物序曲
2 ハイドン 交響曲第88番ト長調「V字」
3 モーツァルト 交響曲第41番ハ長調「ジュピター」
アンコール モーツァルト 歌劇「フィガロの結婚」序曲

これまで登場した定期演奏会や名曲コンサートでは、お国もののレパートリーを中心に
披露してくれたのですが、今回は古典派。直球勝負です。
聴き終えて感じるのは、エリシュカさんの年齢を感じさせない活き活き感というのでしょうか、
躍動感が演奏に宿り、音楽が明瞭に思われたことです。
これは、一音たりとも曖昧には置くものか、という気概の表れなのかもしれません。
なんの外連もない、実にまっとうな音楽を聴かせていただいた、という気分です。
札響からこれだけの充実した響きを引き出す手腕は大したものです。
ただし、まっとう過ぎてつまらない、ととられる恐れもない訳ではないなぁ、とも考えられますが、
8割程度の入りの会場からは盛大な拍手が送られましたから、
多くは小生同様満足したのでしょう。
古典にも並々ならぬ実力をお持ちのエリシュカさんですが、来月は第九に登場予定です。
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by capricciosam | 2012-11-25 22:40 | 音楽 | Comments(0)

札幌交響楽団第553回定期演奏会@Kitara2012

演奏されたのは次の2曲。

1 ベルリオーズ ヴィオラ独奏付き交響曲「イタリアのハロルド」
2 R・シュトラウス 交響的幻想曲「イタリアより」

会場で配布された資料によると、過去の札響の演奏会でも両曲が取り上げられたのは
2回だけ。しかも、1は2回目が稚内だし、2は第4楽章のみということだから、札幌では
実質的に各1回と言えよう。しかも、定期会場が厚生年金会館当時の20年以上前。
定期会員でも耳にしたことがない方も多かったのではなかろうか。
その上、両曲ともCDでもあまり耳にする機会がないだろう(2は小生も初耳)から、
今回は極めて貴重な機会となった。

この凝ったプログラミングの2曲に共通するのは「イタリア」と「作品番号16」、
それに「4楽章構成」なので交響曲的性格を有することか。
しかし、1はハロルドという主人公がイタリアの山岳地帯を放浪したあげく
山賊の狂乱の中で死ぬというストーリー性を有するのに対して、
2は作曲者自身のイタリア旅行での印象のスケッチを元にしたというだけに
発想自体は根本的に異なるようだ。

1は「ヴィオラ独奏付き」とあるようにヴィオラが独奏楽器として登場するものの
協奏曲のように終始活躍する訳ではない。
むしろ、主人公ハロルドの物思いにふける様子を表現するために
低い響きを有するヴィオラが独奏するといった風情で、全曲でもところどころ
独奏して現れるものの、第4楽章ではほとんどオケの演奏の中で埋没してしまう。
まさしく、「山賊の狂乱の中で死ぬ」訳だから、なるほど「独奏付き」でぴったりかな。
独奏は札響首席奏者の廣狩さん。渋い響きで弾き切っていた。

2は各楽章にそれぞれ標題を有し、順に「カンパーニャにて」「ローマの廃墟にて」
「ソレントの海岸にて」「ナポリ人の生活」とある。
作曲者自身がイタリアで南欧の明るく、自由な空気を満喫したかのような雰囲気に
満ちている曲調だが、びっくりしたのは第4楽章の「ナポリ人の生活」。
作曲当時大流行していたらしい「フニクラ・フニクラ」のメロディが冒頭から現れる。
現代では古典の作品にも、当時の時代の空気を取り込んで作られていたことがわかる。

札響もまとまりの良い演奏で近年の好調ぶりを示し楽しめたが、
やや慎重な雰囲気も時々感じられた。そのままだと、演奏する楽しさも伝わりきらない
恐れもあったのだろうが、それを打ち破ったのはグイグイ引っ張る指揮者の功績と言えよう。
広上淳一さんの定期は第498回以来だが、今回も「広上ワールド」を堪能させて
いただきました。
次年度定期には残念ながら登場予定はないようですが、来演していただきたい
指揮者のお一人です。
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by capricciosam | 2012-10-12 23:58 | 音楽 | Comments(0)

