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思い出のジャズピアニスト逝く

JAZZに関心はあれど、とっかかりが見つからずにいた十代。
その頃TVで、来日したピアノトリオの演奏を聴いて、一気に
引き寄せられた経験があった。
そのトリオの名は「オスカー・ピーターソン・トリオ」
特に、オスカー・ピーターソンのスウング感あふれる、
華やかなタッチのピアノ演奏には目が釘付けになった。
思えば私的JAZZ入門のお一人でしたね。

訃報によれば82歳だった。随分長生きされたんだなぁ、と思ったら
1993年に脳卒中で左手が不自由になり、片手で演奏されていた
のだとか。運命はいじわるなことをする。
ご冥福をお祈りいたします。
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by capricciosam | 2007-12-25 23:11 | 時の移ろい | Comments(0)

さようなら、パヴァロッティ

2006年2月のトリノオリンピック。
日本のメダルは金ひとつ、と大選手団にもかかわらず惨敗となった大会。
唯一の金はフィギュアスケートの荒川静香さん。
今でも、歌劇「トゥーランドット」のメロディとイナバウアーが脳裏に蘇る。

この大会で印象深い歌劇「トゥーランドット」がもうひとつ。
それは開会式。
イタリアらしい歴史と陽気さの感じる、ややとりとめもない演出で、
「そろそろ飽きてきたなぁ…」
と思っていたら、ステージの幕が開いて、そこにはパヴァロッティが。
ざわついていたスタジアムが一瞬静まりかえる中、曲が流れ
「誰も寝てはならぬ」を彼が余裕たっぷりに熱唱してくれて
開会式をしっかりと締めてくれたのを思い出す。
この時は「さすが、パヴァロッティだ」とうなったものだが、
今日訃報に接してみると、この数ヶ月後には手術をしているのだから、
三大テノール当時のような元気な姿と歌声を聴くことができたのは、
幸運と言わなければならないだろう。

それにつけてもこの10月で72歳なのだから、少々早すぎた。
これで「音符は読めないけれど、紛う方なき天才歌手」がまたひとり逝った訳だが、
もうアノのびやかなテノールを聴くことができなくなったとは残念至極。
ご冥福を祈ります。
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by capricciosam | 2007-09-06 21:47 | 音楽 | Comments(2)

別れの時

先日送別会があった。
退職される方のうちおひとりは定年までかなりの余力を残しての
退職であった。お疲れ様でした、お世話になりました、との
ねぎらいの言葉に加えて、つい言ってしまったのが、
「いや~、うらやましい」
これは本心からでた言葉。
思ってもできないことを実行しただけでも大したもの。
やれそうで、簡単にはやれない。

何年か前に大橋巨泉の著書がベストセラーとなったが、
その中でリタイアする時を60歳よりも早く設定して仕事に励んだ
というような内容を書いていて、ちょっとショックをうけたことがあった。
勤め人的思考にどっぷり漬かっていて、このまま定年まで働いて…
なんてことしか考えていなかっただけに、巨泉の着眼と実行力に
素直に脱帽してしまったのだ。
そんなことが頭の片隅にずっとあったせいか、身近なところで
余力を残してリタイアした人がでたことで、思い出してしまった。
「人生いろいろ」なことはいまさらなのだが、仕事を通じては
型にはまらない生き方を目にする機会が少なかっただけに
いつも感じる寂しさとは別にちょっと心揺さぶられる思いが残った。

別れといえば、植木等さんが亡くなられた。
幼い頃父の職場の宴会で、調子に乗ってスーダラ節をやったことがある。
大人たちには大いに受けたが、ちょっと恥ずかしかった思い出だ。
植木等さんと言えば、当時の思い出がフラッシュバックする。
青島幸男さんもそうだったが、「無責任」に代表される独特の世界を
残していかれた。日本人の建前を揶揄していたような痛快さにも
思えるが、一方では本質をついていたのか、とも感じる。
冥福をお祈りしたい。合掌。

今日は穏やかな早春の好日でした。
散歩していたら、途中の家の庭で福寿草が咲いていました。
鮮やかな黄色は春を迎えた喜びを表しているかのようです。
雪が解けた早春の地面を見て、真っ先に生命の息吹を感じさせるのは
ふきのとうと福寿草でしょうね。
こんどはふきのとうがみたいなぁ。
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by capricciosam | 2007-03-31 16:48 | 時の移ろい | Comments(2)

