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田村はまだか@光文社

講演会の話をここまで書いたら、やはり書いてしまいたい。
「田村はまだか」を読んだ。

以前、佐々木譲さんの講演会の際、佐々木さんがご自身の作品の
誕生のきっかけとなったエピソードをいくつかお話してくださった。
そのひとつ「ベルリン飛行指令」
当時勤めていた自動車会社が英国でライセンス生産を開始することになった。
ふと第二次世界大戦中にゼロ戦をドイツがライセンス生産していたら、
あの戦争も変わっていたような…
と発想を進めていったことを、佐々木さんは
「ライセンス生産という言葉に反応し、化学変化を起こした」
とおっしゃっていた。

昨日の講演会の最後に会場からの質問に
「田村はまだか」を書くきっかけは?(内心、キターという感じでした)
というのがありました。
朝倉さん曰く
勤めていた当時、会社からの帰宅の際、ある駅近くで火事があった。
一部始終を見ていて、消火作業にはなにやら「作戦」らしきものが
あるらしいことがわかった。そのため作戦に欠かせないメンバーの到着が
遅れていると、作戦もできないらしい。
「○○はまだか」という言葉が聞こえる。
そうすると、関係のない野次馬の朝倉さんまで
そのメンバーの到着を思わず待ちわびてしまった、とのことです。
「○○はどうした」
(つまり、この時の朝倉さんは「田村はまだか」の中で言えば、
バーのマスター花輪さんだった訳か…)

そしてこのフレーズとシチュエーションが、佐々木譲さん流に言えば
朝倉さんの内で「化学変化」を起こしていき、小学校のクラス会の三次会に
集うメンバー男女5人のそれぞれを描いていく連作短編集をつらぬいて
作品に大きな魅力を与えていくことになったのでしょう。
しかし、なんの関係もないものが作品に発展していくのですから、
外野はただおもしろいなぁ~、で済むのですが、作家の方は実際は
大変な労力を使われているのでしょうね。脱帽。

経験上、酔いが深まれば、会話も理路整然とはいきません。
次第に支離滅裂化。
作品の設定が深夜に及ぶ三次会。
当然、作品に登場する彼らの会話も…
文章もその会話を中心とするため、なんの脈絡もなく、その短編ごとの
中心人物の思い出が挿入されたりします。
この辺の若干の読みにくさは別として、40歳という機械的に「中年」と
仕切られてしまうことになった彼らに感情移入しているうちに読み進む
ことになんら抵抗を感じることはありませんでした。
帯に書かれていた
「自分の人生、やや持て余し気味の世代」
とは、言い得て妙です。

読み進む内に、田村の登場を待ち望んでいる自分に微苦笑しつつ、
一方では作者は田村を登場させないつもりなのかな、との思いも募ります。
この辺は、まんまと作者の術中にはまっています。

<以下はネタバレになりますのでご注意ください>

なかなか登場しない田村も、最後にはずいぶん過酷な目に遭いながらも、
ようやくバーに登場し、声も聞こえます。
(この辺りで、私もようやく肩の力を抜くことに…)
田村の様子を想像して、よけいホッとするというのか、
感動が増すのかもしれません。
読み手の感情の落差が激しくなっちゃいますからねぇ…

作者初の三刷らしいのですが、この年代を過ぎた人ほど
一種のノスタルジー的共感を持って読めることでしょう。
さらに言えば、性体験があった方がなお良いかな。
何れにせよ、「大人」には沁みる作品であることは間違いないです。
<6.12追記>
アサクラ日記によれば4刷が決定。着々と売れてますね。
 