ファビオ・ルイジ&札響@PMF2012

演奏されたのは次の3曲。

1 ウェーバー オベロン序曲
2 モーツァルト フルート協奏曲第1番
3 ブラームス 交響曲第4番

PMF開催中はホストシティ・オーケストラとして札響も参加しているが、
かつてPMF生との混成オケで聴いたことはあるものの、単独では初。
と言うのは、PMF芸術監督が札響を指揮するのは1994年に当時芸術監督だった
クリストフ・エッシェンバッハ以来とのこと。
また、ファビオ・ルイジの芸術監督としての任期が今年限りとなると、まさしく一期一会。
7月には札響の定期演奏会がないだけに、定期演奏会に匹敵する位置づけ
ともとれなくはない。

さて、1曲目。聴き終えて頭に浮かんだのは「丁寧」という単語。
札響の演奏には慎重さが感じられ、その分丁寧な響きであったと思う。
演奏終了後、ホルンとクラリネットの両首席を立ち上がらせていたが、納得。

2曲目はソロはウィーン・フィルの首席フルート奏者カール・ハインツ・シュッツ。
ところで、今年のファカルティのメンバーを見て驚いたのは、開催期間前半を支える
ヨーロッパからの指導陣にウィーン・フィル在籍者はこの人のみ、という少なさだった。
昨年よりもさらに減って、たった一人だけ。
しかも、芸術顧問を務めていたペーター・シュミードルさんの名前もありません。
かつて、コンマスや各パートの首席奏者が複数加わっていたことを覚えてるだけに、
なんとも感慨深く、長年PMFを支えてきたウィーン・フィルとの関係も終わったのか、
あるいは終わりを迎えつつあるということなのでしょうか。

さて、演奏ですが、ソロは無理なく楽々と吹き上げている感じで、
カデンツァも含め技巧を駆使されているのでしょうが、実に軽やかで、爽やか。
決してブリリアントな響という感じではないですが、
聴いていて心地よい響きには魅了されました。
札響も編成を小さくして室内楽的響きにしていましたが、よく盛り立てていました。

休憩後の3曲目は札響の力を発揮してもらいたいところですが、
第1楽章、第2楽章では1曲目、2曲目で示されたアンサンブルの良さが後退し、
時々音のざらつきが感じられる部分もあり、あまり楽しめず。
しかし、第3楽章、第4楽章ではうまく修正できたようで熱演になりました。

会場からはブラボーが飛び交っていましたが、盛大な拍手に応える
ルイジさんは四方に丁寧におじぎを繰り返していました。
ほんと誠実とか、きまじめという言葉がふさわしい感じの方なのですが、
これは音作りにも現れているようでした。
普段の札響から聴かれるもう少しはみ出し気味の響きは一切なく、
きっちり刈り込まれている感じで、きれいに整ってはいますが、
ダイナミックスさには物足りなさも感じるというものでした。

にしても、空席が目立ちました。
5~6割というところでしょうか。
一期一会的機会だっただけに、もったいない気分が残りました。
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by capricciosam | 2012-07-12 23:33 | 音楽 | Comments(0)

札幌交響楽団第548回定期演奏会@Kitara2012

まず、当日の演奏曲です。
1 ドヴォルジャーク スケルツォ・カプリチオーソ
2 ドヴォルジャーク 交響詩「野鳩」
3 ドヴォルジャーク 交響曲第9番「新世界より」

エリシュカさんが札響定期に登場してから、多くの人が鶴首して待っていたのが、
本定期の「新世界より」であることは間違いないでしょう。
やはり、これまでの定期で取り上げた他のドヴォルジャークの曲で示した力量からも
チェコ・ドヴォルジャーク協会会長としての実力が証明されてきたのですから
期待しても当然というものです。
その辺は、エリシュカさんも、よ~くご承知のようで、配布されたプログラムに

「札幌交響楽団の皆様と再会し、リハーサルを開始することを心待ちにしておりました。
そしてその時がまいりました。きっと素晴らしい再開となるでしょう。
なんといっても今回のプログラムは皆様お待ちかねの「新世界交響曲」ですから!」

