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JRシアター復活か

今朝の新聞一面に次のような記事が載っていました。

「「劇団四季」(浅利慶太代表)の専用劇場を札幌市中央区内に建設する
構想が浮上していることが12日、分かった。札幌市などと調整を進めており、
早ければ来冬の公演開始が予定されている。(略)新劇場の客席は
JRシアターと同程度の約千席で、数年間の公演を想定。」
(以上、北海道新聞より引用)

JRシアターが旧札幌駅構内に仮設劇場として開場したのが1993年。
開幕公演は劇団四季による「オペラ座の怪人」。
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「劇団四季のオペラ座の怪人は凄いらしい」
この「らしい」というのは、いかにも噂を装っているんですが、
気になる言い方で、思わず興味をそそります。
ついつい「一度はこの目で確かめてみたい…」的な効果がありますね。

劇団四季は1991年から1992年にかけて、旧札幌駅近くの仮設劇場で
「CATS」ロングラン公演を成功さていますが、閉幕してからは
当時の北海道にミュージカルを楽しめる常設劇場はありませんでした。
「オペラ座の怪人」はロングラン公演となり、閉幕後も四季は劇団の
主なミュージカルを次々上演していきました。
JRシアター開設後大勢の観客が押し寄せたのは、以前のCATSの成功が
あったればこそだと私は思っています。
しかし、1997年北海道拓殖銀行倒産に象徴される道内景気の低迷が
次第に興行成績にも及んだようで、1999年にはついにJRシアター自体が
幕を下ろし、四季の常設劇場もついに道内から姿を消すことになります。

撤退当時から、浅利代表は北海道での常設劇場への再トライを公言して
いましたが、長引く景気低迷が高いハードルとなったのでしょうか、いつしか
道内はJRシアター開設以前の巡回公演のみに落ち着いたようでした。
だからこそ、今朝の記事には驚きました。
「数年間の公演」ということですから、また仮設なのでしょうが、
これは長期に渡る景気低迷を考えるとやむを得ないことです。
道内の景気を考えると、経営という側面では決して楽観できる状況ではない
と思われますが、一観客としてみれば、観劇に配慮したJRシアター並の
規模ならば、むしろ歓迎すべきことです。
この歳になると来年に向けた楽しみなんてほとんどないに等しいのですが、
少し楽しみが加わりました。

<追記2.4>
「ミュージカル劇団「劇団四季」(浅利慶太代表)が
札幌市内で構想を進めていた専用劇場の建設予定地が、
同市中央区大通東1に決まった。地上2階、地下1階で、
6月に着工の予定。年末の公演開始を目指している。」
(以上、北海道新聞より引用)

てっきり札幌駅周辺と思っていたのですが、一報どおり確かに
「中央区内」です。創成川以東なので、決してにぎやかな場所とは
言えない辺りですが、ゾーンとしては大通り地区。
これで人の流れが少しは変わるんでしょうね。


<追記2010.5.18>
昨日、北海道四季劇場が来年1月オープンすることが正式発表されました。
5年契約で土地を借り受けて、全国10番目の専用劇場となるそうです。
客席数は約千席で、舞台と客席の一番最後部までは約25mだそうです。
JRシアター並に近いような気がしますね。

「1月のこけら落としは「四季芸術祭」と銘打ち、「エビータ」
「クレイジー・フォー・ユー」など3作品を連続上演し、
四季の会の会員や元会員を無料招待する。
一般客が鑑賞できるグランドオープンは来年4月を予定、
「ライオンキング」を上演する。」
(以上、北海道新聞より引用)

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by capricciosam | 2009-12-13 21:45 | 時の移ろい | Comments(0)

