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札幌交響楽団第501回定期演奏会@Kitara2007

今日もらった定期公演誌に「音楽監督に聞く」というコーナーがあり、
「501回以降への意気込みは?」という問に対し尾高監督が
「…札響にとってチャイコフスキーは重要なレパートリーであり続けて
きました。僕にとってもN響の研究員時代から大切な作曲家で、(略)
若い時代に何十回と指揮したものです。(略)札響が大きな節目を迎える
今年、楽団にも自分にとっても原点のひとつといえるチャイコフスキーに
またじっくりと取り組みたいと思いました。…」と答えている。

なるほど、季刊ゴーシュ第11号のP12の「札響の森へ」には
定期演奏会で取り上げたランキングが載っており、チャイコフスキーは
作曲家別では4位、作品別でも交響曲第5番と第6番が同じく4位である。
監督の言われるとおり、「重要なレパートリー」であることは間違いない。
交響曲第5番は、かつてCDも販売されていたように記憶している。
それに、若い頃に聴いた無料の札響演奏会も、どういう訳か
交響曲第5番が比較的多く演奏されていたように記憶しているが、
お陰でmy favoriteな曲のひとつになった。
そんなこんなで、今回の定期には大きな関心を抱いてでかけた。

さて、肝心の「交響曲第5番」であるが、一昨年の聖響&都響以来。
あの時は充実した響きの割に妙に明るさを感じて、あれはあれで
快演だったのだが、この曲のもつ性格とはちょいと違うような気がしていた。
今回の尾高&札響は底流に流れるほの暗い情念を程よく感じさせてくれる
本来の意味での好演であったように思った。案外バリバリやられるよりは、
この曲はちょいと屈折気味な熱演にホッとするのは私だけか。
ところで、第2楽章ではホルンが活躍するのだが、当時は窪田克巳さんの
ソロに惚れ惚れと聴いていたものだった。退団されてからの消息は
とんと聞かないが、今日はまたあの音色が妙に懐かしくなった日でもあった。

2曲目に演奏された「弦楽セレナーデ」は徹頭徹尾、音を鳴らしてもらっても
あるいは室内楽でも楽しむように聴かせてもらっても、どちらも楽しい。
1曲目の交響的バラード「地方長官」が終わると、管打楽器だけがひっこんで、
増強された弦楽パート全員がステージに残ったのを見た時は、
「こりゃ凄いことになるかな」と内心ビックリしたが、聴き終わっても
どうにもスッキリしない。弦の厚みの割には音が抑制気味で迫力に欠け、
かと言ってそれほど親密な訳でもない。
よくまとまってはいたのですが、両方の要素が混在しているようで、
私の中では「どっちかにしてくれ」という不完全燃焼のような気分が残りました。
1曲目は初めて聴きましたが、演奏うんぬんよりも曲自体がなんともしまりがない
感じで、また聞きたいか、と問われれば「?」ですね。

尾高監督は全曲暗譜で通されていましたが、
演奏自体のドライブは、任せて安心というどこかのCMといっしょ。
尾高&札響の充実の一時であることは間違いないのだが、
拍手とほめ言葉に安住することなく、
さらなる高みを目指していただきたいものだ、と思いました。
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<蛇足です>
あわてて出かけたので半袖でしたが、日が落ちてもなんとかなりました。
昨日は札幌も過去最も遅い真夏日を記録したようですが、これも温暖化!?
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by capricciosam | 2007-09-22 22:11 | 音楽 | Comments(0)

観戦と鑑賞

土曜日は日本ハムVSロッテを観戦に、家族で札幌ドームへ。
17日からの3連戦は「WE LOVE HOKKAIDO」ということで、
日本ハムの選手のユニフォームも北海道を象徴するカラーということで、
青を基調にしたものに替えてプレーです。
写真は開始前のウォーミングアップ時に撮ったものです。
上半身が青色なのがわかりますでしょうか?
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当日は、いつも空席の目立つビジターチームの一塁側
(札幌ドームは三塁側がホームチームで、通常の逆です)
もほぼ満員で、観客も4万人を越えていました。
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試合はロッテに2点リードされたものの、4回に稲葉のホームランから
連打で4点、さらに5回に一点をいれ、7回裏までは3点リードで
先発のルーキー吉川が一勝となるはずでした。が、8回表が悪夢でした。
武田久-マイケルの救援陣が火だるまになり5点をとられ、逆転。
「必勝リレーのはずが…」
結局敗れてしまい、どっと疲れが…、ありゃ、勝てた試合でした。ホント残念。
(今日も敗けたようですが、気分を変えてがんばってもらいたいところです)