<7.12追記>
アサクラ日記によれば6刷になったようです。勢いがついてきました


最後に蛇足をひとつ。
講演会の中で、自分の作品を選評で「達者である」という一言で
片付けられた体験を話されていました。
その頃は自分の書きたいモノが純文学なのか、エンタメなのか、
わからない頃だったらしいのです。
しかし、純文学では決して「達者である」とは評されない、
とおっしゃっていたことと、
ある女性編集者とある書店員に冷たくされたエピソードに絡めて
直木賞を獲ったら、真っ先にその女性編集者と書店員に
知らせたい、とおっしゃったことから推測すれば言わずもがな、かな。
ぜひエンタメ系の金字塔目指してこれからも書き続けてください。
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<おまけ>
図書館では朝倉さんのコーナーを設けて、主な作品や受賞の様子等を
展示していました。写真は「田村はまだか」がはじめて掲載された「宝石」。
この辺りは持てる資源を活かす、という図書館らしい展示の工夫を
感じました。石狩市民図書館、がんばってますね。
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<2009.3.5追記>
吉川英治文学賞新人賞を受賞!
おめでとう!

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by capricciosam | 2008-05-18 10:01 | 読書 | Comments(2)

朝倉かすみ講演会@石狩市民図書館2008

「小説家になった-石狩から誕生した小説現代新人賞作家」
と題して石狩市民図書館で朝倉かすみさんの講演会が行われた。
出かけたのは昨春の佐々木譲さんに続き2回目である。
場所は同じ視聴覚ホール。
詰めかけた方も多く、あふれた方はホールでライブをご覧になった程。
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登場された朝倉さんは案外小柄な方だったが、
一言で言えば「パワフル」。休憩もとらずにしゃべりっぱなし。
さすが、道新文学賞や小説現代新人賞を連続受賞されて、
波に乗っている旬な方らしい。
(いつもどおり寡聞にして知らない私、トホッ)

最初に時間を割いたのが、詰めかけた聴衆の心に形成された
作家「像」の、いわば否定。
作家とは、いわゆる世間で想像するようなステレオタイプでは
ない、と何度も強調される。この部分の最後におっしゃった
「どんな(作家の)人でも名前にはこだわらないでいただきたい。
中味が大事なんです。」
推測するに、朝倉さんは作家として歩んだ自らの(苦い?)体験を
この言葉に照射されているようにも感じるし、等身大の御自分を
大事にしようとなさっているのかもしれない、あるいは自分に対して
正直であろうとしている方なのかも、などといろいろ考えてしまう。

読書歴はと言えば、バイト時代の一人暮らしの食事から本格化。
一週間バイトしては稼いだ金で古本屋の10円程度の文庫本を
買い込んで、食事の友とした。そして名作を読破。
現代物は某スーパー本部で事務員をやるようになってから。

そして30代初め頃から書き始たが、その動機が
「私は結婚できないかもしれない」と思ったかららしいが、
普通は「資格」に走るのだろうが、朝倉さんは
「小説を書くほうが現実的だった」と考えたらしい。
この辺りの発想が現在に繋がっていくと考えると興味深い。

次々に書けたが、(身近な関係の)誰にも読んではもらいたくない。
でも、ずーっと遠い無関係な人には読んでもらいたい、
という欲求があり、道新文化教室にて藤堂志津子さんを見出した
K氏に習うことになる。
K氏は誉めてくれたが、朝倉さんはなかなか言うことをきかなかった。
30代も終わり頃に結婚するが、その歳の夏にK氏死去。
それがきっかけとなったかのように、その年から書き始める。
でも、一字も通らない。
「わたしスゴイはずなのに~!?」
何一つかなわない年が2~3年続き、ごったになった状態で
書き上げたものが道新文学賞を受賞。
そして全国的な賞を3年以内に獲ると決心して書いていったら、
小説現代新人賞を受賞。

この後は、言わば作家「稼業」の話。
・「本にしてください」とお願いしに、わざわざ東京まで出かけたこと。
・プロモに書店員はあなどれないこと。
・「賞獲ったらまた来てね」(内心「賞獲ってやるよ」と反発したこと)
・サイン本の裏話。
・グラビア撮影の話。
・インタビューを受けていてわかった、某タレントの「別に」と言った気持ち。
・「書評が何本でるか」新聞、TVの他、最近はブログも。etc

