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ガイアナイト続き

ガイアナイトのHPで見つけた富良野市在住の作家
倉本 聰さんの言葉から。

「僕は、日本がこれ以上豊かで便利な大国になって行くことより、
あらゆる意味で質高く、世界から尊敬され注目される小国になることを
望んでいます。」

小生の画面では小さな文字で読みづらかったので、ひょっとしたら
同じように読みづらく、スルーしてしまった方もいらっしゃるのでは…
と思い、書き写しておきます。

と言うわけで、明日から4月。
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by capricciosam | 2008-03-31 20:14 | 時の移ろい | Comments(0)

Always never give up

困難な脳手術に果敢に取り組む外科医としては福島孝徳氏が
有名ではあるが、今夜TVに出演されていた上山博康氏も
北海道旭川市を中心に活躍される有名な脳神経外科医。
お二人とも似た手術だと思っていたのですが、調べてみると
福島氏は脳腫瘍手術の「神の手」、上山氏は脳動脈瘤の「匠の手」
と異なるようです。

今夜は「匠の手」こと上山氏の手術例が取り上げられていたが、
並の医師がお手上げの脳動脈瘤手術に果敢に挑戦していく様は
毎度の事ながら感心するばかり。
その中での上山氏の言葉から

「患者にとっても、僕らにとっても勝つか負けるかなんです。
でも、患者にとって負けるということはありえないんです。」
「Never give up、Always never give up」
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by capricciosam | 2008-03-03 22:30 | 時の移ろい | Comments(0)

近頃流行りしKYのこと

「KY」と聞いて、ピンとくる方も多いのかな。
「空気(k)が読めない(Y)」
職場でも若手中心に頻繁に耳にするようになったが、
たまに耳にするうちはまだしも、頻繁になると、
どうも違和感を感じてしょうがない。歳ですかねぇ…

たしかに、時と場合によっては「察する」という行為は大切なのだが、
彼らを見ていると、
「KYだと馬鹿にされる、とにかくKYにはならないようにしよう」という
過剰反応が生じやすく、皆競うようにして同調するという現象が
生じているように思われる。
是非はともかく、結果的にメジャー意見の形成を促進してしまい、
それ以外のマイナーな意見は押し黙らざるを得ない雰囲気が
逆に生じ易くなっているような気がしてしょうがなかった。
例えは悪いが一種の「多数の暴力」とでも言うようなものだ。

ちょうど、内田樹の研究室の12/21の記事
「接続的コミュニケーションの陥穽」で、この「KY」に関連して
触れていたので、ちょっと長いが引用させていただく。

「…というのは、文脈読解力は、今や「重要」という段階を通り越して、
ほとんど「非寛容」の域に近づきつつあるように私には思われるからである。
つまり「誤読が許されない」ということである。現代日本のコミュニケーション
の問題はどうもこのあたりにあるような気がする。「場の周波数」に
いちはやく同調すること「だけ」にコミュニケーションについての
ほとんどのエネルギーが投じられているせいで、いったんチューニングが
合ってしまうと、あとは「チューニングがまだ合っていないやつ」を探し出して
「みんなでいじめる」ことくらいしか「すること」がない。…」
(略)
「…「場の空気が読めないやつとは暮らせない」と公言するのは
かまわないけれど、そういう人は「他者との共生」とか「多文化共生」とか
いう社会理論にもきっぱり反対すべきではないのか。
ともあれ、全国民がそのような能力だけを選択的に発達させた場合に
コミュニケーションは豊かになるのかむしろ貧しくなるのか、そろそろ
そのあたりの損得勘定もしてみてよいのではないか。…」

なるほど、「コミュニケーションの豊かさ」という課題に繋がる訳ですね…
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by capricciosam | 2007-12-21 23:45 | 時の移ろい | Comments(0)

今年も舞ったぞ、紙吹雪

パ・リーグ2連覇を成し遂げた北海道日本ハムファイターズの
パレードが今日行われました。
ちょっと迷いましたが、やはり今年もTVで見ていました(^^)
心配された天気もちょっと雪が舞った程度で済みました。
昨年同様1tの紙吹雪が舞っていましたが、ホント壮観です。
ヒルマン監督のユニフォーム姿も見納め。
しっかり見ておきました。

西6丁目から南大通りを西から東に進んだパレード車が
駅前通りにさしかかった時にハプニング(もう死語かなぁ)が。
TV中継で立っていた大沢元監督を見つけたヒルマン監督が
ジャガーのオープンカーを一人降りて、走り寄ってきて
大沢親分と堅く握手し、耳元に何か言っていたようです。
親分も予想外のことに言葉を失っていました。
「びっくりした」とか感想をいろいろ言ってましたが、最後に一言。
「あいつはイイ奴だなぁ」

義理人情なんてことより、先人を敬う誠実さなのでしょうね。
退団発表時に次のような発言が紹介されていました。

「恥じることなく言うが、私はクリスチャン。相手を受け入れる気持ちや
愛する気持ちが、信仰からきて感情をコントロールできている。」

ヒルマン監督の素晴らしい品格の有り様は、ここいら辺りに秘密がある
のでしょうね。(葬式仏教徒の私には一生かかっても無理か!?)

北海道における外国人指導者としては開拓期のクラーク博士が
有名ですが、どうやら100年以上を経て二人目が誕生したようです。

ありがとうヒルマン監督。
どうぞメジャーでもご活躍を!!
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by capricciosam | 2007-11-24 21:07 | 時の移ろい | Comments(0)

さすがだなぁ

NHK「プロフェッショナル」
毎回必ず見るということはないのですが、とにかく今夜は久しぶりです。
(登場される方は皆さん素晴らしいのですが、連続されるとお腹いっぱい
のような気分に襲われるので、適当に空腹になってから見ています)

「トークスペシャル」としてかつて出演されていた4人の方の
発言が取り上げられていました。
印象に残ったもの。

◆アイガモ農法の古野隆雄さん
(失敗を谷底に例えて、うまくいったらその分大きく飛躍できる、
という話に続いて)
「今年は干ばつだから草丈がないけれど、その分根は広く張っている。
だから、雨が降ったら、すぐにたくさん吸って大きく伸びるんです」

◆盲導犬訓練士の多和田悟さん
(普通の飼い犬にも教えるべきは、まず「グッド」だ、という話に続いて)
「あれもだめ、これもだめ、と「ノー」を言い出したらきりがない。
それよりも「グッド」と言ってあげられる部分を見つけて、誉めてあげる」
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by capricciosam | 2007-10-02 23:41 | 時の移ろい | Comments(0)

今年も3分の2が終わろうとしている

時ならぬ暑さに見舞われた8月も今日でおしまい。
さすが、朝夕は肌寒く感じる日が増えてきたような感じです。

今朝散歩していると、ナナカマドの実が色づきはじめている
ことに気がつきました。
まだ、残暑に引きずられて、夏に未練たっぷりの私には、
時の流れを感じて、着々と秋の準備に入っている彼らの
いさぎよさに思いも一入でした。
「明日から9月だ~、いよいよ秋だぁ」
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映画の話題でTBしていただいたこちらのブログで見つけた
チャールズ・チャップリンの言葉。含蓄があります。
有名な言葉なのかもしれませんが、私的にはお初なので
ご紹介しておきます。miyukichiさん、ありがとうございます。

「人生はクローズアップで見れば悲劇。ロングショットで見れば喜劇。」

原文はこちらで見つけました。
Life is a tragedy when seen in close-up,
but a comedy in long-shot.
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by capricciosam | 2007-08-31 23:42 | 時の移ろい | Comments(2)

凍土の花 中城ふみ子

古新聞を整理していて、ある訃報が目に止まった。
伊達市の大塚陽子さん、77歳とある。
「どこかで聞いたことがあるような…、あっ」
当時、歌人としては著名な方らしい程度しか私は知らなかったのだが、
実は10年程前に一度御本人の講演を聴いたことがあった。

講演のテーマは「中城ふみ子」に関するものだった。
中城み子は戦後歌壇に登場し、本格的活躍の前に
乳ガンのため31歳で夭逝した。
歌集に「乳房喪失」がある。

 冬の皺よせゐる海よ今少し生きて己の無惨を見むか

ふみ子が札幌医大の暗い病室で生涯を終えた時、
作家の渡辺淳一は同大の医学生(1年)であった。
しかし、特段接点はなかったようだが、後年になって、
ふみ子の伝記的小説である「冬の花火」を為した。
大塚さんはそのあとがきでも執筆協力者として名を挙げられているが、
当時、同じ短歌会でふみ子と才能を競った間柄であったようだ。
「冬の花火」でもそれらしいモデルが描かれている。

講演の冒頭、「冬の花火」を「つくりものですから」と一笑に付したが、
その一言に「ふみ子を本当に語れるのは私である」、という
自負のようなものを感じる、と同時に予防線のような警戒心も感じた。
講演は、ふみ子の詠んだ歌をランダムに紹介しながら、
注釈をつけるという形で進み、特段のまとまりはなかったが、
次のようなものであった。<>部分が当時のメモです。

 われに最も近き貌せる末の子を夫が持て余しつつ育てゐるとぞ
<作家としての構築性のあらわれ>

アドルムの箱買ひためて日々眠る夫の荒惨に近よりがたし
<ふみ子の虚構性のあらわれ、自尊心、構成力>

 絶詠:
 息切れて苦しむこの夜もふるさとに亜麻の花むらさきに充ちてゐる
 <きらいな帯広の象徴>

また、ふみ子は一度離婚を経験しているが、大塚さんは
「夫を恨む歌は多いが、憎んだ歌はない」
とも、おっしゃっていたが、「恨む」と「憎む」の違いに
歌人としての言葉への細やかさを感じた。

同時代をともに生きた人の話は、「冬の花火」で得られた印象とは
またひと味違ったものであったように思う。
大塚さんのご冥福をお祈りいたします。
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by capricciosam | 2007-08-26 23:49 | 講演会 | Comments(0)