柳家小三冶独演会@真駒内六花亭ホール2009

噂には聞いていた「六花亭ホール」
普段は六花亭のお店として使われているその空間が、
小ホールに変身して演奏会等に使われているらしい。
一回体験したいなぁ、と思えども、なかなかチャンスがなかった。
それが、今回だ。
そうだよ、落語だぁ。
しかも、小三冶だよ。
「ちきしょう、ついてるなぁ~」、てんで、
熊の野郎がいそいそと出かけてまいりました。
おっと、熊五郎になっちゃった。
だいぶ影響されています、ハイ。
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まず、登場したのは二つ目の柳亭こみち。
前座時代は一切嗜好品禁止だったので、甘い物が楽しみで
仕方がなかった、という枕から始めたのが「四段目」
芝居好きの定吉が仕事をさぼって芝居見物したものの、
お店に戻ったら旦那にばれて蔵へ閉じこめられた。
空腹を満たそうと始めたのが好きな芝居のまねごと。
「仮名手本忠臣蔵」四段目の塩治判官切腹の場面。
淀みない語り口でそつなくまとめているが、人物の立体感は
もう少しほしい感じも。さらなる成長に期待。

続いて登場したのは真打ちの柳家はん冶。
落語の世界におなじみの粗忽者が登場する「粗忽長屋」
粗忽者ひとりでもおかしいのに、二人も登場してのトンチンカン。
何しろ行き倒れの死体を隣に住む熊公と思いこんじゃう勘違いぶり。
「おい、おめぇ死んでるんだよ。」
「えっ、オレが!?」
言われた方も否定すりゃいいのに、その気になるから、またおかしい。
短い枕に続く熱演に、しばし大笑い。
語り口はやや渋いのですが、安心して話の世界に浸れます。
3/12(木)18:30~豊平館で師匠の札幌初の独演会があります。

最後は真打ち登場で柳家小三冶。
枕は先日のTV放送の話。あれ以来、顔色の話ばかりされる。
「顔色が悪い」それから「顔が赤い」という話へ。
白雲にかかり、近所の皮膚科へ行ったが、治らないので医大へ。
加齢が原因の脂漏性炎症との診断。
また診てもらいたくて行ったら退職していた。
そんなことから、人というか、縁というか、という話へ。
男女の縁なんてのも出雲の神様がテキトーにやってるんだよ、
なんてことを言って「厩火事」へ。
女髪結とその亭主の話。夫婦ゲンカのあげく女房が仲人に
いつものごとく愚痴をこぼしにきます。
仲人が孔子と麹町の殿様の大事なものをめぐる話をして
亭主の気持ちを確かめさせようとする。
昔から師匠の味のある語り口には魅了されていましたが、
枕といい、「厩火事」といい、相変わらずうまい。
少し言葉が詰まり気味のところもあり、聞いてるこちらも
ちょっとハラハラしたのですが、大事に至らず一席終わります。
師匠はまだまだお若いなぁ、と思っていたのですが、実は
もう70歳になろうかというのですから、こりゃ、生理現象です。

30分程の休憩の後、再び登場しますが、
羽織と羽織ヒモを替えています。
休憩前は羽織の裏地が青、ヒモも青。
今回は裏地が赤、ヒモも赤。
粋ですねぇ~。手を抜いてない。
最後は枕なしの「船徳」
勘当された若旦那が船頭になったはいいが、お客を乗せて
危なっかしい腕前を披露する羽目に。さて、無事目的地に着けるのか。
若旦那の汗したたる様、二人の客のおびえっぷり。
描き分けの見事さ、話の絶妙の間。
熱演でした。
絶品。

休憩前の気になった言葉のつかえなんて微塵もありません。
一席終えて、ウォーミングアップ終了といったところでしょうか。
さすが、名人。
満足な時って、自然に顔がゆるみます。
心がほっこりしてくるんでしょうね。
気がついてみれば開演から3時間近く。
合間にいただいた六花亭のお菓子もおいしかったし、
なんて贅沢なひとときだったことか。
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<2.7追記>
写真を追加、差し替えました。中でも、「満員御礼」ポスターは
当日会場で撮ったものです。今でも、素晴らしい古典落語を
体験できたことに、思い出してはニンマリしています。

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by capricciosam | 2009-02-02 23:20 | 舞台 on stage | Comments(0)