と、言葉を寄せられていました。

さて、その「新世界より」ですが、聴き終えてみると、これまでに聴いた実演や
所有CDのどれにも似ていない、独自の解釈に貫かれていたように感じました。
その最大の要因は全楽章を通じた遅めのテンポです。
特に、第2楽章は大体12分程度だろうと思うのですが、約15分という遅さ。
しかし、停滞したとか、弛緩したというのとは無縁で、実に丁寧にかつしみじみとした
深い情緒に満たされていて、largo(ゆったりとした)とは、こういうのを指すんだな、
と改めて合点したような気分です。

これは、「新世界より」だけではなく、1曲目、2曲目から兆しはありました。
予習したCDの時間より、明らかに各々数分時間がかかっていますが、
これは3曲目同様の遅めのテンポの影響なのでしょう。
これは、老いて深まった故の解釈なのか、一般的な80歳代の老人の感じる時間の流れ
なのか、あるいは両方なのか、それとも本来こういう譜読みをすべきなのか、は不明ですが、
結果的には名演であることは間違いありません。
「新世界」の最終楽章を終え、数秒の沈黙とともにエリシュカさんが腕を下ろすと、
途端に会場のあちこちから多くのブラボーと鳴りやまぬ拍手が。
深い感動とともに、名演の誕生に出会えた、という気分がまだ続いています。
いずれ発売されるCDで、この感動を再現してくれることを祈るばかりです。

また、かっちとしたアンサンブルで札響のどのパートもよく応えていたと思います。
特に、第1楽章と第4楽章の弦楽器には一体となった凄味と言っても過言でない、
迫力がありました。
また、1曲目の首席のソロはじめ、トランペットの響きには魅了されました。
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<蛇足>
昼公演。空席も目立たずどのブロックもよく入っていました。
今回もライブ録音されていることが演奏開始前にアナウンスされていましたが、
あろうことか1曲目にフライングブラボーが飛び出したのには愕然としました。
幸い2曲目と肝心の3曲目には飛び出さなかったため、余韻を楽しむことができましたが、
あれは一体なんだったんでしょう。
<蛇足2>
エキストラの中に、なんとベルリン・ドイツ響のコントラバス奏者の
高橋徹さんがいたのにはびっくり。思わず目をこすりました(笑)
昨年11月の佐渡さんとDSOの熱演を思い出しました。
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by capricciosam | 2012-04-28 19:24 | 音楽 | Comments(0)

札幌交響楽団第547回定期演奏会@Kitara2012

プレトークでは下野竜也さんが登場し、「演奏会の構成」という
素人には聞けそうで聞けない興味深い話をしてくれました。

定期演奏会の場合、先にソリストとソリストが演奏する曲が決まっていることが
ほとんどらしいのですが、今回はブラームスのヴァイオリン協奏曲を編曲した
ピアノ協奏曲ということがわかり、じゃぁテーマは「編曲」にしようとなったそうです。
次に考えるのが「調性」。同じ調性の曲ばかりでは印象がぼけてしまうそうです。
と、ここでピアノで音を出しながら、「初めの曲が変ホ長調なので、次は‥」
と音を拾って、繋げながら解説してくれました。
で、ご本人曰く「変化球」だらけの演奏会となったそうです。
演奏曲目は順に

1 ブラームス ピアノ協奏曲第3番(ラツィック編)
2 ブルックナー アダージョ(弦楽五重奏曲より、スクロヴァチェフスキ編)
3 ヒンデミット 交響曲「画家マティス」

なるほど、ちょっとなじみのない、というか薄いというような曲だらけ。

1はソリストのデヤン・ラツィック自身の編曲なのだが、下野さん曰く、
オーケストラ部分は一音たりとも手を加えていないそうで、あくまでも
ソリスト部分をピアノに置き換えたとのことなのですが、印象としては努力賞かな。
確かに、第二楽章は原曲かと間違うほどピアノでも違和感なく聴けたが、
やはり、第一楽章のソロの入りとか、アタッカで入る第三楽章の入り等の
ソロの印象的な部分の「凄味」が感じられない。
これは楽器の違いのなせる技で、ソリストの技量ではないのだろうが、
総体的には、単にピアノで置き換えただけのような感じで平凡で退屈な印象に終わった。