矢沢永吉@SONGS

録画しておいた「SONGS」を観ました。
矢沢永吉、57歳。
素敵なラブ・バラードの「YES MY LOVE」で開始。

33歳の時の発言
「いつの時代でもやる奴はやるし、やらない奴はやらない」

さすがと思うと同時に、これは応用の利く話だなぁ、と。

思いつくままに、まずはオーソドックスに
「いつの時代でも勉強やる奴はやるし、勉強やらない奴はやらない」
「いつの時代でも仕事やる奴はやるし、仕事やらない奴はやらない」

次に、こんなことも
「いつの時代でも偽装やる奴はやるし、偽装やらない奴はやらない」

○○印にはいろんな言葉があてはまりそうですね。
「いつの時代でも○○やる奴はやるし、○○やらない奴はやらない」
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by capricciosam | 2007-06-28 22:25 | 時の移ろい | Comments(0)

セカンドハネムーン

最近は夕食を終えると睡魔に襲われ、PCを開くことも能わず、でした。
西田佐知子さんの「アカシアの雨に打たれて」ではありませんが、
「そのまま死んでしまいたい」
ではなく、「そのまま眠ってしまいたい」でした。
(疲れなのか、歳なのか…)
それでも、夕べは先日亡くなられた作家大庭みな子さんのご主人の
16年にわたる介護の様子を追った番組を観ることができました。

妻が病に倒れたら…
突然の介護、その時夫は

まあ、半ば冗談めいて「先に逝くのはオレだよ」と私は言ってるものの、
そんな順番の保証はありません。順番が狂うことだってあるでしょう。
逝かないまでも、倒れることだって可能性大です。
「ではどうするのか」
それでも、そんなこと考えようともしない自分があります。
まして、何年も、十何年も介護し続けるなんて…

ご主人の
「これはセカンドハネムーンなんだ」
という言葉に象徴される、介護という厳しい現実を前向きにとらえて、
夫婦関係を再構築されている姿が、とても印象的でした。

アカシアと言えば、先日散歩していた時のことです。
いつもの道で、急に甘い香りに包まれ、
「いい香りだなぁ~」
カミサンとあたりをキョロキョロしてみると、答えは頭上にありました。
白い藤のような感じで、房状の花がいくつも垂れ下がっているのは、
まさしく「ニセアカシア」でした。
多分去年も通っているはずなんですが、気がつかなかったなんて
ちょっと信じられませんでした。
さわやかな甘さが清々しい、初夏ですね。
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by capricciosam | 2007-06-21 23:20 | 時の移ろい | Comments(0)

鈍感力

今朝TVを観ていたら、「鈍感力」が取り上げられていました。
前首相が次のように発言したことを受けてのようです。

「目先のことに鈍感になれ。鈍感力が大事だ(略)」

現首相の支持率低下が依然止まらないことに対しての激励のつもりらしい
のですが、なんとも誤解を生みかねない発言だなぁ、と感じました。
どうも前首相は言葉を単純化して、ぐっとひきつけるのがうまいのですが、
反面、前提や条件等がすっぽりと抜け落ちる傾向も強いですね。
まあ、その辺を気にしないで突き進んできたのでしょうから、
まさしくご自身で「鈍感力」を実践された訳です。
この例でも、「首相たるもの枝葉末節にとらわれることなく、大道を踏み外すな」、
くらいの意味と捕らえるとよいとは思うのですが、それを実践する上では
敏感なくらい様々な事に耳目を集中し、ぎりぎりの判断をした上で、
というのが前提だと思うのです。
この前提なしのリーダーなど、考えたくもありません。
ですから、この意味が履き違えられると、思慮分別のない
単なる「暴走」に陥りかねないのでは、と心配です。
そもそも鈍感な人にはあてはまらない使い方で、敏感な、あるいは
過敏な人にこそ、この言葉が生きてくる、と思うのです。

ところで、この「鈍感力」という耳慣れない言葉は、先ごろ発売された
渡辺淳一氏の著作「鈍感力」のタイトルからのようです。

10数年前に氏の講演会でこの言葉に近いものを聞いたことがあります。
当時、近鉄にいた野茂英雄投手がメジャーで活躍していた頃のことですが、
氏が彼のことを話題にした時のことです。外国という慣れない環境の中で
きちんと成績を残していくためには、些細なことに動じずに実践していくことが
必要で、彼を見ているとそれができているように思う、というのです。
そして、野茂投手を一言つぎのように言い切りました。
「鈍い」
その言葉にびっくりするとともに、
「すごい見立てだなぁ、なるほどなぁ」
と感心したせいか、いまだに印象に残っています。

この「鈍感力」という著作は読んでいませんが、氏が社会を生き抜く上で
必要な力として常々この当たりを考えていたのだなぁ、と改めて思い出しました。
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by capricciosam | 2007-02-25 14:25 | 時の移ろい | Comments(2)