マンマ・ミーア@映画2009

数年前、劇団四季版を汐留で観劇しているが、
ちょうど電通四季劇場のオープン記念だったように記憶している。
あんなに会場が熱気に包まれ、アンコールで総立ちになって
踊っていた場面に出くわしたことはなかった。ワォ~!!
えっ、私!?ご想像にお任せします。
と言うわけで、今回足を運んだのも、あのステージがどのように
スクリーンで再現されるのか、という興味からでした。
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元々ABBAというよりビョルンとベニーの数々の素敵な作品が
先にあり、それらを使ってひとつの作品に作り上げた
 プロデューサー:ジュディ・クレーマー
 脚本:キャサリン・ジョンソン
 演出:フィリダ・ロイド
女性3人のユニットの結束がミュージカルの成功に至ったのだろう。
今回の映画化に当たっても、この3人の名前が見える。
こりゃ、期待が高まるというものです。

確かに、美しいギリシャの風景を活かしてはいるし、
桟橋をステージに見立てているところなんて楽しいね。
俳優も手堅い顔ぶれのようで、本当に歌っているんですね。
これにはびっくり。もちろん、多少は吹替えもあるんでしょうけどね。
ストーリーも構成はステージとほぼ同じ。
全編流れる曲は全てABBAだし、お膳立てとしては申し分なし。

しかし、見終わってみると、なんとも微妙。
例えば、ドナ&ダイナモスがステージで歌うのはたった一曲で、
どうやら、その理由は「年齢」らしい。しかも、衣装が地味。
四季版ではメタリックな衣装で数曲歌って、踊って、
観客の意識を見事に転換していく場面なのに、しょぼく、くすぶった感じ。
こういう不完全燃焼感がつきまとったのは、どうしたことか!?

また、全編通じて踊りは健闘しているけれど、やはりいまいち。
それに、どうしても、ビートの効いたABBAの曲が挿入される分、
演技を考えてやらないと、ただ騒々しいだけの印象になる可能性大。
カメラワークもいまいちなところあり。
特に、見せ所のひとつである桟橋の群舞の2シーンはものたりない。

最後に、アンコールの場面はなくてもよかったかな…
ステージでは必ずある大ノリノリの場面なんですが、映画では
あまりにも唐突すぎて、残念ながらひき気味になりました。
これは、スクリーンでは演じる側との一体感がでないから
なんじゃないでしょうか。
やはり、この作品の「熱気」がうまく伝わってこないからなのかなぁ…

と、言うわけで、一定の水準にあるとは思うのですが、
私の場合は四季版の印象が強烈すぎる故にどうしても辛目になりがち。
それから、上映開始後しばらくして退出する人も数人出たくらいなので、
きっとミュージカル免疫があるなしで、評価は極端になりそうな感じも
しました。
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by capricciosam | 2009-02-01 12:07 | 映画 | Comments(0)

法界坊@東京浅草寺境内_平成中村座2008

江戸の昔さながらの「小屋」の雰囲気を味わえる仮設劇場として
平成中村座が浅草で2000年に旗揚げされた時の演目が
今回観劇してきた「法界坊」。
当時は大して関心も湧かず、
「仮設だったら、そのうち北海道に来てくれるといいなぁ~」
と期待した程度。

しかし、昨年のニューヨーク公演の様子が刺激しました。
客席を縦横無尽に走り回ったり、現代の警官が登場したりと
「なんか凄い演出だなぁ…」
そんな様子をTV等で目にするうちに、一度は観てみたいものだ、と。

そんな訳で、足を運んだのは千秋楽前日の昼公演。
場所は浅草寺境内、って言うか、浅草寺の裏。
小屋の前ははとバスの駐車場。
入場を待つお客の中には和服姿の方もちらほら。
後ろのほうの座席でしたが、舞台は近い。定員800人とのこと。

さて、定刻になると主たる役者が紹介アナウンスとともに
次々登場していよいよ芝居が始まります。
舞台構成は
序幕第一場「深川宮本の場」
序幕第二場「八幡裏手の場」
二幕目「三囲土手の場」
(休憩)
大喜利隅田川の場「双面水照月」
と、大きく二部構成です。