どんな業界も、特に内部事情的話は興味深いものですね。
あと、次のようなこともおっしゃっていました。

「体験したから書けるんだろう」
じゃあ自分史は文学になるのか、と言えば文学にはならない。
なぜなら「体験」にとどまっているから。
例えば戦争体験として、戦争というものにアプローチしている、
というのが文学。
その例として挙げられたのが、ピカソのゲルニカ。
ゲルニカを見ることで戦争がわかる、
ピカソは戦争というものにアプローチしている、
戦争をわかろうとしている。

ここのところはスゴク納得した気持ちが湧きました。

高一の時の現国の時のエピソード。
担当教師が教科書の谷川俊太郎の詩を「この詩はよくない」
と言って、「世界へ!」というエッセー(詩?)を紹介したところ、
朝倉さんはなぜか感動して何日も繰り返した。
(実際、当日の会場でも朗々と諳んじられた)
そして、こう続けられた。
「あの時あの言葉を教えてくれなかったら…、と考えたら
学校の先生ってスゴイ!」

授業内容よりも、ちょっとした瑣末な事が意外に心に残る。
これって、その後の生き方への影響度では個人差が激しいとは
思うものの、多くの人にありそうな話ではないでしょうか。

その他にも興味つきない話は多かったですね。
朝倉さんはご自身のブログの前日の記事で、
「8割方、ヨタ話」なんて謙遜して書かれていましたが、
なかなかどうして興味深く、楽しい話でしたね。

<蛇足です>
講演会後のサインを待つ間に会場にいらっしゃった
朝倉さんのお母さん(こりゃまたハツラツとしていて素敵)とも
お話をしたりしたのですが、持っていた「田村はまだか」を
見つけられて、
「田村のお父さん、わかりました?」
と尋ねられたので
「第何話のあの方ですね」
と答えたところ、お顔一杯に笑みを拡げられて
「そうそう、わかりましたね」
つられて私もニコニコ(^^)
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by capricciosam | 2008-05-17 22:02 | 講演会 | Comments(0)

日本の10大新宗教@幻冬舎新書

先日、NYのオークションで競売にかけられて約12.5億円で
三越が落札した運慶の作品とみられる木造大日如来像。
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世間でも仏像の国外流出防止にホッとしたところで、次の関心は
「三越は、一体誰の依頼で落札したのか?」
という点だったように思いました。
一週間経って、依頼主が「真如苑」という新宗教団体であることが
報道されました。

私にはその名を聞いても、高橋恵子さんや沢口靖子さんらが
入信していることで有名になったとか、不振に陥った日産自動車が
村山工場跡地をこの団体に売却したという程度の記憶しかありません。
女優やタレントの入信は他の宗教団体でもあることですから、
驚きとしてはそれ程でもなかったのですが、跡地購入には
もっとびっくりした記憶があります。
「宗教団体ってどうしてこんなに資金が豊富なんだ!?」
という思いは残りました。

そのせいか、後日写真の本の帯に惹かれて、書店で平積みされていた
この本を手に取りました。
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本書では真如苑も含めた「新宗教」と呼ばれる10の団体についての
概要が各論でコンパクトに紹介されています。
どうしても各論の具体的記述に目を奪われがちですが、案外
この本のツボは「はじめに」と「おわりに」だなぁ、と思いました。
少し引用してみます。

・新宗教の信者のなかには、一つの教団にとどまるのではなく、
 さまざまな教団を渡り歩いていく人間が少なくない(P16)
・あらゆる宗教は、最初、新宗教として社会に登場するとも言える(p20)
・明治に入って近代化されるまで、日本には、「宗教」という 概念が
なかった(p22)
・新宗教の大きな特徴は分派が多いということと、教団同士の間に
 対立が起こりやすいとうことにある(P24)
・ある宗教がカルトとして糾弾されるのは、その教団が、
 世直しの思想や終末論を強調したときだということは言える(p207)
・新宗教が問題を起こすのは、積極的な金集めを行ったときである(p208)

