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「う~ん、こんなのありか!?」

まだ夜明け前のこの時間。
生理現象で目が覚めて、ちょいと気になりPCを起動させると、
昨夜書いたハズの記事がアップされていません。
やはり、猛烈な睡魔に襲われたのがだめでしたね。
「やっちゃったよ!!」
まあ、それで気を取り直して思い出しつつ、さっき書き上げて
アップさせようとしたところ、またまた事故で、パァーです。
それが、冒頭の心の叫びなのです。

「こうなりゃ、意地でもアップするぞ」
なんて、力むほどのことではないのですが、めげずに3回目。
以下、記事です。

昨日は一日中カミサンと出歩いていて、帰宅して夕食を終えたら
もう22時頃でした。久しぶりに「美の巨人」をみたら、
取り上げられていたのは奥村土牛さんの「門」
101歳で亡くなられた奥村さん、78歳の時の作品。

師匠の小林古径は「写生は対象をよく見て描きなさい」と
指導したらしく、この作品も3日間姫路城のこの門に通い詰めて
写生をしてから作品としたそうです。
日陰になった側から門を眺めると、開け放たれた門からは
陽の当たった城壁が白く浮かび上がっています。
縦と横の強調されたどっしりとした骨太の構成の中、
明暗のコントラストがはっきりとし、動く物はひとつもなく、
静謐な趣が感じられ、鑑賞者の想像を刺激してきます。

かつて道立近代美術館で催された「生誕110年記念 奥村土牛展」
で、この作品はみたはずなのですが、実はもう忘却の彼方でした。
この展覧会は充実した企画で、見応えがあったという記憶が
いまだに残っています。

番組では奥村土牛さんの言葉が紹介されていました。

「芸術とは未完成なものです。だからこそ、どれだけ大きく
未完のままで終わることができるかが、大事なのです。」

芸の道に終わりはない、とはよく耳にすることですが、
晩年まで旺盛な活動を続けられた方だけに、改めて
芸道の厳しさに胸打たれる想いです。
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by capricciosam | 2008-09-14 04:42 | 時の移ろい | Comments(0)

日常から地方自治を考える

北海道自治体学会フォーラムinえにわで、
前鳥取県知事の片山善博さんの講演を聴いてきました。
現職当時は改革派知事として有名な方でしたから、
見識の一端を披露してくれるのではないか、と
会員でもなかったのですが、一般参加OKという
ことでしたので、ちょいと出かけてきました。

片山さんと言えば、以前北海道議会の答弁調整を
「学芸会」と痛烈に批判したことで有名な方。
高橋知事はじめ道議会も一斉に勇ましく反発したものの、
勇ましい割には、その後具体的反論や改善策も発表されずに
うやむやのままだったように記憶しています。
ホント、真偽も含め、その後どうなったんでしょうね…

さて、片山さんのお話ですが、
「日常から地方自治を考える」というテーマについて
まず、こうおっしゃいました。

「地方分権」という言葉ですが、なにやら改まった
「よそゆき」の言葉のように感じられる。
そうじゃなくて、地方自治体は今ある「しくみ」「権限」を
十分活用しているのか?
実は、していないんじゃないのか?
「していない」という「生活習慣」を見直していけば、
そんな大それたことをしなくても地方自治は変えていける。
生活習慣病にかかっている地方自治体を変えることが大事…

講演は興味深いお話に終始したのですが、
「学芸会」と批判した議会への根回しについては、
こうおっしゃっていました。

知事就任当初「根回しはしない、県議会議場でやりましょう」
と言ったら、事の重大さをほとんどの人は理解していなかった。
議案の修正は日常茶飯事。
議案を全部通そうと思ったら気が楽にならないけれど、
通す通さないは議会の見識の問題、と考えたら気が楽になった。
例えて言えば「議会は廃棄物の最終処分場」だ。
最終的に決めるのは議会だよ、と。