なにしろ、法界坊は愛嬌と残忍さの同居するグロテスクな性格
ですから、一種の狂気です。その狂気は最初はなりを潜めていて、
芝居の進行とともに頭をもたげてくる仕掛けになっています。
なにしろ手や足を切られるは、何人も殺されるはで、
とてもじゃないが、歌舞伎という様式の中だから観続けられること。
でも、その複雑怪奇な破戒僧を演じきる勘三郎は見事。
しかも、客席も巻き込んだアドリブも自在に織り交ぜて飽きさせない。

それから、この色と欲では法界坊に劣らない役を演じる
片岡亀蔵と笹野高史のお二人。
「アハハ」と笑いながらも、「うまいもんだ」と感心しきり。
特に、笹野さんは、やはり歌舞伎らしい発声ではありませんが、
舞台の経験が役立っているのでしょうね、違和感なし。
役になりきって、自在な演技を披露してくれます。大健闘。
他の役者の皆さんも達者な演技ですし、意外なところで
黒子が活躍したりで、芝居がまったくだらけません。

休憩後の後半はわずか25分程度なのですが、
ここの芝居の密度は高く、見逃せません。
妖怪と化した法界坊が舞う姿が中心なのですが、
勘三郎のうまさを串田和美の演出がさらに引き出したようで、
息をもつかせぬ見せ場の連続です。

「いよいよラストだなぁ…、NY版のように現代の警官が
飛び出すのかな…」なんて思っていたら、
想像もつかない「あっ」と驚く仕掛けが用意されていました。
NY版をはるかに凌駕する演出だと思います。
「感動!」
思わず身体の中の血が逆流するかのような興奮状態でしたが、
幕が降ろされると、他のみなさんも同様らしく会場中が総立ちです。
私も感動のあまり、歌舞伎ということを忘れ、
ついつい「ブラボー」しちゃいました。
そしたら、なんとつられるように会場のあちこちから「ブラボー」の
声がかかりました。
(ここは「日本一」ぐらいなんでしょうが、まぁ、いいかな…、と。)

これまで歌舞伎は何回か観たことはあるのですが、
歌舞伎と言ってイメージしがちな古典的様式に従った
演目とはひと味もふた味も違います。
極上の娯楽作品との出会いに驚天動地の思いでした。
チャンスがあるならぜひまた観たい作品です。

最後の仕掛けはネタバレすると興ざめになるので書きませんでしたが、
夜ならどうみえるんだろう、ライトアップか、というのがヒントです。
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<蛇足>
平成中村座も法界坊千秋楽を持っていったんお終い。
さて、何年後のどこに、どんな演目で現れるのでしょうか。
「法界坊」だったら、もっとバージョンアップしているでしょうから、
チョーお薦めです。
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by capricciosam | 2008-12-04 20:10 | 舞台 on stage | Comments(0)

太鼓たたいて笛ふいて@東京_紀伊國屋サザンシアター2008

「こまつ座」は座付き作者の井上ひさしさんの
いろいろな作品を上演されていることは知っていたが、
如何せん内容も知らなけりゃ、一度も観たことがなかった。

それで、今度上演されるのが再々演の定評ある舞台だという、
ただそれだけの情報のみ、予習なしで、
「きっと楽しいだろうなぁ~」と勝手に想像して出かけた。
その気持ちは、入場した会場ロビーでも裏切られることはなかった。
主役は大竹しのぶさん。
写真のようにTVで観るタレントたちからご覧のような花、花、花。
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開演に向けて勝手に期待は高まるばかり…

しかし、芝居が始まると滑稽で笑える場面も随所に用意されていたのだが、
決して脳天気に笑っていたという訳ではなかった。
むしろ芝居の進行とともに必死に筋を追って、
真剣に舞台を観ている自分がいた。
昨今のエンタメ化の風潮に知らず知らず浸かっている凡夫には
ちょいと手強い芝居で、自分の日頃の感性のマヒぶりを
試されているかのようだった。