今日は午前中に仕事をして、午後からは岩見沢市へ移動。
札響のグリーンコンサートがキタオンという野外音楽堂で開かれました。
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グリーンコンサートは故岩城宏之さんが音楽監督時代にはじめてから
ずっと続いている無料の野外演奏会ですが、実は私ははじめて。
8月は演奏会にでかける予定もなかったので、ちょうど良い機会でした。
指揮は正指揮者の高関健さんですが、演奏前のトークで
「2年連続雨のため屋内で演奏したそうですが、3年前は晴れていました。
ちなみに、3年前の指揮者は私です。」
と、おっしゃって会場の笑いをとっていました。
演奏会開始時には雲ひとつない青空が広がり、気持ち良かったですね。
私もセミの声が聞こえる芝生で寝っ転がったり、本を読んだりして楽しみました(^^)
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by capricciosam | 2007-08-19 17:58 | 時の移ろい | Comments(0)

札幌交響楽団第500回記念定期演奏会@Kitara2007

今回の定期の楽しみは500回記念のマーラー交響曲第2番「復活」という
大曲を聴けるということはもちろんだが、まず第一は札響合唱団。
昨年結成され、年末の第九でのデビューが大層衝撃的だったらしく、
ぜひ一度はその歌声を味わいたいものだ、と考えていた。
今のところ年に数回の出演しかないらしく、今回定期が2回目のお披露目
となるらしい。第九の時同様、今回も他の合唱団も参加しているので、
純粋に楽しめるという訳ではないようだったが、思わぬ演出が待っていた。
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定期好例のロビーコンサートへの出演である。
いつもは札響メンバーが行っているのだが、今回は男性13名女性12名で
4曲(1曲目以外すべて武満徹の作品)を披露した。
パンフには総勢54名となっているので、選抜メンバーということか。
たえまなく入場してくる人たちのざわめきにもかかわらず、
よく鍛えられた歌声がロビーに響いたことから、本番への期待は
弥が上にも高まった。

「生と死」という根源的テーマに貫かれたこの曲での合唱の出番は
第五楽章の後半から。ベートーヴェンの第九によく似ています。
「蘇るのだ…」と無伴奏で神秘的にではあるが、決然として合唱が歌いだし、
二人の女声による独唱とオケも加わって壮大なフィナーレを築く訳だが、
合唱はいささかも不安定なところを感じさせない、実に充実した歌声であった。
札響は合唱入りの曲をさらに演奏する機会を設けてもらいたいものだ。
また、第四楽章「原光」があるがためソプラノ独唱に比べると、
どうしても注目しがちなアルト独唱であるが、ビルギット・レンメルトの
よくコントロールされながらも会場の隅々にまで通る歌声には、
正直驚いた。この方の歌声を聞けただけでも大満足。

余談になるが、「復活」を実演で聴くのはこれが2回目。
1回目はPMFが始まって2年目の時で、エッシェンバッハ/PMFオケで。
この時のアルト独唱はクリスタ・ルートヴィヒ。
あの頃はバーンスタインとの録音から数年経過したのちだったようでしたが、
もう往年の輝かしさや声量はなく、落ち着いた歌声に終始したように記憶して
いる。事実、1~2年後には現役引退を表明したのだが、世紀の歌姫の声を
聴くことが出来たという思い出として一生記憶に残るのだろう。