2は「アダージョ」とは言っても、目線を下げたうつむき気味な、沈潜していく印象はなく、
ブルックナーらしく天上への目線を感じさせる、絶え間ない音のうねりが印象的。
原曲が未聴なので、原曲本来の持ち味なのか、編曲の妙なのかはわからないが、
演奏された3曲の中では一番短かったものの、とても印象的だった。
一階席からでかい声でブラボーが飛んでいた気持ちも分からぬ訳ではないが、
ちょっとフライング気味なのは如何なものか。
下野さんも手を降ろしきってはいなかったし、むしろ沈黙を味わいたかっただけに残念。

3は今回演奏された中では定番なのだろうが、それでも頻繁に耳にする曲ではない。
3楽章に構成されていて、総体的にはザラっとした、硬質な印象が感じられるのは、
この曲が誕生した背景(ナチスの台頭と苦悩する作者)があるからなのだろう。
下野さんの的確なリードで、札響は見事に曲を再現していたと思う。
ただ、もう少し踏み込んだ、というか共感のようなものがあればなお良し、と感じた。

昼公演。変化球が影響したのか、各ブロックに空席が先月より目立った。6~7割か。
でも、先月の高関さん同様、今後も下野さんには来演してもらいたいものだ。
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by capricciosam | 2012-03-03 23:10 | 音楽 | Comments(0)

札幌交響楽団第546回定期演奏会@Kitara2012

今年3月末で札響正指揮者を退任される高関さんにとっては最後の定期演奏会。
その上、メシアンのトゥーランガリラ交響曲は高関さんも札響も初めてとのこと。
なんとも意義深い演奏会になりそうだなと思い、出かけてみました。

道内初演は4年前に準・メルクル指揮のPMFオーケストラがやっているので、
道内での演奏としては2番目となります。
これまで、道内ではたった2回しか演奏されていないということが示すように、
おおがかりで、二人のソリスト(ピアノ、オンド・マルトノ)はじめオケにも
相当の力量を求められる訳ですから、今回も貴重な機会だった訳です。
ソリストの原田さんはPMFでも聴いていましたが、児玉さんは初。
PMFで弾いたエマールさんに比べると、より表現の振幅が大きいと感じましたが、
見事オケに伍して活躍されていたのは見事でした。

今回プレトークには高関さんが登場。
4つの主題が全曲を通して繰り返し現れることをオルガンを弾いて聴かせてくれた。
聴くと、「あ~、アレだ」と気づいたものの、実際に曲が始まってみると、
最初の主題は第一楽章冒頭近くのトロンボーンが力強く演奏するので
わかりやすいのだが、残る3つは、高関さんがおっしゃるように「わかりにくい」。
(これは楽譜ではわかりやすいのでしょうね、きっと)

曲が始まってすぐに、初物だけに大丈夫的な不安はたちまち消え、
安堵して聴いている自分に気がついた。
響きが重層的に炸裂しては消えていく繰り返しの中で、
一瞬で崩壊する危険を孕んでいるのだろうが、
ライブ故の傷はなかった訳ではないものの、小傷。
80分に渡って見事な音の曼荼羅を繰り広げた高関&札響の初挑戦は
見事成功と言っても過言ではない。拍手。

4年前のPMFオーケストラ演奏会に比べると、音の厚みはやや薄いと感じられたが、
その分音がきちんと整理されているようで、一層洗練されていたように感じた。
高関さんの形づくるサウンドらしく、実に好ましい。
札響の近年の実力向上の一端は、間違いなく高関さんの功績と思うだけに
これからの関係が気になります。

「1ヶ月の半分を北海道で過ごすような密な時間を過ごしてきた札響から離れる分、
今後は東京や国内の様々な場面で活動の場を拡げていくこととなります。(略)
正指揮者として9年間、専属指揮者時代などそのずっと前から、
お客さまとも楽員とも様々なコミュニケーションを重ねてきたのです。
これからも札響とのご縁を大切にしていきたいと思っています。」
(以上、会場で配布された資料より引用)