本作品では「放浪記」で有名な作家林芙美子さんの、
戦中の熱烈な戦争賛美が、何度か戦線に従軍するうちに
反戦意識に目覚め、戦後は反戦文学に転じるという、
その両極端に振れた姿が描かれている。
(この事実は有名なのかもしれないが、私は知らない。)
芝居の中で、戦中戦後を飄々として生き抜く三木は
「時代背景」の代弁者として現れる。
そして、彼の言う「戦(いくさ)は儲かるという物語」との言葉は
いまだにそれを全否定できないのが現実ではなかろうか。
しかし、作者は劇中の芙美子に
「それを信じたことは愚かだった」として告白させ、
「あなたたちがどんなつらい、苦しい思いをしたか。書かなくてはね」
と芙美子の決意を語らせる。
これは、もちろん作者自身の決意でもあることは言うまでもない。

ちょうど、言論の自由を都合よく解釈した勇ましい幹部公務員が
文民統制の根幹を揺るがしたばかりだけに、私にはなんとも
絶妙のタイミングであった。
かなり強いメッセージが読み取れる作品ではあったが、
「戯作者」を標榜する井上さんらしく「ニヤッ」とする場面は
随所に用意されているし、音楽劇のスタイルゆえ単調さからも
救われ、おまけに役者の皆さんは達者な方ばかりとあって、
「メッセージ性とエンタメ性のバランスのとれた芝居」
という印象が残った。
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by capricciosam | 2008-12-02 21:10 | 舞台 on stage | Comments(0)

ぶっちぎり落語会@栗山Eki2008

生まれてこの方、落語の実演は一回しか聞いたことがない。
その一回も子供の頃住んでいた田舎で行われたNHKラジオの寄席番組
の公開放送にいったぐらいだから、遠い記憶の彼方に行ってしまっている。
ほぼ未体験と同義と言っても過言ではない。
まあ、全国でも寄席はどのくらいあるのか知らないが、
そんなにあるとは思えないので、実際に落語をきく、という行為を
経験している人は案外少ないのではないか、と思っている。
私も小さい頃から落語はもっぱらTVで親しんできた。
最近はそういう番組も減って、今じゃ「笑点」ぐらいしか思い浮かばない。
その「笑点」も最近はメンバーに世代交代がみられ、中でも
春風亭昇太の明快で切れのある語りには惹かれていた。
今回も春風亭昇太目当てにちょいと遠出ではあったが出かけた。

さて、そんな昇太師匠ですが、今夜の本編は「時そば」
おなじみの古典中の古典。
まず、なんと言っても利口な兄貴とおろかな弟分との会話における
両者の違いが語りの中で明確になっており、時々混ぜる少々伝法な
口のききかたも小気味よい。
錯覚を活かす場面の間のうまさ。一方、形だけまねて、失敗してしまう
弟分の間の悪さ。きっちり描き分けられていて申し分なし。
わずか10分ちょっとの古典であったが、力の片鱗を披露してくれた。

落語によくでてくる利口なナントカと間抜けなナントカの頓珍漢なやりとりは
昇太の前に登場した春風亭昇吉(昇太の弟子)と林家たこ平(正蔵の弟子)
も取り上げていた。開口一番で登場した昇吉は「子ほめ?」をそつなく
演じていたが、語りがやや早口で、まだ登場人物が活き活きとしてくるには
至っていない。次のたこ平はまくらも忘れたようで、いきなり泥棒の親分
子分の話に入ったが、その他の登場人物も含め描き分けというのか、
メリハリというのか、終始笑いが不発で、くすぶった感じで話しが終わって
しまったのは残念。

とりに登場した正蔵師匠は、父親が読んでる「龍馬がゆく」を息子が
無断で持ち出して学校に持っていき、読書の時間で読むはめになったが、
実は中味はポルノ小説だったから、さあ大変、という20分余りのお話を
しましたが、これが実におかしい。想像して笑わせる、という話芸の見本
のようなもので、創作なのでしょうが、きちんと本筋は押さえてあると
感じました。どうも「こぶ平」のイメージが強すぎて、軽くみていましたが、
地元ネタを即興で取り入れて会場をくすぐったりして、オーソドックスでは
あるがツボは押さえてあるという点には感心しきりでした。

昇吉が10分、たこ平が20分、昇太が40分、正蔵が30分。
25分あまりの昇太のまくらが、また笑いっぱなし。
一方の正蔵のまくらは10分。これはまくらの途中で前列にいたお客がひとり
立ち上がって会場を去ったことで中断したようで、ライブの雰囲気というのは
実に微妙なものだ、と改めて感じた。
また、昇太までは客席も明るかったのですが、正蔵の時は暗くするなど
雰囲気を変えていました。あれは演じる側の注文なんでしょうか。
当初予定していた休憩もなかったのですが、楽しいひとときでした。
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<2.2追記>
正蔵の落語は「読書の時間」。有名なのかな…
ググってみると、お二人のぶっちぎり落語会は、昨年道内では
7/9北斗市、10/24根室市、11/1置戸町で開催されていました。
結構いらっしゃっていたんですね。

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by capricciosam | 2008-01-30 23:38 | 舞台 on stage | Comments(0)

「異国の丘」リハーサル見学会・朗読会2006

昨日の「蔵出し」の続きです。
今日はミュージカルのリハーサル見学体験の話です。

劇団四季のミュージカル「異国の丘」が道内巡演した時に
見学会・朗読会が行われ、ひょんなことから開演前の
リハーサルを見学することができました。珍しい体験でした。

この作品は「李香蘭」「南十字星」とともに第二次世界大戦を舞台にした
四季オリジナル作品で、「昭和の歴史三部作」として知られています。
昭和は一言で言えば戦争の時代、と何かで読んだ記憶がありますが、
この三部作も戦争抜きには作りえなかった作品でしょう。
戦争による惨禍の最大の犠牲者は一般国民であることは
これまでも、そしてこれからも変わらないでしょうから、
国民は戦争回避の動きをこれからも支持していくべきなのでしょう。
ただ、単なる戦争反対だけでは、直接的に安全を脅かそうとする勢力
への対抗策としては極めて弱いことも否めないことです。
テロや不穏な隣国を考えると、「戦争と平和」という重いテーマに
真剣に向きあわざるを得ない時代でもあるのでしょう。
ちょっと脱線してしまいました。話を戻します。

会場に一歩足を踏み入れると、もうリハーサルが始まっています。
ステージを見ると、出演者が皆私服で立っています。
ちょうど作品中のいろいろな場面での「立ち位置」の確認を
演出家の指示で次々に行っているところでした。
会場が変わることによる立ち位置の微妙なズレを修正している
のでしょうが、結構てきぱき、あっさりとやっていました。

印象的だったのは、主役を中心とした男性パートが
ひとかたまりとなって歌う場面。
群像の顔を部分的に出させたり、背筋をのばしたりして
全体の修正をかけていくのですが、修正を終えてみると
一群が見事なシンメトリーを成していたのには驚きでした。
後で判ったのですが、これは開幕冒頭のシーンらしく、
この段階の男性合唱による歌だけでもちょっとジーンときました。

また、NYのバーでのダンスシーンも音楽なしで、手拍子だけで
踊っていくのですが、四季のダンス力はさすがです。
それでも演出家の方は部分的にもっとメリハリをつけるよう
ダメ出しをしていました。なるほどグッと良くなります。
演出ってすごいなぁ、と改めて感心しました。

リハーサルが一旦終わった後に役者の方が何人か出てきて、
会場からの質問を受けていました。
そのうちのひとつ「出演する予定はどのくらいまで判っているのか」
との質問には、「せいぜい一週間ぐらい」との答えでしたが、
これは意外でした。その理由が、急遽別なステージに
でたりすることがしょっちゅうあるからなのだそうです。
四季はロングランシステムを大々的にとっていることは有名なので、
たとえダブル、トリプルキャストでも、出演者は割と固定して
腰を据えているのかな、と思っていただけに予想外な答えでした。