奇跡のりんご作り

年末も押し詰まったこの時期に、時の流れを感じる訃報が。

◆青島幸男さん
 政治家として見れば、都知事時代の失速ぶりは痛々しく、
 晩年はその輝きを失っていたように感じました。
 でも、タレント(放送作家)としての活躍は「無責任」に代表されるように
 他に類を見ない、独特のものがあったと思っています。
 青島さんは江戸っ子だったようですが、同年代の
 前田武彦(知っている人も少ないかな!?)さんが
 「最近は全国で大阪弁が幅をきかせているが、
 昔はちゃきちゃきの江戸弁が幅をきかせていたんだ」
 と言って追憶していましたが、確かに、そんな気がしますね。

◆岸田今日子さん
 TVや映画で拝見するだけでしたが、独特の存在感があって、
 演技もお上手な方でしたねぇ。
 あの独特の語り口が印象深いのですが、
 「おぉ~おくは、…」とか「イ〇ナ、私は美しい」のナレーションが蘇ります。

さて、今年も振り返ってみると、書き残した事もチラホラ思い浮かび
ますので、「蔵出し」としていくつか書いてみます。
今日は、ひと月前くらいのNHK「プロフェッショナル」に出演されていた
りんご農家の木村秋則さん。

木村さんは「無肥料無農薬」でりんごを作られているとのことです。
家庭でくだものを作られた経験がある方はおわかりでしょうが、
無肥料無農薬では、とても満足なくだものは作れません。
それが病気や虫の被害をほとんど受けずに作り、
しかもおいしいと評判になっているらしいのです。
きっかけは、農薬に弱い奥さんの身体を気遣ってトライした
とのことですが、何年も実がならずに行き詰まり、
とうとう自殺を考えて山へ。ふと見ると、肥料も施されていない
どんぐりが、病気にもならず、虫にも食われずに実をつけている。
鈴木さんが不思議に思って木の地面を掘ってみると、
フワフワの柔らかい土だった、というのです。
「これだっ」
ひらめきを得て、死のうとしていたことも忘れ、
さっき来た山道を急いで駆け下りたそうです。
そして、「りんごの木が生きるのをお手伝いする」という
気持ちで、りんごの木が生きやすい土づくりから取り組み、
ようやくこの段階に達したそうです。

番組の中で、ものすごく萎びた半分に割ったりんごが紹介されて
いました。もう2年になるというのにカビも生えておらず、それどころか
かすかによい香りがするのだそうです。
常識では考えられないことです。
木村さん曰く
「自然は腐らないんですね。枯れていくんです。」

俄には信じられないものを見た思いがいまだに持続しています。
この話は司会をされた茂木健一郎さんのブログが熱いです。
11月3日の記事をご覧ください。
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by capricciosam | 2006-12-21 21:34 | 時の移ろい | Comments(4)

さようならポール・モーリアさん

昨夜寝ようか、という時に訃報を知って、急遽書いたのですが、
どういう訳か途中からネット接続が中断され、記事をアップできずじまい。
今朝も一時間ばかり格闘していたら、急に繋がりました。どうなってんの?

ところで、ポール・モーリアさんですが、日本ではイージー・リスニング
という分野で真っ先に想像される方ではないでしょうか。
最も、最近は「イージー・リスニング」という言葉も死語に近いような…。
しかし、振り返ってみると、名曲をいろいろ残してくださいました。
「恋はみずいろ」「涙のトッカータ」「エーゲ海の真珠」…
「オリーブの首飾り」はマジックのBGMには欠かせない曲ですね。
もうご自身が来日しての演奏はできない、とアナウンスされた時、
相当衰弱されているのだなぁ、と心配だったのですが、とても残念です。
心からご冥福をお祈りいたします。

写真はうん十年前に手に入れたレコードです。ドーナッツ盤の大きさに
33回転で5曲入った、当時としてはちょっぴりお得な感じのものです。
繰り返しよく聴きました。
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by capricciosam | 2006-11-05 00:00 | 音楽 | Comments(4)

さようなら岩城宏之さん

岩城宏之さんが亡くなられました。

最近演奏会をドタキャンされた報道がありましたので、
チラっと心配になったのですが、残念な結果となりました。

その死を悼む声があちこちで上がっていますが、
経歴紹介も含めて東京や金沢中心の活躍が主で、
十年以上の長きに渡り札響正指揮者、音楽監督として
札響の発展に寄与した
ことがほとんど抜けています。
オール武満プロの定期演奏会をやったり、映画「乱」の音楽を
録音したり、と意欲的に活動していました。
私も札響を強く意識したのは岩城さんが就任してからでした。
とは言っても、このコンビでの演奏会を聞く機会は、
どういうわけかありませんでした。
現在は桂冠指揮者としてたまに定期を振っていたようですが、
ラストチャンスとなった昨年も、ちょっと逡巡しましたが、
「まだ大丈夫」だろうと高をくくってパスしたため、
永遠にその機会は失われました。
また、以前メルボルン響を率いて来道した時も祖父が死んで
行けなくなり、やむなくキャンセルしました。
(アルプス交響曲、聴きたかったなぁ。)

それでも、一回だけ実演に接したことがありました。
以前のブログでも書いたのですが、
Kitaraオープン時のOEKとの演奏会です。
この時のシチェドリン編のカルメンとアンコールは絶品でした。
打楽器のおもしろさ。
人体も打楽器になる。
打つという行為は音楽を楽しむ原点なのだな、と
改めて認識した印象深い演奏会でした。

数多くのエッセイを出されていますが、そのうちの一冊の
「オーケストラの職人たち」に岩城さんはこう書かれています。

「準備万端整うのを待っていたら何事もできないから、
 まず決行するのが、ぼくの主義である。」
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このあたりの心意気が転移したガンと戦いながらの
大晦日のベートーヴェン交響曲のフル(振る)マラソン
あたりに現れていたのでしょう。
2回で終わってしまいましたが、まだまだ挑戦してもらいたかったな、
という気持ちが残りますね。

ご冥福をお祈りいたします。
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by capricciosam | 2006-06-14 00:50 | 時の移ろい | Comments(4)

オバQ

連休明けらしく仕事が錯綜して、慌ただしい一日でした。
さっきようやく夕食を食べてホッとしていたら、ついウトウト。
久しぶりなので身体がなじまず、疲れがでたようです。
早々に寝ます。

ところで今朝、オバQの声をやっていた曽我町子さんが
亡くなったとのニュースに接し、驚くとともにとても
懐かしくなりました。
当時の子供はオバQなくして生活できないのでは、
という位の超人気者でした。
今でいうならさしずめドラエモンですね。
ところが、最近の私にはオバQもドラエモンも声が
ごっちゃになり、オバQを見ても大山のぶ代さんの声が
聞こえてしまうくらいでした。年ですねぇ。
ましてや声優の方はほとんど意識下に埋もれていました。
それでも健在でいらっしゃったことでホッとしたものの、
病死で発見が遅れたことはやはり残念でした。
ご冥福をお祈りいたします。
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by capricciosam | 2006-05-08 21:47 | 時の移ろい | Comments(0)

春嵐&WBC&宮川泰さん

この2日間は時ならぬ春の雪。
3月は必ず冬将軍の最後のひと暴れがありますから
春の前の吉例、と思えばいいんですが、
それにしても横殴りの強風はいただけません。
先日書いた足下に地面が見えてきたバードテーブルのまわりも
すっかり冬景色に逆戻りです。
でも、天気が回復したらあっという間に融けるんですけどね。
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今日はおじを見舞ってからお寺に彼岸のお参りに行って来ました。
出かける時は荒天で、やれやれな気分でしたが、
お参りを終えて帰る頃には、雪も止んでいました。
そんなことでWBCの決勝も見ないで終わったのですが、
帰宅したら優勝が決まっていて、イヤー、よかった。
打撃戦だったので、やはり実況をみたかったなぁ。
優勝後のビールかけが「シャンパン・ファイト」になっていましたが、
郷に入りては郷に従え、ということなのでしょうね。(^^)

先ほど宮川泰さんが亡くなられたとのニュースを知りました。
代表作というと、「宇宙戦艦ヤマト」を思い浮かべられる人も
多いのかな、とも思うんですが、シニアの私としては
ザ・ピーナッツの一連のヒット作を思い出します。
口ずさみやすく、ポップで、おしゃれな曲調はお気に入りでした。
センスの良さを感じましたね。
お若いと思っていたのですが、75歳だったんですね。
でもまだまだ活躍できたのに、と思うと残念です。
ご冥福をお祈りいたします。
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by capricciosam | 2006-03-21 22:15 | 時の移ろい | Comments(2)

アマでもできた

■ 「すごいこと」

  合唱指揮者の関屋晋さんが亡くなられた。
  惜しくも実演には接したことはないのだが、あるCDとの出会い
  が、お名前を知るきっかけだった。
  小澤征爾氏がベルリン・フィルの定期演奏会で指揮した時に、
  関屋氏の率いる合唱団(なんと、アマチュア!)が参加して
  大成功を納めたのだが、そのとき実演し、録音したCDが
  オルフの「カルミナ・ブラーナ」で、私としても初のオルフ体験
  だったが、これは大いにうけた。
  出だしの「おお、フォルトナ」のノリの良さ。
  ロックコンサートにも使われるというのが、よくわかる。
  なんでも、このコンサートはベルリン・フィルにもうけたらしく、
  「いつでも戻って来て、ベルリンで演奏会をしてください。
  うちの定期でやります。」というくらい歓迎されたらしい。
  なんと画期的なことか!
  これが1988年のこと。
  それから10年後に関屋氏は「コーラスは楽しい」(岩波新書)
  という、氏の人生そのものズバリのような本をだされた。
  その第6章には「ベルリンでカルミナ・ブラーナを歌う」として、
  当時の様子が描かれている。まさしく、興奮と感激の連続だった
  ようで、氏と合唱団員にとっても忘れられない一時となったことが
  わかる。
  本文中でも触れられているが、翌年もジルヴェスター・コンサート
  によばれてベルリンを再訪しているのだが、一回目はベルリンの
  壁があったのに、翌年いったらもう壁に穴があいていたそうです。
  歴史的にも大きなターニング・ポイントのあたりでした。
  関屋氏は本の中でこうも書かれています。
  「音楽に限らず、日本の文化のあり方の問題点と思うのは、
  ごく限られた専門家というか、エリートをつくるのに熱心で、
  広がりについて無関心だということです。広がりがなくては、
  頂点の高さも本物ではない。」
 
  「合唱の楽しみ方は人それぞれ、いろいろなかたちがあるのです」
  いまさらながらですが、私も肩肘張らずに楽しんでみたいと考え
  ます、それが少しでも「広がり」につながると信じてですが。
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by capricciosam | 2005-04-11 22:23 | 音楽 | Comments(5)

ヒョー、ショー、ジョウ

■ 死亡記事で改めて感じる時の重み

  大相撲千秋楽の優勝力士の表彰場面で
  当時、欠かせない人がいた。
  取組み後の、いわば余興に近い感覚で楽しんだのが
  D・ジョーンズさんで、彼が土俵に上がるだけで
  会場から一斉に声援が飛び、そして彼の第一声で、
  どっと笑いが起きたものだ。
  その上彼はサービス精神に富んだ人だった。
  地方場所では、その地の方言を巧みに織り交ぜて
  やるから、なおさら受けた。
  たいしたもんだなぁ、と子供心に感心してTVを観ていた。
  そういえば、当時のパンアメリカン航空といえば、
  世界でも一二を争う規模だったハズ。
  「兼高かおる世界の旅」のスポンサーで、世界旅行なんて
  夢のまた夢の田舎育ちの少年にはなんともまぶしい
  会社だった。
  それも経営不振からつぶれてしまったのはだいぶ前。
  これにはホントに驚いた。
  「ゆく川の流れはたえずして、しかももとの水にあらず。」
  このごろ、記憶の中の若い頃の思い出に欠かせない人が
  ボツボツ鬼籍に入っていく。
  当たり前だけれど、改めて年とったんだなぁ~。
    
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by capricciosam | 2005-02-06 23:12 | 時の移ろい | Comments(0)