2012/2013シーズンのパンフを見ると、5月定期と2月名曲に登場となっています。
確かに、回数は減るものの、引き続き札響との関係を保っているので一安心。
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<追記>
11日昼公演。
各ブロックに空席はあったものの、8割程度の入りでしょうか。
まぁ、この曲にしては健闘じゃないのかな。
でも、これはCDなんかより実演で聴いた方が圧倒的に楽しめるんだけどなぁ‥
とは言っても、小生も長らく食わず嫌いだったからなぁ‥
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by capricciosam | 2012-02-11 22:58 | 音楽 | Comments(0)

札響えべつニューイヤーコンサート@江別市民会館2012

今年の演奏会聴き始めは江別市で。
大雪が続いているので、こちらも雪に埋もれているのかなと思ったのですが、
案外少なくてホッとしました。
まずは演奏曲目から。

1 ラフマニノフ ピアノ協奏曲第2番
2 ベートーヴェン 交響曲第6番「田園」
アンコール 
1 J・シュトラウスⅡ世 ポルカ「雷鳴と雷光」
2 J・シュトラウスⅠ世 ラデツキー行進曲

1月の「ニューイヤーコンサート」といったらウインナ・ワルツ中心の演奏会が
多いのですが、新年の華やぎは気分的にはウィーン・フィルの放送で十分なので、
こういう直球勝負の企画をしたことに敬意を表して迷わずチョイスしました。
それに、金聖響さんが札響を指揮されるのも久しぶりですからね。

1曲目のラフマニノフですが、ソリストの水谷桃子さんは弱冠20歳です。
でも、プロフィールを拝見すると、すでに在京、在阪オケと数々の共演をされており、
相当の腕達者でいらっしゃるようです。
実際、第一楽章から若さあふれる力強いタッチと十分なニュアンスをもって
堂々たる演奏を展開されていらっしゃいました。
途中、線が細くなる感じも受けたのですが、これからどのような成長をされて、
どのような変貌を遂げられるのか、楽しみです。

次にベートーヴェンですが、指揮の金聖響さんはOE金沢とベートーヴェン全集を作られ、
札響は昨年9月定期から12月までにベートーヴェンの交響曲を集中的に演奏している
ことから、まず演奏そのものへの期待は高かったのですが、
終わってみれば期待どおりの無難な演奏だった。
欲を言えば、もう少し感興があれば、なお良しというところでした。
しかし、ラフマニノフも同様ですが、会場のせいなのか、対向配置のせいなのか、
判然としないのですが、オケの響きのブレンドぶりがいまいちで、
各楽器が生でぶつかりあうかのような感じがつきまとったのは少々気になりました。

アンコールの一曲目に「雷鳴と雷光」が演奏された時は、
「おっ、ラデツキーなしで終わるのか!?」
と、半ば快哉、半ば残念という複雑な心境だったのですが、
やはり、最後はちゃんとありましたね。
年末の第九同様、年始のラデツキー、といった感じですかね。
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<追記>
そういえば、首席オーボエの席には若くて、体格の良い方が座っていたけれど、
ひょっとして首席交代なのかな。
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by capricciosam | 2012-01-15 23:18 | 音楽 | Comments(0)

NYPの演奏を止めた着信音

しばれる日が続きます。
日中も最高気温がマイナスなんでしょうが、よく冷え込んでいます。
昨日図書館に行ったのですが、館内の温度設定も低いようで、
読んでいるうちに、すっかり冷え込んで帰ってきました。
風邪だけはひかないようにしたいものです。

ところで、NYP演奏会で起きた携帯の着信音が演奏を止めた事件。
詳細は以下のようです。

「交響曲は最後のクライマックスを過ぎて「音楽と静寂が入り混じる」極めて繊細な場面。
タイミングは最悪だったという。(略)
音に気付いた指揮者のアラン・ギルバート氏は手を止めて演奏を中断。
会場には着信音だけが響き渡った。ギルバート氏は持ち主に向かって「終わりましたか?」と
尋ねたが、返事がなかったため「結構です、待ちましょう」と言い、指揮棒を譜面台の上に置いた。
着信音はさらに何度か続いた後、ようやく鳴りやんだという。
苛立った観客からは「1000ドルの罰金だ」「そいつを追い出せ」と叫ぶ声も上がったが、
大半の観客の「シーッ」といさめる声に制された。」
(以上、CNN.co.jp1/13より引用)