知らなかったり、感覚的に理解したつもりだったり、という点が
うまく整理されていて、読んでいて参考になりました。
日常でも新宗教と思われる団体の勧誘や訪問に接する機会が
割とある以上、現代日本社会において一定の勢力を保持し続ける
彼らにいつまでも無関心ではいられないのではないか、と思います。
だからこそ本書は格好のガイド本としての役割を果たしているのでしょう。

最後に、例の運慶作らしい仏像ですが、真如苑は公開する方向で
あること、重要文化財指定を受けることも検討していることを表明されて
います。大変結構なことですね。
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by capricciosam | 2008-03-25 21:42 | 読書 | Comments(0)

国家の罠@新潮文庫

今日東京高裁で鈴木宗男衆議院議員に再び有罪判決があった。
鈴木氏はすぐに控訴する意向を表明したことから、最高裁まで
争われることは確実だろう。
先におことわりしておくが、私は支持者でも非支持者でもない。
よって、この判決についてどちらかに与して論じようなどとは思わない。
今回の報道で昨年読んだ一冊の本を思い出したので、
その感想を少々書いておきたいのだ。
思い出したその本とは「国家の罠」。

時間とともに記憶も風化しつつあるが、小泉内閣を思い出す時に、
田中真紀子外務大臣を巡る一連の騒動はなんとも華々しいシロモノ
だったように思う。そして、この騒動は田中大臣の追放だけではなく、
鈴木議員の逮捕、何人かの外務省職員の逮捕も引き起こした。
その職員の一人が「国家の罠」の著者佐藤優氏だった。

氏に関わる裁判もまだ終わっておらず、判決も確定していないが、
釈放後に出版されたというこの本の迫力には正直圧倒された。
佐藤氏の語り口には嫌味・恨み等のネガティブなものは感じられず、
読み進むうちに一種感動を覚え、ごくごく単純に、素直に
心が揺さぶられるが如き読後感に襲われる。
報道で知り得た話の肉付けや騒動の裏面が氏の驚異の記憶力で
詳細にかき込まれ、読む者を捉えて離さない力があるのだ。
特に、裏面的側面には瞠目すべき話がある。
次が象徴的か。

「これは国策捜査なんだから。あなたが捕まった理由は簡単。
あなたと鈴木宗男をつなげる事件を作るため。国策捜査は時代の
けじめをつけるために必要なんです。時代を転換するために、
何か象徴的な事件を作り出して、それを断罪するのです。」(P.366)

上記は担当検事の発言として本書に登場するが、
「国策捜査」
「時代のけじめ」
「象徴的な事件」
案外、この辺りが今回の裁判のキーワードなのかもしれない。
もちろん、佐藤氏は鈴木氏シンパなので表現には、ワンサイド的
側面が多いという点には注意すべきなのは言うまでもない。
に、しても自己を弁護する気配もなく、実にたいしたものだ。
この辺は著者のクリスチャンとしての面目躍如たるところか。

その他にも現代外交の先端の一面、外務省の勢力争い、
東京拘置所内の生活等なかなか知り得ない興味深い話が多く、
希にみるノンフィクションとなっている。
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by capricciosam | 2008-02-26 21:48 | 読書 | Comments(0)

ウェブ時代をゆく@ちくま新書

著者はあとがきで、前著「ウェブ進化論」と「ウェブ時代をゆく」の関係を
福澤諭吉の「西洋事情」と「学問のすすめ」の対になった関係に準える。
つまり、ウェブ時代の意味を説き明かしてみせたのが前著で、じゃぁ
そんな時代にどう生きていくのか、どんな生き方が可能なのか、を
今回の著書で書いたのだ、と。
確かに、重要な指針となる考えが示されている、と思う。