「県職員からの反発はなかったのか」という会場からの質問に
対しては、以下のよう話されました。
結論がわからないままやる、ということに慣れていなかった。
波乗りしなければならないから、「サーファーになる」こと
なんだが、そのうちその方が楽だ、と気がついた。
と言うのは、根回しには「作法」がある。
宴会の席順を決めるようなもので、そんな雑事をこなす
ことで頭のハードディスクが一杯になってしまう。
根回しをやめたらそんなことをしなくて済むようになった。

「地方分権改革に住民の関心が盛り上がらない」という質問に
対しては、住民がもっと自治体の仕事に関与しないといけないし、
自治体の仕事量と税負担が連動するしくみを作らないといけない。
大きな起債(つまり借金)をする時は住民投票する、という制度を
作るべき。自治体が借金する時、最終的に住民が負担するのに、
肝心の住民にうかがいを立てていない。
市町村は道にきく、道は国にきく、そして国が決めるが、
国は第三者。第三者にきかなければ何も出来ないなんて、
今で言えば「成年後見者制度」のようなもの。
こんな馬鹿な話はない。
知事会で8年間主張したが、賛成したのは田中康夫だけ。
知事会が言わなければならない。

大きな借金をして何かをやる時には住民投票という
住民の意思を反映させることが必要という時、
片山さんは夕張市を例に挙げていましたが、
切実な例であるが故、大いにうなづけるものがありました。

これまで以上に住民の意思が反映できたり、
監視ができるような「しくみ」が必要になってくるのでしょう。
最終的には自分たちのみならず、子や孫の世代にまで
負担のツケが重くのしかかっていくようでは、
将来の不安が増すばかりです。
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by capricciosam | 2008-09-06 23:54 | 時の移ろい | Comments(0)

利子&元本

今夜道内ローカルで倉本聡さんの特集が放送されていました。
なぜ富良野自然塾に取り組もうとしたのか、との問いに応えて

◆故萱野茂さんがかつてこうおっしゃていた
 「私たちアイヌ(人間)は自然の利子の一部で生きてきた。
 それなのに、今の人間は元本にまで手をつけている。
 元本がやせ細って、ますます利子は小さくなっている。」
 私は、この言葉が忘れられない。

富良野自然塾の「46億年の道」。
かつてのゴルフ場のロングホールを使って造成されたこの道。
地球の創世から人類の誕生まで、一歩を100万年として
作られていますが、果たして人類の誕生はどの程度の長さ
として現れるのでしょうか。
そしてゴールに待つものは。

しばらく富良野も行ったことがないのですが、
機会があれば、この道はぜひ歩いてみたいと思いました。
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by capricciosam | 2008-08-29 22:34 | 時の移ろい | Comments(0)

ロンドンにつながる言葉

オリンピックは「世紀の祭典」とも称されるくらいですから、
多様な評価がされるのは毎度のことです。
特に、今回は政治的側面での評価が加わったことが
従来の評価に一層の陰影を与えているような気がします。
宴の後、中国国内にどんな動きや変化があるのでしょうか。

オリンピック期間中はご多分に漏れず、ヒマさえあればTV観戦。

4年に一度のこの機会にかけるアスリートたちには、
やはり耳目を一瞬にして奪う「迫力」がありますし、
気がつくとそれにつられるように応援している自分がいます。

メダリストの印象に残った言葉を書き留めておいたメモが
手元に残っていますが、印象深い言葉は、実は勝者だけではなく
破れた挑戦者たちにもいろいろありました。
そこで、今回は惜しくもメダルには手が届かなかったけれど、
4年後には楽しみな若い力の言葉を。

◆女子100メートル一次予選で敗れた福島千里さん・20歳
「別世界だと感じた。ここまでずっとうまくきていたのに…」
(女子短距離では1952年ヘルシンキ大会以来の出場でした)

◆バドミントン女子ダブルス4位の前田美順さん・22歳
「楽しすぎた。また五輪に出たい。」
(世界ランク一位を破る大金星で、一躍「スエマエ」として注目)

◆カヌー女子スラロームカヤックシングル4位の竹下百合子さん・19歳
「悔しい。次のロンドン五輪はメダルを狙う。」

◆体操男子種目別ゆかで5位の内村航平さん・19歳
「個人総合はびっくり。ゆかで現実に引き戻された感じです。」
(団体、個人総合ではメダルで種目別でも期待されていました)