クラシックの演奏会前には携帯電話の電源を切るようアナウンスされることが当たり前のように
されており、Kitaraではホール内は強制的に電波が届かないような対策をとっています。
だったら電源まで切らなくても良いじゃないか、と思われる方もいるかもしれない。
以前、Kitaraの演奏会でアラームとおぼしき携帯音が鳴って、ヒヤッとした場面に
遭遇したことがあるだけに、アラームが鳴る可能性も考えると、電源offが無難。
今じゃ、小生も着席したら、すぐに電源offをするのがクセになってしまいました。

クラシック音楽を聴く場合、演奏中の異音は演奏だけでなく、
鑑賞をも妨げる行為となりかねないためなのですが、
報道された内容からは携帯の持ち主の行動も信じがたいものです。

「鳴っていたのはステージ左側の最前列に座っていた高齢の男性の携帯電話だったが、
この男性は身じろぎもせず、マリンバの音の着信音は3~4分あまりも鳴り続けたという。」
(以上、CNN.co.jp1/13より引用)

う~ん、慌てて着信を止めようとするはずだと思うのですが、どうしたことでしょう。

さて、着信音が鳴りやんだところで、演奏会はどうなったのでしょう。

「ギルバート氏は「通常であれば、このような妨害があっても止めない方がいいのですが、
今回はひどすぎました」と断った後に、オーケストラの方を向き、
「118番」と指示して演奏を再開。観客からは拍手が上がった。」
(以上、CNN.co.jp1/13より引用)

まぁ、演奏者、鑑賞者の音楽に集中していた気持ちが断ち切れてしまい、
両者の満足度は低いのかもしれませんが、ある意味印象に残る演奏会にはなった
のではないでしょうか。

この後、指揮者のアラン・ギルバートがTwitterでつぶやいています。

「Something I learned last night: there's a reason
Mahler never wrote for marimba. -AG」

着信音はマリンバだったのですね。しかし、粋だね。

ところで、演奏されていた交響曲とは、マーラーの交響曲第9番です。
聴かれた方はおわかりになると思うのですが、最終楽章のラスト近くのようですから、
まさしく「タイミングは最悪」という点には同感です。
これじぁ、演奏会そのものが台無しじゃないか、と怒りの感情が湧いても
不思議ではありませんね。

この曲を小生が実演で聴いたのは2003年に2回あります。
札響の5月定期と7月のB・ハイティンク指揮のPMFOですが、
札響の演奏会が圧倒的に印象に残りました。
尾高&札響の秀演と相まって、演奏終了後の長い沈黙を保った聴衆にも拍手です。
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<追記1.16>
この一件で、なぜ男性が着信音を消そうとしなかったのか?
不思議だったのですが、続報がありました。

「着信音を鳴らしたのは60代の男性。音が鳴りやむまで、
手に入れたばかりの最新機器にしばらく苦戦した。(略)
自分の携帯電話から着信音が鳴っていると気づくまでにかなりの時間がかかったと述べた。
前日に会社からiPhoneを支給されたばかりで、アラーム機能が設定されていたことを
知らなかったという。」
(以上、AFP BBNews1/15付より引用)

まぁ、手に入れたばかりでは、単になじみもなく、「音も、どこかで鳴っているナ」程度の
他人事だったのかもしれませんが、気がついた時は相当ショックだったようです。
同じくAFP BBNews1/15付より引用してみます。

「その携帯を、自分が持っていたと気づくことがどれほど絶望的な気持ちか、
想像できるでしょう。とてもみじめです。
コンサートの観客やオーケストラのメンバーたちが許してくれることを願います。
すべての観客に謝罪します」と、男性は語った。

事態を理解した時の絶望感の深さは相当なものだったことは十分推察できます。
他の報道では、男性が翌日、指揮者のアラン・ギルバートに電話で謝罪し、
同氏も受け入れた、とのことです。
これを読んで、ホッとしました。

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by capricciosam | 2012-01-15 08:24 | 時の移ろい | Comments(0)