例えば、羽生名人の示唆した「学習の高速道路化とその先の大渋滞」
ということが前著で書かれたが、「じゃあ、我々はどうしたらいいの?」
という私のような凡人の疑問に対し、著者の回答はまだ抽象的であった。
これに対して、今回著者は数段踏み込んでその考えを明らかにする。
それが「高く険しい道」と「けものみち」という考えである(決して中間はない)。
「なるほどなぁ」と半ば共鳴しつつも、これって前途ある若い人には
いいかもしれないが、人生の大半を浪費したわしらには、ちょっとねぇ…
などと、ついつい思ってしまい、半ばあきらめかけたら、
著者はすかさず次章で「ロールモデル思考法」というのを提示する。

どの道を選ぶかという時の基準は「好き(志向性)」だと著書は言う。
では、その好きをどうやって見つけるのか、という方法がこれなのだ。
「ロールモデル」即ち「お手本」ということだ。お手本とはなんとも陳腐だなぁ、
という印象は読み進むうちに解消される。ひと味違うのだ。
ここだけなら前途短い者でも応用可能かもなぁ、という気にさせられた。

著者が一年間心血を注いだというだけあって、総じて読みやすく、
かつわかりやすい。前著は驚きが主となったが、今回はより有意義な
手応えとでもいうようなものを感じる。
どちらかと言えば前途有為な若者にこそ、得るモノはより大きいかもしれない
という印象を持つが、著者はこうも言ってくれる。少々長いが引用する。

「…リアル世界での日常に余裕の出たシニア層は、ネットで過ごす時間を
増やし、いずれ総表現社会の重要な担い手となると私は確信しているのだが、
(略)シニア層が自らの経験を語ることで、「若者にとってのロールモデル」
たる要素をネット上に溢れさせてほしいと思う。」(P.139)

シニア層全員が「ロールモデル」たり得るとは決して思わないが、シニア層が
これからますます進展するウェブ時代を生きる上での貴重な示唆だと思う。
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<蛇足>
本書の英語タイトルは「Web revolution for the rest of us」だったらしい。
the rest of us、即ち進展するウェブに対応している人たち以外の残りの人たち
に向けて書いた、というのだ。「ウェブというのはすべての人に影響を及ぼす。
そういう人たちがウェブ時代にどう生きていけばよいのか、ということを考えた。」
メイキングとしての興味深い話はこちらをご覧ください。
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by capricciosam | 2007-12-28 23:43 | 読書 | Comments(0)

戦争を知らない子供たち

ファイターズのパレード中継を見た後、カミサンとちょいと外出。
車中のラジオから聞こえてきたのは、なんと北山修さんの声。
「なつかし~い」
1970年代の当時の若者の旗手のお一人だったのですが、
本業の医師としてのお仕事に専念されていたようで、
消息を聞いたことがありませんでした。
最近フォークルを再結成されたとの話も耳にはしたのですが、
姿も声も聴いたことがなかったので、ちょっとびっくり。
あの笑いっぷりと話っぷりは当時とあまり変わりませんねぇ。

当時の作品をいくつかかけていましたが、その中には
「戦争を知らない子供たち」も。
この作品について、北山さん曰く「時代が作らせたんですね」
それで、確か同タイトルの文庫本を持っていたことを思い出しました。
帰宅して探してみると、写真の文庫本が確かにありました。
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懐かしさにパラパラ眺めていたら、所々線がひいてありました。
悩める若者の一人として、幼いながらも真剣だったんでしょう。
そのいくつかですが、今となっては当時どう考えたことやら…