◆卓球女子団体4位の福原愛さん・19歳
「練習してきたことを出せた。メダルを取れなかったことに
悔いはあるけれど、自分の戦いについて悔いはない。」

◆トランポリン個人男子4位の外村哲也さん・24歳
「もっと経験を積んで、ロンドンを目指します。」

◆女子高飛び込み11位の中川真依さん・21歳
「4年後も同じ舞台に立って、もっといい演技をしたい。」

世紀の大舞台に立てたという経験が、彼らの成長に
つながることを期待したいところです。

ところで、先ほど「多様な評価」と書きましたが、
メダルを期待されながらとれなかったことで
酷評されがちな競技の代表が野球でしょうか。
私はメダルが穫れなかったことよりも、日本のプロ野球が
自らのレベルを疑われかねない危機的状況に追いやられた
のではないか、という点を心配しています。

やはり国際試合をして互いに切磋琢磨する機会がない
「井の中の蛙」状態が、もろに出たということなのでしょう。
それは、国際的に戦う場を積極的に持とうとしない
各国野球の自国主義の限界なのではないでしょうか。

次回のオリンピックにはエントリーできないラストチャンスだった
にもかかわらず、こんな状態では競技存続を望む連帯しての
アピールはやはり無理だったのでしょうね。
この点は、同じ立場のソフトボールと比べてしまいます。
それだけに、表彰式後の各国のメダリストたちが声を合わせて
「Back softball !!」
と、アピールしていた光景のなんとも輝いていたことか。
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by capricciosam | 2008-08-25 22:13 | 時の移ろい | Comments(0)

北京オリンピックでの言葉から③

早いものでもうオリンピックも最終日。
いろんな種目の数々の熱戦に、月並みですが、
スポーツの持つ力に魅了された日々でした。

終盤では、色はともかくメダルを期待されていた
シンクロナイズドスイミング団体や野球がまさかの結果に
落胆しましたが、考えてみれば実力伯仲で「競う」のですから
メダルなど「約束」されたものではないのは当然。
何かが足りなかったのでしょうが、それを見つけ、そして埋めて、
きっと立ち直ってくれてくれることを期待したいと思います。

終盤の活躍が少なく、少々淋しいのですが、
メダリストたちの印象に残った言葉も今回が最後です。

☆レスリング男子フリースタイル60キロ級銅メダルの湯元健一さん
  「今の実力ではよくやったと言いたいけれど、やっぱり金が欲しい。
  今日は通過点。」

☆ソフトボール金メダルの上野由岐子さん
  「まだまだ投げられる。多くの人に支えられてここまで来られた。
  正直まだ実感がわかないけれど、これが五輪で、
  これが世界一なんだ。」
  (2日間で3連投なんて驚異!!)

☆陸上男子400メートル銅メダルのアンカー朝原宣治さん
  「個々の能力でなくてチームワークで取れた。
  だから価値あるメダルです。」
  (トラック種目で80年ぶりのメダル獲得!おめでとう!!)

☆陸上男子100&200メートルで金メダルのウサイン・ボルトさん
  「うまくやろうとするとプレッシャーがかかる。
  重圧を感じると焦って、ばかげたことになる。
  だから、自分にはプレッシャーをかけないことさ。」
  (ボルトさんの哲学だそうです。素晴らしきかな欽ちゃん走り)

もうすぐ閉会式が始まります。さて、みるとしますか。
<8.24追記>
まさか2階建てバスからジミー・ペイジが現れ、
しかも「胸いっぱいの愛を」を演ってくれるなんて!!
前にも書いたとおりレッド・ツェッペリンのコアなファンではない
のですが、この歌は大好きなんですよね。
やはり「Wanna whole lotta love」でしょう。
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by capricciosam | 2008-08-24 20:09 | 時の移ろい | Comments(0)

北京オリンピックでの言葉から②

オリンピックも閉会式が近づきましたが、まだまだ熱戦が続いてます。
前回に引き続き、勝負を終えた後のメダリストたちの言葉で
印象に残ったものから。

☆体操男子個人総合銀メダルの内村航平さん
「まだ色が違うので(伝統を)継げたとは思っていない。
4年後、ロンドンでの課題です。」
あん馬で2度落ちて、前半3種目を終えて24人中23位からの大逆転!!