さて、肝心の尾高/札響の演奏であるが、尾高さんは札響をよくコントロール
されて、この情念がのたうちまわるかのような曲をよく描出していたし、
札響も持てる力を出してよく応えていたと思う。
ところで、記念演奏会初日ということで慎重になり過ぎたきらいがあるのか、
第一楽章ではよく整えられてはいるものの、何故か一体となって燃え上がる
ような熱気が感じられず少々不安に駆られたが、章を追うごとにこの辺は
解消されて、特に時々顔を出す嵐のような強奏では
「<よく鳴る>オーケストラに成長した」(パンフ解説より)
現在の力をいかんなく発揮したと思う。
しかし、一部管楽器の不調や4月定期の好調ぶりが耳に残るだけに
「こんなはずでは…」との思いも少々残ってしまい、十分楽しめたとは言い難い。
(この辺は向上するにつれ聴く側の要求もどうしても高くなりがちなのかな…)
二日目は修正してもっと良くなるはず、という期待を込めて
FMのライブ放送に耳を傾けたいと思う。
チケットは二日とも完売。
<6.24追記>
はい、放送を聴きました(ただし、高関さんのバルトーク以降は未聴です)
オケの響きについては放送のほうがはるかによくとらえていたのでしょうね、
かなり充実した響きが聞こえてきました。ただし、一部の管楽器の不調は
昨夜の印象よりは良いものの、やはり残念な響きを感じたのは少々「?」。
びっくりしたのは、レンメルトさんの歌声で、会場での圧倒感がありません。
これは放送の限界を示すものなのでしょうか。
(この方は実際ライブで聴くに限ります、圧倒されます)
ライブと放送との違いはあるものの、二日間聴いてみると、昨夜の感想は
予習が効き過ぎたのか、少々「欲張り」なものだったのかなぁ、
との印象を改めて感じました。しかしながら、現在の札響の持てる力を
出し尽くした記念すべき演奏会であったことは間違いないようです。
その一瞬に立ち会えた喜びを、いつまでも胸に抱いていくことでしょう。
改めて、札響定期500回、おめでとう!!

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by capricciosam | 2007-06-23 23:58 | 音楽 | Comments(0)

札幌交響楽団第498回定期演奏会@Kitara2007

今年初のフルオケかつプロオケの演奏会です。
昨年から札響の定期演奏会での評判が高まっていたので、
今年は少し足を運びたいな、と考えています。

広上さんの指揮で聴くのはこれが2回目。
一回目は首席指揮者を務めていたノールショピング響で、10年以上も前のこと。
あの時はモーツァルト、チャイコフスキー、ドヴォルザークと「名曲コンサート」の
趣きで、やや木目の粗い、厚みに欠けた音づくりながらも、
若々しい響きで、うまくまとめているな、という印象でした。
当時からオケを引っ張る力は十分な方のように思いましたが、今回も一曲目
ヴェルディ「シチリア島の夕べの祈り」序曲から全身を使って、表情豊かに、
大胆かつ余裕を持ってオケをドライブしていくような感じです。
それにオケもよく応えています。最初から、期待がふくらみます。

二曲目はベートーヴェン「ピアノ協奏曲第4番」
ソリストの小菅優さんが実は、本日のお目当て。
以前TVで拝見して、そのタッチの瑞々しさ、音の透明さに俄然興味が湧いて、
すぐ今回聴きに行こう、と決めたのでした。
耳になじみやすい第3番と第5番の間にあって、ちょっと雰囲気の変わった
この曲ですが、小菅さんのピアノは強奏でも音が濁らず、まるで音の粒が
立っているかのように明瞭で、期待に違わぬ演奏は十分満足すべきものでした。
オケも編成を小さくして、広上さんも寄り添うような指揮に徹している感じです。
鳴りやまぬ拍手に応えて、アンコールはシベリウス「トリューズ」。
初めて聴きましたが、まるでポップスのようで、素敵な小品でした。

三曲目はベルリオーズ「幻想交響曲」
聴き所満載のこの曲で、再び「広上ワールド」が炸裂です。
広上さんの指揮はメリハリを効かして、頻繁に各パートに左手親指を立てては
満足そうな表情を浮かべます。そうして、全体を見事にドライブしていきます。
実際、札響のみなさんの演奏は各パートの乱れも感じられず、
一体となって燃焼している感じで、見事なアンサンブルだったと思います。
この一曲だけでも、フルオケを聴く醍醐味は十分得られました。
なるほど、昨今の評判の高さの一端に触れた感じでした。