◆若者の孤独は自己の追求を急ぐあまり、若くして一人前の
 形而学者になってしまうところから始まる。

◆勢い込んで壁の破壊を叫ぶより、怠惰により自分を大きくして
 壁からはみ出していくことが必要であると信じる。

ところで、改めて読んでみると、当時はノーチェックだった
次のような文も、今なら線をひきたい。
◆正常な人間の心を精神分析していくと必ず「正義漢でありたいし、
 お金も儲けたい」と出る。科学者である私は、自分に関してもそれを
 肯定する。私は<ひたむき>であるかもしれないが<純粋>ではない。

北山さんは、「はじめに」で以下のように記します。
少し長いのですが引用します。

「私は(略)純粋戦後派・戦無派と呼ばれるどうしようもない世代の
一人である。大人たちが、どうわめこうと<戦争を知らない子供たち>は
明日の日本を台無しにするため、その果てしない行進をつづける。
この本は、戦後史に位置づけられた私のたましいを見さだめるための
<自己認識>と<懐旧>の記録である。目標はこれに陶酔することなく、
状況を把握し、これを越えるところにある。」

まさしく、雑然とした構成のこの本を貫く著者としての思いがここに
語り尽くされている、と感じました。若さ故の懊悩やためらいにとどまらず、
決然として時代を疾走していった著者も、今では還暦を過ぎ、
本業で大成されたようです。
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by capricciosam | 2007-11-25 01:30 | 時の移ろい | Comments(0)

地球の入り&地球の出

やや旧聞に属するが、日本が打ち上げた月探査衛星からの
ハイビジョン映像を地上波で見ることができた。
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アポロ11号の月面着陸をライブで興奮して見た世代としては
まず、その映像の鮮明さに驚いた。さすがハイビジョン。
当時の薄膜でもかかったかのような画像とは、やはり違う。
細部が鮮明だ。コントラストもくっきりしている。
次に、動画であることだ。
当時、月の表面から青い地球がぽっかり浮かぶ写真の鮮烈だったこと。
どんなに衝撃的だったか。でも、あれは静止画。
もちろん、当時も宇宙飛行士の船外活動等の動画はあったが、
今回「かぐや」が活写した「地球の入り&地球の出」は当時は静止画だけ
だったはず。それが、わずか70秒足らずとはいえ、動画で見られたが、
画像の鮮明さと相まって、まるで自分が実際のかぐやの船内にいるかのようだ。
また別の意味で異なったものを感じて、胸に迫るものがある。
CGが発達した現在では、まるでCG並、と思わずとってしまいそうになるが、
おっと、今回ばかりはリアルだった。
月に鳥はいないのだろうが、一種「鳥瞰図」的趣がある。

JAXAのサイトにある動画を繰り返し見ては、不思議な感慨に襲われている。
なんとも形容しがたいが、あえて言えば目線の高さの変化とでも言おうか、
日常性からの離脱とでも言うのがふさわしいのか。
普段ではまず考えたこともない、「超越した存在=神」なんてものまで
考えてしまいそうな、そんな気持ちになってしまう。
そこで、思い出したのが立花隆著「宇宙からの帰還」である。
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徹底的に理系な人たちであるはずの飛行士たちが、宇宙からの帰還後は
神を意識したり、宗教に走ったりして、まるで人生観を一変させてしまう
という現象が次々に語られていく。実に刺激的。
著者はむすびでこう記す。

「つい読みすごしてしまうような軽いタッチの短いセンテンスの中に、
驚くほど深く、スケールの大きなメッセージが込められていたりする。
(略)彼らのメッセージが(略)できるだけ深い所でその人を刺激する
ことを私は願っている。」

私がこの本を読んだのは、約10年前にちょっと長期入院をした時だった。
退屈しのぎに手にとってはみたものの、あまりのおもしろさに
一気に読み終えて、妙にワクワクする気持ちに陥ったことを今でも記憶。
著者の願いどおり、まんまと「刺激」されてしまった。
宇宙空間へ飛び出す人がますます増える現代。
この本の値はいまだ色褪せることなく、ますますその価値が増すのでは、
と考えている。
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by capricciosam | 2007-11-17 21:26 | みて楽しむ | Comments(0)