☆柔道男子100キロ超級金メダルの石井彗さん
「五輪のプレッシャーは(監督の)斉藤先生のプレッシャーに比べたら
への突っ張りみたいなもの。全日本選手権覇者が負けることは
日本が負けることだと耳にたこができるくらい聞いていた。
今は遊びたい、いや、練習したいです。」(^^)

☆競泳女子200メートル背泳ぎ銅メダルの中村礼子さん
「絶対にメダルをとりたかった。掲示板をすごくかみしめて見てました。
今の自分にとって最高の結果です。」

☆レスリング女子48キロ級銀メダルの伊調千春さん
「(妹の)馨と歩いてきた道は金メダルと自信を持って言えるから、
この銀メダルも私の中では金メダルです。」
「北京はひとつの区切り。今までレスリングありがとうございました。」

☆レスリング女子72キロ級銅メダルの浜口京子さん
「アテネと色は同じだけれど、中身の濃い銅メダル。完全燃焼です。」

今回の最後は外国のお二人。

☆競泳男子で史上最多の一大会で8個の金メダルを
 獲得したマイケル・フェルプスさん
「一生懸命練習してきたから8冠を果たせた。嫌いな練習もあったけれど、
コーチから「貯金しろ」と言われた。だから4年間かけて貯金し、
ここで引き出したんだ。」

☆競泳女子50メートル自由形銀メダルのダラ・トーレスさん
「年齢や子供の存在を理由にやりたいことができない熟年世代に
やればできることを見せられた。」彼女は41歳です。
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by capricciosam | 2008-08-19 04:28 | 時の移ろい | Comments(0)

北京オリンピックでの言葉から①

序盤の重苦しさもとれて、日本選手のメダル獲得の
ニュースが連日聞こえてくるようになりました(^^)
勝負を終えた後のメダリストや彼らを支える人たちの
言葉で印象に残ったものから。

☆柔道女子48キロ級銅メダルの谷亮子さんの夫佳知さん
「目標のメダルの色とは違いましたが、僕には金色に
輝いて見えました。」

☆柔道男子66キロ級金メダルの内柴正人さん
「やっちゃいました。これが僕の仕事なので精一杯やりました。
おやじの仕事をしっかりやりました。」

☆体操男子団体銀メダルの冨田洋之さん
「負けた銀メダルではない。みんなで勝ち取った銀メダルです。」

☆水泳男子200メートルバタフライ銅メダルの松田丈志さん
「あきらめずに努力してきたのが、メダルという形になった。
これが自分色のメダル。コーチにかけてあげたい。」

☆柔道女子70キロ級金メダルの上野雅恵さん
「いろんな人たちの支えがあってここまで来られた。
私を支えてくれた人たちへの金メダルだと思う。」

☆フェンシング男子フルーレ個人銀メダルの太田雄貴さん
「率直に銀メダルを喜んでいいんじゃないですか。
フェンシングにとって大きな一歩。非常に嬉しいし、
最初のメダルが僕だったことを誇りに感じる。」

そして、やはりこの人は欠かせない。

☆男子平泳ぎ2大会連続2種目金メダルの北島康介さん
「すみません、何も言えない…」100メートルで世界新

「もう一回、この場所に戻ってこられるとは思っていなかった。
戻ってこられたことと一番高いところに上れることに
感謝しています。この舞台を夢見てやってきた。
自分一人ではここまでこられなかった。この喜びをみんなで
分かち合えて嬉しいです。」200メートルでオリンピック新

いや~、それぞれのシーンを思い出して、感動!
これからも活躍を期待しつつ、テレビ観戦は続く。オーッ!!