昼公演でしたが当日券はなく、会場も90%以上の入りのほぼ満席でした。
チケット購入時点でお目当ての席がなく、いつもは選ばないほうの席だった
のですが、第三楽章でオーボエソロがすぐ側で聴けたり、
第5楽章の「鐘」を打つのがよく見えたりと、楽しめる席でした(^^)
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by capricciosam | 2007-04-28 23:53 | 音楽 | Comments(0)

札幌交響楽団第488回定期演奏会@Kitara2006

ドイツ・レクイエムは「ドイツ語によるレクイエム」という意味らしい。
ではレクイエムとはどんな意味なのか。
requiem(ラテン語)休息
永遠の休息=死にたどりつくことは生きとし生ける者の必然。
死者のためのミサ曲の初めの歌詞がレクイエムと始まること
から曲全体の名称をレクイエムと呼ぶようになったようだ。
そこでレクイエムと言えば、死者のためのミサ曲を指す訳だ。
従って、この曲は本来死者の魂を鎮めることを目的とするだけで良い訳だが、
今回演奏されたドイツ・レクイエムはやや趣を異にする雰囲気がある、
と常々感じている。
それは生き残った者への視点である。
死者との悲しい別れから悲嘆に暮れる生き残った者の魂もなぐさめ、
鎮めようとするような視点である。
それで、この曲を聴くときは、やさしく慰撫してくれるニュアンスを求めて
ついつい聴いてしまうクセがある。
もっとも、ひたすらドラマティックに歌い上げても、
それはそれで十分成り立ってしまう側面も否定はできない。
いづれにせよ、ブラームス畢生の大作であることは間違いない。

さて、前置きが長くなったが、この曲はなんといっても、
「合唱」と「独唱」の出来に左右される、と思っている。
特に、約70分間ほぼ歌いっぱなしの「合唱」の負担は大きい。
今回の札響定期に登場した札幌合唱連盟は高校生も含めた152名と大所帯で、
ところどころ棒読みのような歌い方も散見されたものの、大いに健闘していた、
といっても過言ではない。
しかも、よくあるPブロックへの配置ではなく、ステージに配置されたことで、
オケとの一体感はより強く感じられた。
しかし、あふれんばかりのステージは久しぶりでした。(^^)
また、独唱の二人の歌唱の水準は高く、特に、バリトンは感情たっぷりに、
深々とした響きで会場を満たしていた。
札響も低弦と管を中心にまとまった演奏をしていた。
しかし、先に述べたニュアンスはあまり感じられず、ドラマティックな
大曲風に終わったことは、私としては少々残念。
これは暗譜でとおした尾高監督の解釈なのでしょうね。
終わってみれば、多少のキズはあったものの、ライブとしては
りっぱな演奏で、この曲の実演に接することはほぼ可能性がない、
と思っていただけに、とても印象深い演奏会でした。

昼公演でしたが、8~9割の入りで、札響定期の2公演化も
一周年を過ぎて定着してきたような感じを受けました。
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by capricciosam | 2006-04-22 23:50 | 音楽 | Comments(2)

武満徹没後10年によせて②@Kitara2006

先日記した没後5年特別企画「夢窓」の命日当日に行われた
「武満徹の管弦楽-1980s」と題する演奏会は下記のような
プログラムでした。

指揮:尾高忠明★
ヴィオラ:今井信子
フルート:エミリー・バイノン★
オーケストラ:新日本フィル
曲:弦楽オーケストラのための<死と再生>
  ウォーター・ドリーミング★
  トィル・バイ・トワイライト★
  ア・ストリング・アラウンド・オータム★
  波の盆~オーケストラのための★