行きずりの街@新潮文庫

リンクさせていただいていた札幌在住8年の作家志水辰夫さんが
11月に京都に引っ越しされた。
(その辺りの事情はリンクの「志水辰夫めもらんだむ」をご覧下さい)
在札中は道民、市民にとって辛辣な提言もあったが、
うなづけるものも多く、短期間との限定付きのようではあったが、
ぜひ定住して健筆をふるっていただきたかったので残念。
最新作は武士モノだったことから、その指向性とも関係ありそうな
今回の古都への引っ越しとなったのだろうか、と勝手に推察している。
しかし、高齢になれば身も心も「安住の地」を求めるのが生理なのだろうが、
あえてその身と心にムチ打って「変化」を求める生き方には感銘を覚えた。

さて、今回取り上げた「行きずりの街」。
1994年文庫で発売された時に読んではいたが、今年帯の惹句を替えて
再度売り出したら、ベストセラーになってしまったという話題の本。
(この辺りの著者のとまどいや面はゆさが札幌の紀伊國屋書店を舞台に
上記HPに残されています)
誤解のないように最初におことわりしておきますが、今回取り上げたのは
「どうせ札幌は行きずりの街なんだ」との揶揄を込めた訳では決してない、
ということです。それどころか、私の中では志水作品の中でも
愛惜能わざる作品なのです。
一度は触れておきたかったので、著者が札幌を離れるという淋しい
機会ではあるが、取り上げてみました。

<ネタバレ的内容を含みますのでご注意ください>

読まれた方も多いでしょうから、キーワードでざっくりと見てみると、
私学、教師、教え子、結婚、スキャンダル、離婚というひとくくりが過去に存在し、
田舎、塾講師、教え子、失踪、上京、捜索、再会というひとくくりが現在進行形で
綴られていく。しかし、捜索=探偵活動となり、そこには過去の殺人が
暴力=血の匂いとともにつきまとう。
以前の作品にも恋愛の要素は多分にあったのだが、ハードボイルドな部分の
印象が強く出ていた。それが本作品では主軸を為すのが「恋愛」であり、
この作品でブレンドの割合が変化したことを知るとともに、
それが調和をとって心地良かった。まさしく「旨い」のだ。
私にはシミタツさんの執筆活動がひとつのピークを迎えつつあることを
知り得たような気分に襲われた忘れがたい作品である。

確かに時代背景はバブル期から崩壊後なので、携帯電話も発達していない。
電話が重要なアイテムとなっており、ケータイが主流となりつつある現代から
見れば、ちょいとズレを感じる部分もないわけではないが、物語の骨格が
しっかりしているから、いささかの揺るぎも感じさせることなく再読できた。
「再読?」
実はそうなんです。昨夜記事を書こうとして、パラパラと読み始めたら
止められなくなり今朝までかかって読んでいました。
やはり、良くできていますよ、この作品は。
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by capricciosam | 2007-11-10 23:31 | 読書 | Comments(0)

凍土の花 中城ふみ子

古新聞を整理していて、ある訃報が目に止まった。
伊達市の大塚陽子さん、77歳とある。
「どこかで聞いたことがあるような…、あっ」
当時、歌人としては著名な方らしい程度しか私は知らなかったのだが、
実は10年程前に一度御本人の講演を聴いたことがあった。

講演のテーマは「中城ふみ子」に関するものだった。
中城み子は戦後歌壇に登場し、本格的活躍の前に
乳ガンのため31歳で夭逝した。
歌集に「乳房喪失」がある。

 冬の皺よせゐる海よ今少し生きて己の無惨を見むか

ふみ子が札幌医大の暗い病室で生涯を終えた時、
作家の渡辺淳一は同大の医学生(1年)であった。
しかし、特段接点はなかったようだが、後年になって、
ふみ子の伝記的小説である「冬の花火」を為した。
大塚さんはそのあとがきでも執筆協力者として名を挙げられているが、
当時、同じ短歌会でふみ子と才能を競った間柄であったようだ。
「冬の花火」でもそれらしいモデルが描かれている。