最後に、大会開始早々に勃発したグルジアとロシアの戦争に
関しての言葉から。

☆女子エアピストル銅メダルのニーノ・サルクワゼさん・グルジア
「この数日気持ちは揺れ動いた。人が戦争を始めたのではない。
政治家が始めたのです。」

☆女子エアピストル銀メダルのナタリア・パディナさん・ロシア
「私たちは親友。スポーツは政治を越えることを証明できたと思う。」

表彰式を終えて、二人は肩を組み合いお互いの健闘を讃え合った。
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by capricciosam | 2008-08-15 06:49 | 時の移ろい | Comments(0)

朝目覚めた時すべきことがある、ということ

今夜のTV「カンブリア宮殿」から。

高齢化した人口2000人余りの山間の過疎の村。
ところが、おばあちゃんたちが元気だ。

元気の素は「葉っぱ」

日本料理の彩りに欠かせない「葉っぱ」
その葉っぱはこういう村だからこそ、ふんだんにある。

毎朝この村の農協に全国から注文が届く。
10時にはFAXでおばあちゃんたちへ一斉送信。
おばあちゃんたちは自分で受注する葉っぱを選択し、
その葉っぱを採りに行き、出荷する。

PCを操る80歳代のおばあちゃん。
何を見ているか、というと毎日の葉っぱの市況と
自分の売り上げランキング。

葉っぱで稼いで、新築の家が次々に建つ。
一人当たり医療費は県内で最低。
奇跡的!

このニッチで活性化した村の仕掛け人
「いろどり」代表取締役横石知二さんの発言から。
「朝目覚めた時、今日やるべきことがある、ということが大事」

現役世代としてはこの発言は別になんともないことのようですが、
高齢化とか、生き甲斐という視点で考えると
含蓄のある言葉のように感じました。
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by capricciosam | 2008-07-28 23:55 | 時の移ろい | Comments(0)

三谷幸喜@英語でしゃべらナイト

夜町内の集金に歩いていたら雨に降られてしまい、
帰宅して風呂に入り、あがってからはボーッとテレビを観ていました。
さあ、寝ようかという時、目にした「英語でしゃべらナイト」
ゲストは三谷幸喜さん。
映画の新作のプロモでしょうか。
だいぶ前になりますが、「ラヂオの時間」はおもしろかったなぁ…

三谷さんが外国でうけたスピーチ。
「皆さん、私の言っていることがおわかりになりますか?」
「私は自分の言っていることがわかりません」
Do you understand what I say?
I don't understand for it.

これは英国、ドイツでも同じパターンでうけたらしいのですが、
ロシアではこう言うと、慰められ、励まされたというのもおもしろいですね。

さて、ビリー・ワイルダー監督に影響を受けた三谷さん。
監督の作品「お熱いのがお好き」の有名なセリフらしいのですが、
「完璧な人間なんていないよ」
Nobody is perfect.

とかくギスギスしがちな日常ですが、この位の余裕は持ちたいものです。
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by capricciosam | 2008-05-26 23:52 | 時の移ろい | Comments(2)

朝倉かすみ講演会@石狩市民図書館2008

「小説家になった-石狩から誕生した小説現代新人賞作家」
と題して石狩市民図書館で朝倉かすみさんの講演会が行われた。
出かけたのは昨春の佐々木譲さんに続き2回目である。
場所は同じ視聴覚ホール。
詰めかけた方も多く、あふれた方はホールでライブをご覧になった程。
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登場された朝倉さんは案外小柄な方だったが、
一言で言えば「パワフル」。休憩もとらずにしゃべりっぱなし。
さすが、道新文学賞や小説現代新人賞を連続受賞されて、
波に乗っている旬な方らしい。
(いつもどおり寡聞にして知らない私、トホッ)

最初に時間を割いたのが、詰めかけた聴衆の心に形成された
作家「像」の、いわば否定。
作家とは、いわゆる世間で想像するようなステレオタイプでは
ない、と何度も強調される。この部分の最後におっしゃった
「どんな(作家の)人でも名前にはこだわらないでいただきたい。
中味が大事なんです。」
推測するに、朝倉さんは作家として歩んだ自らの(苦い?)体験を
この言葉に照射されているようにも感じるし、等身大の御自分を
大事にしようとなさっているのかもしれない、あるいは自分に対して
正直であろうとしている方なのかも、などといろいろ考えてしまう。