最後に「異国の丘」を作るに当たって参考にしたという
体験者や関係者の文章を各出演者が朗読して、見学会は終了しました。
時間にして45分程度の短いものでしたが、
演出することの意義を改めて発見させてもらったと思います。

見学会・朗読会では、進行を勤めた方が最後に、
「このミュージカルは重い内容を扱っていますが、エンターテイメント性
も十分にあるので、ぜひご覧になっていただきたい」ということを
おっしゃっていました。
だいぶ以前に「李香蘭」を観た時も、その扱っているテーマや
素材の重さの割に十分な娯楽性も確保してある作品だなぁ、
と感心した覚えがありますが、今回のリハーサルを見学して、
同様な印象を抱きました。
機会があれば、一度本番を観たいと思ました。
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by capricciosam | 2006-12-22 20:20 | 舞台 on stage | Comments(0)

日本のまつり@札幌ドーム2006

9日に札幌ドームで「日本のまつり」が開かれました。
これだけのイベントはなかなか観られませんので、この手にはほとんど
興味のない私にしては珍しく足を運びました。
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上の写真はドームに入る直前でみた祭りの装束に着替えた親子です。
子供がかわいらしく、気分もぐっと盛り上がります。

第一部は北海道のまつり
江差追分」で始まったのですが、マイクのせいか歌声がこもった感じで、
その魅力が十分伝わらなかったのは惜しかった。
おもしろく、楽しいのが「函館いか踊り
(実は、昔とある結婚祝賀会の余興で一回踊ったことがあるんです(笑))
振り付けはコミカルかつシンプル。
ただ、もうちょっと歌詞をバージョンアップさせてもいいのになぁ…。

第二部は海外のまつり
中国獅子舞と韓国のサムルノリとプンムルベ。
後者の頭につけた長い紐を頭を回してくるくるさせる仕草は歌舞伎の「連獅子」
を連想してしまいましたが、こちらのほうがもっと自在な動きでアクロバティック。

第三部は全国のまつり
大雑把に「静と動」に区分されるように思えました。
静というのは踊り手が抑制された優美な所作で音楽と一体となって
祝いの気分をかもし出している、という程の意味です。
この点で印象深かったのは熊本県「山鹿灯籠まつり
和紙で作られた灯籠を頭に掲げた女性だけが踊るのですが、
暗くした会場に灯籠の光る輪が幻想的でした。
会場でも、この時だけはペンライトが揺れていました。
残念だったのは富山県「越中おわら」。
ドームという大きすぎる空間では胡弓の響きもよくわからずじまいでした。
もっと踊り手の息遣いが聞こえる空間に合うのでしょうね。

動というのは、声も含めた全身の動きで祭りの躍動感をあますところなく表現
しているのですが、完成度から言って徳島県「阿波踊り」は素敵ですね。
鉦、太鼓、三味線、笛の代表的な和楽器が奏でるリズミカルな二拍子は、
聴く人の心をウキウキさせずにはおきません。
そういえば、チンドン屋さんもその点は同じですが、笛がクラリネツトに
置き換わればチンドン屋さんの奏でる音楽と似ているな、とふと思いました。
また、山形県「花笠まつり」にも心魅かれました。
女声による「ハァ~、ヤッショ、マカショ」の合いの手はなんともチャーミングです。
民謡としても「花笠音頭」は聴いてて楽しいですね。
これが老若男女が楽しめるスタンダードなまつりかな、と思いました。
それから秋田県の「竿灯祭り」の妙技には思わず息を呑んでしまいます。
竹竿を継ぎ足していくのですが、高くなるにつれて竹がしのるので、
もう折れるのではないか、とハラハラしてしまいます。

あと、祭囃子に欠かせない太鼓ですが、その魅力を打ち出していたのが、
岩手県の「盛岡さんさ踊り」、秋田県の「なまはげ太鼓」、沖縄県の
全島エイサーまつり」。
さすがに、お腹に響く迫力は力強く、躍動感溢れるものでした。
特に、「なまはげ太鼓」は少人数なのですが、なかなかの迫力で聴かせました。