この演奏会は聴くことはできなかったのですが、★印のついた
部分は今回の札響定期とまったく同じです。
その上、札響もオール武満プロは定期としては30年ぶりらしい、
となれば、今回を逃すとちょいと後悔するかもなぁ、と思い至り、
なんとか仕事をがんばって時間を作って出かけてきました。
二日目昼公演の当日券でしたが、入りは7割くらいかな。
「弦楽のためのレクイエム」以外は聴いたこともない曲ばかりです。

今回のプログラムも、大江氏の言葉にあったエラボレイトを
積み重ねていった武満の作品が「弦楽のためのレクイエム」から
年代順に演奏されていったように思います。
いずれの作品も武満らしい「響き」と「うねり」が作り出す「静謐さ」
「浮遊感」「無限性」を感じさせてくれます。
「ア・ストリング・アラウンド・オータム」は独奏ビオラの落ち着いた響き
が秋にふさわしい。ただ聴いていた3階席では少々音量が不足気味
だったような感じもしました。これはビオラという楽器の特性のせい?
「ウォーター・ドリーミング」の無限に連環するがごとき様はフルートの
甘美な響きによって浮かんでは消えていく色彩や、時には「歌」も
感じさせてくれました。

誤解を恐れずに言えば武満徹の作り出した曲には「響き」やその
連なりとしての「うねり」はあれど、「歌」や「抒情」なんてある訳ない、
なんて勝手に誤解していたようです。
それを見事に証明してくれたのが最後に演奏された
「波の盆~オーケストラのための」です。
この作品には武満自身が内面に秘めていた見事なまでの
「歌」が奔流となって表出されくるのです。これには驚きました。
いただいたパンフの札響団員の方の話にも演奏しながら泣く奏者
がたくさんいる、との話を見つけ、首肯できる話だなぁ、と思いました。
この曲はもっと知られて良い曲だ、と思います。
アイブスの「宵闇のセントラルパーク」に似たところもチョイあります。

今回の体験で武満徹に抱いていた考え(先入観)が少し変わった
ようです。先日のペレーニもそうでしたが、
「食わず嫌いはあきません」を実感しています。

札響もよく健闘して武満トーンを表現していた、と思いましたが、
音に集中するあまり、音量が不足気味だったのではないか、とも
感じました。あの集中力で、もう少しボリュームがあれば、きっと
鳥肌モノだったのではないか、と改めて思います。
しかし、曲ごとにステージ上での転換がめまぐるしかったので、
大変だったでしょうが、見ている分にはおもしろかったです。(^^)

さすが定期らしく、フライング拍手、フライングブラボーもなく、
快適でした。でも、弱音やデミニュエンド気味に終わろう、という時に
咳が何回か飛び出したのは残念。録音して放送されるだけに、
せめて口をハンカチで押さえてくれればなぁ。
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by capricciosam | 2006-02-26 09:08 | 音楽 | Comments(6)

オッコ・カム&札響@小樽市民会館2005

フィンランドを代表する指揮者で、10月初旬から来日して、
大阪、東京で振って、ラストは月末の札響定期演奏会。
シベリウスの2番を初めて耳にした経験は、この指揮者と
ベルリンフィルによるレコードでした。
それ以来チャンスがあれば、ぜひ実演に接したいと思っていました。
でも定期はオールシベリウスプロなんですが、どうもシベリウスは
食わず嫌い傾向があって今回はパスしようか、と思っていたら、
なんと大穴がありました。それは、
10/26の「ほくでんファミリーコンサート
曲目はフィンランディア、カレリア、交響曲第2番他。
これだけ揃えて、しかも整理券(無料)。
そのかわり平日の小樽行きなので、昨夜は結構ハードでした。

一曲目のフィンランディアがいつもの耳慣れた曲の運び
ではなく、例えて言うならアクセントの置き所が異なる運び方で
やや快速気味にさらっと終わったのは、また新鮮でした。
これは三曲目のカレリア組曲でも同様の感じを受けました。
カム氏は妙なアゴーギクもなく、正攻法な音づくりの印象。
二曲目のアンダンテ・フェスティーヴォは優雅さを感じさせる
弦楽合奏曲で、これは初耳の曲。いい感じの曲ですね。
四曲目の交響曲第二番はシベリウスを代表する曲。
これは管弦一体となったなかなかの熱演でした。
札響は元々シベリウスは得意というのが少し実感できました。
しかし、当夜のベストはアンコールの「悲しきワルツ」です。
これには魅了されました。うっとりです。
これは定期も期待できるのではないでしょうか。
シベリウス入門用としてはうってつけのプログラムでしたが、
公開放送用なので、これだけやっても一時間半ちょっとでした。
余韻を楽しむ余裕はありませんが、あまり疲れずこんな感じも
よいものですね。

ただ、惜しむらくは市民会館の音が残響がほとんどないデッド
でドライな感じなため、せっかくの熱演が生かし切れなかった
のではなかったか、という点。
まあ、年数の経った多目的ホールでは致し方ないのでしょうが、
最近はkitaraの豊かな残響でオケの音を耳にするせいか、
正直やや苦痛でした。今夜のプロをそっくりkitaraで聴けたら、
という思いが残りました。ちょっと耳もぜいたくになったかな。

■札響の定期はこちらをごらんください。

写真のCDはバルビローリ&ハレ管の交響曲2番
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by capricciosam | 2005-10-27 23:55 | 音楽 | Comments(4)

収穫

秋の澄み渡る青空を見ると、夏の暑さから逃れて安堵した
ためか、その空気の爽やかさのせいなのかは不明だが、
思わず内面の緊張が緩み、一息ついてしまう。
まるで、登山をして途中の何合目かで休憩をとって、遠くの
山々や麓を見渡すがごとく、一息ついて周囲やこれまでの
登ってきた道を振り返ってしまうのだ。
人生を四季で例えると、シニア世代は秋から冬にさしかかろう、
とするようなものか。来し方を思い、行く末にも思いをめぐらす。
そんなわけでもあるまいが、秋は一層メランコリックな気分に
陥りやすくなるような気もする。

そんな時に聴くラフマニノフはこの気分にピッタリどころか、
それを増幅してくれるのかもしれない。
その憧憬を含んだ甘美な抒情の大きな大きなうねりに身を
まかせていれば、忘我に陥り、現のあらゆることが見事に
消え去っていく。
甘美なときの訪れ。

昨夜の札響第481回定期演奏会でのラフマニノフ交響曲第2番
はまさにそんなひとときだった。
暗譜で通した尾高忠明音楽監督の棒は確信を持って、第一楽章
からオケを強力にひっぱるが、強引というのではなく、全身を使って
各パートを曲の流れにのせていく、とでも言えば良いのだろうか。
まさしく指揮者とオケが一体となってこの大曲の情感にあふれた
奔流を成していた、と言っても良いだろう。
低弦を中心に増強した弦も健闘していたが、いつもは少々
危なっかしい管も適度なバランスを保ってこの曲の情感の表出に
貢献していた。特に、第三楽章の出来はクラリネットの出来に期待
大なのだが、昨夜は他の楽章も含めてよく健闘していたと思う。
ますます脂がのってきた尾高・札響。
このコンビの好調ぶりが端的に聴き取れたこの一曲でも十分なのに、
アンコールは同じくラフマニノフのヴォカリーズ。
もう、メロメロです。とどめを刺されました。まいったなぁ~。
演奏会終了後、会場を去る雑踏でラフマニノフのメロディを
ハミングしている人が少なからずいたのですが、皆さん、
やはりお好きのようですね。

今夜のもう一曲はエルガーのチェロ協奏曲。
イッサーリスの超絶技巧には感嘆したものの、少々足早に行って
しまった感じ。もう少したっぷりと歌ってほしかった気も。
アンコールの鳥の歌のしみじみとした味わいが印象深い。
ところで、エルガーのこの曲は以前尾高・札響のコンビで
聴いているが、その時はR・コーエン。これもうまかった。
いくらお国ものとは言え、英国には凄いのがいるなぁ。

秋は収穫の季節でもある。
昨夜は稔り多き収穫、と言っても過言ではない一夜だった。

写真はラフマニノフ2番のノーカット演奏の先駆けプレヴィンのCD
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by capricciosam | 2005-09-24 13:52 | 音楽 | Comments(4)