読書歴はと言えば、バイト時代の一人暮らしの食事から本格化。
一週間バイトしては稼いだ金で古本屋の10円程度の文庫本を
買い込んで、食事の友とした。そして名作を読破。
現代物は某スーパー本部で事務員をやるようになってから。

そして30代初め頃から書き始たが、その動機が
「私は結婚できないかもしれない」と思ったかららしいが、
普通は「資格」に走るのだろうが、朝倉さんは
「小説を書くほうが現実的だった」と考えたらしい。
この辺りの発想が現在に繋がっていくと考えると興味深い。

次々に書けたが、(身近な関係の)誰にも読んではもらいたくない。
でも、ずーっと遠い無関係な人には読んでもらいたい、
という欲求があり、道新文化教室にて藤堂志津子さんを見出した
K氏に習うことになる。
K氏は誉めてくれたが、朝倉さんはなかなか言うことをきかなかった。
30代も終わり頃に結婚するが、その歳の夏にK氏死去。
それがきっかけとなったかのように、その年から書き始める。
でも、一字も通らない。
「わたしスゴイはずなのに~!?」
何一つかなわない年が2~3年続き、ごったになった状態で
書き上げたものが道新文学賞を受賞。
そして全国的な賞を3年以内に獲ると決心して書いていったら、
小説現代新人賞を受賞。

この後は、言わば作家「稼業」の話。
・「本にしてください」とお願いしに、わざわざ東京まで出かけたこと。
・プロモに書店員はあなどれないこと。
・「賞獲ったらまた来てね」(内心「賞獲ってやるよ」と反発したこと)
・サイン本の裏話。
・グラビア撮影の話。
・インタビューを受けていてわかった、某タレントの「別に」と言った気持ち。
・「書評が何本でるか」新聞、TVの他、最近はブログも。etc

どんな業界も、特に内部事情的話は興味深いものですね。
あと、次のようなこともおっしゃっていました。

「体験したから書けるんだろう」
じゃあ自分史は文学になるのか、と言えば文学にはならない。
なぜなら「体験」にとどまっているから。
例えば戦争体験として、戦争というものにアプローチしている、
というのが文学。
その例として挙げられたのが、ピカソのゲルニカ。
ゲルニカを見ることで戦争がわかる、
ピカソは戦争というものにアプローチしている、
戦争をわかろうとしている。

ここのところはスゴク納得した気持ちが湧きました。

高一の時の現国の時のエピソード。
担当教師が教科書の谷川俊太郎の詩を「この詩はよくない」
と言って、「世界へ!」というエッセー(詩?)を紹介したところ、
朝倉さんはなぜか感動して何日も繰り返した。
(実際、当日の会場でも朗々と諳んじられた)
そして、こう続けられた。
「あの時あの言葉を教えてくれなかったら…、と考えたら
学校の先生ってスゴイ!」

授業内容よりも、ちょっとした瑣末な事が意外に心に残る。
これって、その後の生き方への影響度では個人差が激しいとは
思うものの、多くの人にありそうな話ではないでしょうか。

その他にも興味つきない話は多かったですね。
朝倉さんはご自身のブログの前日の記事で、
「8割方、ヨタ話」なんて謙遜して書かれていましたが、
なかなかどうして興味深く、楽しい話でしたね。

<蛇足です>
講演会後のサインを待つ間に会場にいらっしゃった
朝倉さんのお母さん(こりゃまたハツラツとしていて素敵)とも
お話をしたりしたのですが、持っていた「田村はまだか」を
見つけられて、
「田村のお父さん、わかりました?」
と尋ねられたので
「第何話のあの方ですね」
と答えたところ、お顔一杯に笑みを拡げられて
「そうそう、わかりましたね」
つられて私もニコニコ(^^)
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by capricciosam | 2008-05-17 22:02 | 講演会 | Comments(0)