講演の冒頭、「冬の花火」を「つくりものですから」と一笑に付したが、
その一言に「ふみ子を本当に語れるのは私である」、という
自負のようなものを感じる、と同時に予防線のような警戒心も感じた。
講演は、ふみ子の詠んだ歌をランダムに紹介しながら、
注釈をつけるという形で進み、特段のまとまりはなかったが、
次のようなものであった。<>部分が当時のメモです。

 われに最も近き貌せる末の子を夫が持て余しつつ育てゐるとぞ
<作家としての構築性のあらわれ>

アドルムの箱買ひためて日々眠る夫の荒惨に近よりがたし
<ふみ子の虚構性のあらわれ、自尊心、構成力>

 絶詠:
 息切れて苦しむこの夜もふるさとに亜麻の花むらさきに充ちてゐる
 <きらいな帯広の象徴>

また、ふみ子は一度離婚を経験しているが、大塚さんは
「夫を恨む歌は多いが、憎んだ歌はない」
とも、おっしゃっていたが、「恨む」と「憎む」の違いに
歌人としての言葉への細やかさを感じた。

同時代をともに生きた人の話は、「冬の花火」で得られた印象とは
またひと味違ったものであったように思う。
大塚さんのご冥福をお祈りいたします。
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by capricciosam | 2007-08-26 23:49 | 講演会 | Comments(0)

牧野植物図鑑の謎@平凡社新書

見知らぬ草花も名がわからないばかりに「雑草」扱い。

ところが、それらも知られていないだけでほとんどに名がある。
そんな名をつける作業に地道に取り組んだ人たちがいる訳で、
代表的人物としては牧野富太郎(1862-1957)が挙げられる。
彼の為した「牧野日本植物図鑑」は死後も増補改訂されて、
現在も店頭に並んで植物図鑑の定番となっている。

植物図鑑は明治から牧野氏以外の多くの人も取り組んで出版されたが、
そんな黎明期に活躍した一人に村越三千男(1872-1948)がいる。
むしろ一時期は村越の出版した植物図鑑が優勢だったこともあるらしいが、
今ではすっかり歴史の中に埋もれてしまい、彼の図鑑も販売されておらず、
あまつさえ、どんな人であったのかすら杳として知られていない。

著者は、別々の古本屋で偶然手に入れた二人の図鑑の奥付に着目して
両者には苛烈な出版競争があったらしいことを掴むことから、興味を抱いて
コツコツと丁寧に事実関係を探ろうとする。
そして、次の4つの「謎」を骨格として本書を成した。

第一の謎 牧野富太郎と村越三千男の間に何があったのか
第二の謎 植物図鑑は牧野富太郎の発明品か
第三の謎 なぜ明治40年頃に多くの植物図鑑が現れたのか
第四の謎 牧野が「牧野日本植物図鑑」で警告した相手はだれか

歴史上の人物にまつわるミステリーはよくあるが、本書は
①牧野富太郎という天才植物学者の人物像自体、②この4つの謎、
そして③著者のまじめに取り組む姿勢、の三点が相乗効果をもたらし、
軽い知的好奇心と俗物的好奇心の両面を満たすことに成功している。
特に、第三の謎は日本の理科教育の成り立ち的側面の一端を
明らかにしている面もあり、意外な事実に正直驚いた。
また、著者の努力にもかかわらず、村越氏側の親族に接触できず、
情報が圧倒的に不足しがちの中で推論を補強することがかなわなかった
ことは惜しまれるが、ちょっとしたミステリーでおもしろい本でした。
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この本はときどきお邪魔するむぎさんの記事で知りました。
むