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さようなら、岩谷時子さん

やや旧聞に属するが、やはり書いておきたい。
これまで色々な歌謡曲に親しみましたが、岩谷さんの詩の世界は
清潔でおしゃれな雰囲気が感じられて、格別なものでした。
きっと小生の世代よりは上の世代の方が慣れ親しんだとは思うのですが、
ませた小生も岩谷さんの詩には随分惹き付けられたものです。
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越路吹雪さんとの一心同体のような歩みは特に有名ですが、
「愛の賛歌」の訳詞やザ・ピーナツ、加山雄三さんの数々のヒット曲の作詞。
中でも、岩谷さんの詩の中で印象的だったのは岸洋子さんの「夜明けの歌」。
岸さんの落ち着いた声でゆったりと歌われた、この曲は
詩と曲がマッチした名曲のひとつだと思います。

最近はまったくお名前を耳にすることはなかったのですが、97歳とは随分長命でした。
どうぞ、安らかにお眠りください。
岩谷時子さんのご冥福をお祈りいたします。
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by capricciosam | 2013-11-01 23:58 | 時の移ろい | Comments(0)

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まずは、除雪のことから。
一昨日の吹雪で荒れた夜が去ったら、翌朝には青空と多目の雪が残っていました。
空を見ると気分は良いのですが、新聞配達の人の足跡を見ると、
少し気合いを入れて除雪をしなければならないようです。
それで、日も高くなり出してからのそのそと身体を動かしたのですが、
締まった重い雪なので、除雪はなかなかはかどりません。
まぁ、身体が鈍っているだけなのですが…
結局、昨日は日中除雪をやっていて日が暮れました。

さて、先日エサ=ペッカ・サロネン指揮フィルハーモニア管弦楽団の演奏会に
行ってきたことは記事にしたとおりなのですが、実は今年初のライブ。
お目当ての「春の祭典」も気がつけば100人以上の団員がステージに展開していて
びっくりしたことは、記事に書いたとおりなのですが、人数は130人!だったそうです。
規模だけでなく、演奏のうまさにおいても今回を凌駕する「ハルサイ」は
小生的には当分なさそうです。

その前に演奏されたベートーヴェンの交響曲第7番にも驚きました。
トランペットとティパニがバロック風に見えた以外はモダン楽器の構成は、
1999年Kitaraに来演したD・ジンマン指揮チューリヒ・トーンハレ管とよく似ているのですが、
このやり方も定着したようで、今回のほうがより違和感がありません。
サロネンの指揮がオケをあおるせいか、第4楽章の快速ぶりは小生の体験では最速。
しかも、アンサンブルにいささかも乱れを感じさせないのだから、なんともエキサイティング!!
きっと同様の感想を持たれた人も一人や二人ではないはずだ、との思いから
ふと、いつものPC検索ではなくツイッターで検索してみると、ありました、ありました。
御同様の感想を投稿されている人が結構いらっしゃるではありませんか。
眺めているうちに、ついつい初のリツイートの連発をしていました。
演奏会に行かれた他の人の感想を知るにはツイッターが便利だな、と改めて認識しました。

2/2岩国市からスタートした日本ツアーも2/10東京でラスト。
ぜひ、また来札してもらいたいものです。

<2.10追記>
フィルハーモニア管のHPに今回のツアーの団員ブログがありました。
札幌についてはつぎのような記述が残されていました。

2/4記
「So. Sapporo! Snow. Lots. Superbowl Breakfast, 109-yard touchdown,
brilliant Baltimore. Go Ravens! Celebrate? Sapporo Beer Museum! Lunch.
Walk to hall - snowy. Rite of Spring - sensational. Soupy ramen noodles.
Snow sculptures - enormous. Blizzard - snowy. Bed.」

2/5記
「 We were quite sorry to be leaving Sapporo, with its fantastic hall,
great beer and frankly awesome snow.(略)」