最後は踊り手全体によるYOSAKOIソーランの「よっちょれ」の大乱舞を
2回やってフィナーレとなりました。
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全国各地の有名なお祭りをダイジェストで観ることができたのですが、
これをイントロとして本場に足を運びたい気分になりました。
まあ、時間的にも、経済的にも無理なんですけれどね。
それにしても4時間座りっぱなしで、お尻が痛かったです(><)
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by capricciosam | 2006-09-10 22:42 | みて楽しむ | Comments(2)

オペラ座の怪人@映画

◆ せつないなぁ、怪人はいずこへ…
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  怪人が失踪して数十年が経ったオペラ座の公開オークション。
  そこで年老いたラウルはかつて怪人が愛でていたオルゴールを
  手に入れ、今は故人となった妻のクリスティーヌの墓を訪ねる。
  その墓地はかつてラウルが怪人と決闘したところ。
  墓にオルゴールをたむけようとすると、そこには黒色のリボン
  を結んだ一輪のバラが…

  全体としては、かつて観た劇団四季の構成とほぼ同じながら、
  このラストは映画版ならではの演出。
  このシーンで、怪人のクリスティーヌへの思いの深さを改めて知り、
  かつまだ生きていたのかと思わせられ、観客は思わずイスに
  座り直すことに。
  さらに、ステージと異なる演出は仮面舞踏会。
  舞踏会はろうそくによる照明らしく全体が黄色い明るさに
  包まれている。
  そこに、登場する男女は白黒のモノトーンのような衣装、小道具
  で統一され、赤い衣装の怪人が登場する不気味さを一層
  引き立たせている。
  この点、劇団四季の演出はまったく逆で、この場面が一番色彩に
  あふれ、怪人もこの色彩に同化した中で登場する。
  コントラストが大きい分、観客の感情の振れ幅も大きくなる、
  というものか。この場面の演出は映画にうまさを感じる。
  
  しかし、冒頭のシャンデリアから時代が遡る演出や、地底湖の中を
  怪人がクリスティーヌを連れて船を操る幻想的なシーンは四季版に
  うまさを感じるのだが、映画ならではの演出も随所にある。
  特に、バラ。
  劇場版でも重要な役割だったのだろうが、印象が薄い。
  この点、映画ではクローズアップを多様して怪人の思いを表す
  象徴的な役割を効果的に果たしているように感じた。
  展開のメリハリとかスムーズさは四季版に一日の長がある、
  と思うが、出来としては結構互角に近いか。
 
  でも、なんといってもA・ロイド・ウェーバーの「音楽」。
  映画では少々ロマン派風のアレンジだったが、それでも曲本来の
  力はいささかも損なわれることなく観る者の胸に迫ってくる。
  「オペラ座の怪人」と言えば、A・ロイド・ウェーバーというくらい、
  原作者以上の結びつきになっているのは、この魅力的な曲に
  よるのだろう。これは映画でも変わらない。
    
  でも、せつないなぁ。怪人の思いを想像すると…
  もちろんせつなさが怪人の境遇に由来するところもあるのだが、
  ・恋をする
  ・人を好きになる
  これを経験した人にこそ、この作品の良さがしみじみとわかるん
  じゃないのか、とこの作品に触れるたび思っててしまうのは、
  私だけだろうか。
  きちんとツボを押さえて上質な作品に仕上げてあるのは、
  好感が持てる。

  なんてことを観ながら思い浮かべて、ふと隣に座ったかみさんの
  横顔をみる。真剣にスクリーンに魅入っている。
  終わって感想を聞いてみると、かみさんも満足だったようで、
  いっときイイ時間を共有できたようだ。
  
  ところで、パンフレット写真にひとつ明らかな間違いがある。
  答えはすぐにみつかると思うが、気になる方は映画館に
  足を運んでみてはどうか。

  追:サーバー不調により画像がアップできないので、写真は後で。
  
  追追:ようやく復旧できたようです。やれやれ。
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by capricciosam | 2005-02-02 19:36 | 映画 | Comments(0)