書かれた団員の方はアメフトに関心があったようです。
小生も観ましたが、あのタッチダウンは凄い!
演奏会当日は雪まつり初日。札幌ビール博物館、雪祭り、ラーメンと観光の定番を
体験されたようですが、中でもKitara、ビール、雪(よく降っていましたからね)が
印象に残ったようですね。


最後に、訃報をひとつ。

「ジェームズ・デプリーストさん(米国の指揮者)8日、心臓発作による合併症のため
米アリゾナ州スコッツデールの自宅で死去、76歳。フィラデルフィア生まれ。
黒人指揮者の草分け的存在。1962年にポリオを患い歩行困難となったが、
車いすで指揮を続けた。2005年に米国民芸術勲章を受章、
05~08年に東京都交響楽団の常任指揮者を務めた。
人気漫画「のだめカンタービレ」にも実名で登場している。」
(以上、朝日2/9より引用)

都響の常任指揮者当時に都響が来札して演奏会を開いてくれたのですが、
指揮者は金聖響さんでしたから、実演には接していません。
でも、「のだめ」に出ていたことは知っていましたし、所有CDも探すと2枚ありました。
どちらもラフマニノフで一枚は都響を指揮したもの。
でも、今回は長く音楽監督を務めたオレゴン響とのものを聴きながら
この記事を書いていました。はったりとは無縁なまっとうな演奏です。合掌。
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by capricciosam | 2013-02-10 22:20 | 時の移ろい | Comments(0)

去る二題

寒気にともなう前線の南下で週末は大荒れの予報でしたが、
幸い昨日、今日とたいして雪も降りませんでした。
でも、厚い雲に覆われているせいか日中でも「冷蔵庫」状態です。
こういう時は、結構底冷えするんで、家の中でも大変なんですよね。
まったく、この冬の寒気はしぶといなぁ…(あきらめ)

さて、記事も更新しないうちに1月も去りつつあります。
2月になれば、プロ野球はキャンプイン、
というこのタイミングで、ファイターズファンには思わず耳を疑うようなトレード話が。

「プロ野球の北海道日本ハムは23日、糸井嘉男外野手(31)と八木智哉投手(29)の
2選手と、オリックスの木佐貫洋投手(32)、大引啓次内野手(28)、赤田将吾外野手(32)の
3選手を交換トレードすることで合意した、と発表した。」
(以上、道新1/23より引用)

1/24のラジオで、トレード通告に室外で立ち会われ、通告後に糸井選手と二人で話された
という球団の職員の方がこの件に関して発言されているのを耳にしました。
質問に答える形だったのですが、かなり発言には注意されている気配でした。
実際、しゃべりづらかっただろうと同情しましたが、
その中でやや強い口調で言った次のような言葉が印象に残りました。
正確にはおぼえていないのですが、

「これからは社会人として自分の言葉ではっきりと自らの考えを述べていくべきだ。」

というようなことでした。

昨年の最初の契約交渉を保留し、次の交渉には代理人を立てたようですが、
球団としてトレードもやむなしと判断した背景には、
①今シーズンオフにはポスティングによるメジャー行き
②これがかなわないのなら他球団へのトレード
という糸井選手側の要求がトリガーとなったとの報道がありますね。

ただ、先の職員の方の発言から推定すると、①②あたりは、
糸井選手が自分の言葉できちっと球団に説明仕切れていない感じを受けました。
ひょっとすると、代理人の交渉上の駆け引きの言葉が
糸井選手本人の意図を離れてしまったのかもしれません。
だとすると、先の職員の方の発言も合点がいくのですが、
まぁ、当事者がこの点について語ることはもうないのでしょう。
ですから、これはまったくの小生の推論の域をでません。
でも、説明不足が球団の不信を生み、瓢箪から駒になったようなら、
トレードは糸井選手にとっては本意ではなかったことは確かでしょうね。

札幌ドームで観戦していても糸井選手のレプリカユニフォームを着ている方は
結構目に付きましたから、応援されていたファンも多かったとは思うのですが、
ファンも心機一転して、あの愛されるキャラクターでオリックスでも活躍してくれることを
期待してあげましょう。

と、ここまで書いて昨日は外出してしまったので、その続きを明け方に書いています。

昨夜はオリックスで糸井選手、八木選手の入団発表がありました。
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「糸井嘉男外野手(31)は26日、ほっと神戸で入団会見し「トレードは驚いた。
最初は(日本ハムの選手やファンと)別れるのがつらいと思った。
ゼロだった僕をここまでの選手にしてくださったので…」と声を詰まらせた。」
(1/26スポニチより引用)

こういう人柄だから、札幌ドームでファイターズと対戦する時は、
きっと「よしおー!!」という、これまでと変わらぬ声援がファイターズファンからも
かけられると思います。

さて、糸井選手は「去った」のですが、もちろん生きて活躍してくれることでしょう。
次に紹介するのはこの世でかつて活躍していた人が「去った」という訃報です。

「高田 文之(たかだ ふみゆき、生年月日未確認 - 2013年1月24日遺体確認)は、
北海道を中心に活動していたローカルタレント・歌手。本名での活動も一部行っていたが、
一般的には愛称「Mr.デーブマン(ミスターデーブマン)」が知られている。(略)
2013年1月24日、札幌市の自宅で脳梗塞により死亡しているのを、
訪ねてきた知人により発見された。享年66。」
(Wikipediaより引用)

1970年代半ば、当時のHBCラジオで夕方放送されていた「ベストテン北海道」では
「4時になったら、よーじいくぞ、ベストテンほっかいどう!!」
なんて、いまからみたら親父ギャグと一蹴されそうなダジャレでスタートしていました。
と言えば、思い出される道内在住者の世代の方も多いのではないでしょうか。
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この番組のパーソナリティがMr.デーブマン。
小生はリクエストは書いたことはないのですが、
彼が番組を降りてからしばらくして、地下鉄東西線の車内で偶然お会いして、
挨拶を返してもらったことがありました。
あのコロッとした体型で、少しはにかみながら微笑んでくれたMr.デーブマン。
当時は凄い人気だったんでしょうから、最後が孤独死だったなんて
その差の大きさには声を失いました。

Mr.デーブマンのご冥福を心からお祈りいたします。
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by capricciosam | 2013-01-26 14:10 | 時の移ろい | Comments(0)

さようなら、中村勘三郎さん

今朝起き出して、まだぼんやりとしている状態でTVをながめていたら、
速報が飛び込んできた。何事!?と思ったら、ベラボーな訃報だった。

「古典から新作まで幅広く活躍し、人気を集めた歌舞伎俳優の中村勘三郎
(本名波野哲明=なみの・のりあき)さんが5日午前2時33分、
急性呼吸窮迫症候群(ARDS)のため東京都文京区の病院で死去した。57歳だった。」
(以上、時事通信12/5付けより引用)

一気に醒めたのは言うまでもない。
ご遺族の方が報道各社に宛てた文章が写し出されていたのですが、
そこには「癌晴って」の見慣れぬ文字が。誤字かと思ったのですが、

「妻の波野好江さん、息子の勘九郎、七之助の連名で出された死去を知らせる
「皆様へ」と題した文章に、闘病生活を「癌晴って参りました」というくだりがある。
一見すると誤字に思えてしまうが、これは勘三郎さんの造語と言われる。
「癌を晴らす」「癌がなくなって晴れ晴れ」するために“頑張る”といった意味のようだ。」
(東スポ12/5付けより引用)

そうだったんですね。
食道ガンの手術は成功したというのに、肺炎という伏兵にやられるとはなぁ…。

ここ数年、入退院を繰り返していたようですが、よもや不帰の人となろうとは想定外です。
個人的には、2008年に浅草寺境内の平成中村座で実演を観たっきりです。
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法界坊。あの破戒僧をもう一度観たいと思っていましたが、残念です。
当意即妙なサービス精神に溢れながらも真っ当な芸を演じきるという
その姿にいっぺんにファンとなりました。
実にうまい役者さんでしたね。
しかし、芸道の長さを考えると、57歳なんて、まだまだ道半ば。
60代、70代と年を経て円熟していくであろう勘三郎丈の芸を観ること能わず、
となったことは、歌舞伎界のためにもつくづく惜しいと思います。

中村勘三郎さんのご冥福を心からお祈りいたします。
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by capricciosam | 2012-12-05 23:53 | 時の移ろい | Comments(2)

さようなら、アンディ・ウィリアムスさん

米ポピュラー音楽を代表する歌手で、「ムーン・リバー」「酒とバラの日々」などの
ヒットで知られるアンディ・ウィリアムスさんが25日、米ミズーリ州の自宅で死去した。
84歳だった。昨年に膀胱(ぼうこう)がんを公表し、治療を続けていた。
(以上、朝日新聞9/27より引用)

最近は早々に就寝すると、早朝に目覚めることがよくあります。
今朝もそんな一日の始まりでしたが、 この訃報には驚いて、
一気に目が醒めてしまいました。
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写真はコンパクト盤という4曲入りのドーナツ盤。
うん!?こういう言い方は正しくないか。
2曲入りのドーナツ盤サイズなのに、なんと4曲も入って、ちょいとお得。
ただし、値段もドーナツ盤よりちょいと高い。
まぁ、LP盤なんて高嶺の花の子供としては、ちょいと張り込んだ買い物です。
収録されているのは「ムーン・リバー」「モア」「酒とバラの日々」「恋はリズムにのせて」。
もう代表曲ばかり。飽きもせず、繰り返し聞き込みました。
どの曲も彼の少しくぐもった歌声が、柔らかく耳に響き大好きでした。

彼のオフィシャルサイトのnewsには

「WE WILL MISS YOU ANDY!​
Thanks for the 75 amazing years of entertainment!」

と簡潔に彼の死を惜しんでいますが、同感です。
アンディ・ウィリアムスさんのご冥福を心からお祈りいたします。
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by capricciosam | 2012-09-27 23:30 | 時の移ろい | Comments(0)

さようなら尾崎紀世彦さん

「ヒット曲「また逢う日まで」などで知られる歌手、尾崎紀世彦さんが
31日午前0時5分、がんのため東京都港区の病院で死去した。
69歳。神奈川県出身。」
(以上、北海道新聞6/1より引用)

最近、長期に渡って消息不明との報道があり、少し心配だったのですが、
いつかあの歌声が聴けると思っていましたから、正直ちょっとショックです。

例え、作詞阿久悠、作曲筒美京平という当時の流行歌のヒットメーカーの
手によるものだったとしても、艶歌中心の中では、「また逢う日まで」を
あの豊かな声量で力強く歌い上げる様は、ひときわ輝いて見えたものです。
最近は、なつメロ番組で「また逢う日まで」を元気に歌っていらっしゃると、
こちらも当時に戻った気がしてホッとしたものでしたが、もう生きて聴くことは
かなわなくなったとは、残念です。
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写真のCDを聴きながらこれを書いていますが、これは2年前に近所のスーパーで
買ったものでした。尾崎さんのベスト盤が聴きたくて探していたのですが、
案外見あたらなくて、とうとう見つけたという気分で手にしたことを覚えています。

尾崎紀世彦さんのご冥福をお祈りいたします。
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by capricciosam | 2012-06-02 05:27 | 時の移ろい | Comments(0)

あっしも、そろそろ‥

ブログを書き始めてかなり経ちました。
次第に記事の更新間隔も空き、内容もマンネリ化。
ふと、振りかえると同じ頃スタートした皆様も次々と更新を停止されている‥
はぁ~、そろそろ限界か‥‥
そうだね、小生もこの辺で‥‥‥

とは、まだなりません(キッパリ!!)。

「やだね、このオヤジ。限界を知らないなんて、往生際が悪すぎる。」

なんて、陰口も聞こえてきそうですが、もともと心の移ろいを気ままに書き散らす
というつもりなので、生きてる限り、それなりに心の移ろいはあるでしょうから、
指向は多少変われど書くネタはそれなりにある、という気楽な構えです。
従って、素人の駄文は今日も行く、じゃなくて書く、か。

しかし、プロと呼ばれる人の作品は、こんなオジサンの戯言と比較するのも僭越というものです。
そりゃ、戯れにオケの演奏会の感想めいたものを書いたりしますが、所詮、個人的な感想どまり。
素人が音を言葉に置き換えることの難しさもあり、その演奏の深みや普遍性に触れる
なんてところまでは、とてもじゃないが到達できるものではありません。
ところが、音楽批評として生業にしている人たちがいる訳ですから世間は広い。
先日、クラシックの分野では断トツな存在だった方が亡くなられました。

「日本で初めて本格的なクラシック音楽批評の方法を確立した音楽評論家で、
文化勲章受章者の吉田秀和(よしだ・ひでかず)さんが、22日午後9時、
急性心不全のため神奈川県鎌倉市の自宅で死去した。98歳だった。」
(以上、朝日新聞5/27から引用)

吉田さんの文章をきちんと読んだことはないのですが、
それでもたまに斜め読みすると、訥々とした語り口から的確な指摘と広範な
知のバックグラウンドを感じて、唸ってしまうことが多かったですね。

中でも、かつて崇められていたウラディミール・ホロビッツが現役復帰して
来日した時の演奏を巡る指摘はとても印象に残りました。
当時、小生も興味津々でTVを見ていたのですが、残念ながら素人目にも明らかな
ミスタッチと音のあいまいさが歴然としており、「?」マークと失望感が残ったものです。
「やはり、引退した人だったな」と。
それを、吉田さんは「ひびの入った骨董品」と喝破した訳です。
もう、お見事の一言でした。

「凄いな、この人」

さっき検索してみたら、膨大な著作が残されたようです。
一冊も読んだことがないのが少しくやしいので、
今更ながらですが、少し読んでみることにします。

吉田秀和さんのご冥福をお祈りいたします。
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by capricciosam | 2012-05-28 22:30 | 時の移ろい | Comments(0)

続いちまったよ‥③

国内では25年ぶりに観測できるという「金環蝕」(「金環日食」と言うようですが)、
ご覧になりましたか?
えっ、私ですか?
ええ~、もちろんですとも、しっかり起きましたよ。
そして、日食開始時間には玄関を出てみました。
しかし、東を向けども太陽のあるべき位置には雲ばかり。
厚い雲にはばまれてはあきらめざるを得ません。
早々に家の中にひっこみました。はぁ‥

家に入ってTVを観ていたら、道内ローカルでは、見える、見えない調査をリアルタイムで
やっていましたが、折悪しく雲が邪魔しているようで、札幌市内でも半々ぐらいでしたね。
結局、見ないままで終わってしまうのか、と思ったら、
出勤途中に雲の切れ間からピークを過ぎた状態をチラッと見ることができました。
(直接観ないように言われているのにねぇ~)

次に国内で見られるのは、18年後に北海道だけ、そして広範囲に見られるのは300年後。
300年後は逆立ちしても無理なので、やはり18年後に期待しますか。
ただし、健康で生きていればという条件付きになるのが、なんとも心もとないですなぁ‥

さて、またまた気になる訃報が続きます。

「ポップグループ「ビージーズ」の歌手、ロビン・ギブさんが20日、死去した。
62歳。結腸と肝臓にがんを患い、闘病中だった。」
(以上、朝日新聞5/21付けより引用)
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やはり映画「サタデー・ナイト・フィーバー」の一連の曲が強烈に残ります。
これらの曲は単にディスコミュージックというジャンルにはとどまらず
時空を越えて愛される曲だと思います。
(ちょっと肩に力が入ってしまいました。まぁ、単に小生が好きなだけなんですけれどね)
双子のモーリスは2003年にすでに亡くなっているので、
とうとう長兄のバリーのみになってしまいました。
合掌。
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by capricciosam | 2012-05-21 23:39 | 時の移ろい | Comments(0)

続いちまったよ‥②

5月は屋外作業の季節でもあるのですが、
先の日曜日とこの度の土日で、ようやく一段落。
たいしたことはしていないのですが、やはり段取り含めて
忘れていることも多々あり、それなりに時間はかかります。

しかし、この土日は好天に恵まれ助かりました。
休日ガーデナーとしては平日が使えない分、作業時期の休日の天気は
どうしても気になりますし、作業に与える影響も大きいのです。

ところで、今はチューリップ、ムスカリ、スイセンが庭を彩っていて、
手入れもろくにしていない、いい加減な庭ですが、ようやく命の躍動を感じることが
できるようになりました。
ホント、花が咲く景色というのは、いつ見ても心和むものです。

庭で作業していたら、風に乗って、どこかから若者の歌声が聞こえてきます。
どうやら、近くで屋外イベントがあったようです。
歌声と言っても、今風の絶叫調です。
まあ、歌っている本人は気持ちよいのでしょうけどね‥

ところで、歌声というと、気になる訃報というやつはこうも続くものなのでしょうか。

「ドイツの世界的なバリトン歌手ディートリヒ・フィッシャーディースカウ氏が18日、
南部ミュンヘン近郊の自宅で死去した。86歳。(略)歌詞の深い解釈に基づく
豊かな表現力で知られ「百年に一人の歌手」と呼ばれた。1925年、ベルリン生まれ。
47年から歌手として活動を始めた。シューベルトの歌曲を数多く録音し、
「冬の旅」は傑作中の傑作と絶賛された。
マーラーなどの歌曲のほか、バッハの宗教曲も録音し高い評価を得た。」
(以上、北海道新聞5/19付けより引用)

既に現役を引退されて久しい方ですが、CDに残された歌曲での評価では
依然トップクラスのものが多かったように思います。
それで、氏の歌声を聞くことができる所有CDを探してみたら何枚かありました。
でも、氏の歌うドイツ歌曲はゼロ。
この分野、もう少しチャレンジしておけば良かったと後悔していますが、
J・S・バッハ、ブラームス、マーラーの声楽曲では、なんとか耳にしていたようです。
(まだまだ聴くべき曲が山のようにあると考えたら、幸せなことなのでしょうが‥)
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それで、この記事を書きながら久しぶりに写真のCDを聴いています。
氏が44歳の時の歌声で、のびやかで深い響きの歌声を聴かせてくれます。
こんなのを聴いてしまうと、生で聴きたかったなぁ‥。合掌。
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by capricciosam | 2012-05-20 22:56 | 時の移ろい | Comments(0)

さようなら、ドナ・サマー

今朝は天気も良いし、その上、久しぶりに長引いた風邪もようやく収まった
ようで、一段と清々しい朝だったのですが、TVで思わぬニュースを見て
心は沈みました。

「1970~80年代に多くのディスコミュージックをヒットさせ「ディスコの女王」と
呼ばれた米女性歌手ドナ・サマーさんが17日、フロリダ州の別宅で、
がんのため死去した。63歳だった。」
(以上、スポニチ・アネックス5/18より引用)

別にディスコで踊っていた訳ではないのですが、ディスコミュージックという先入観抜きでも
彼女の深々としてパワフルな歌声には、時を越えて魅力がありました。
それで、自分に活を入れたい時などには、時折CDを引っ張り出しては聴いて
元気をもらっていました。
そして、これからも、きっと聴くことでしょう。

63歳とは、早すぎました。
ドナ・サマーさんのご冥福をお祈りいたします。
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by capricciosam | 2012-05-18 23:24 | 時の移ろい | Comments(0)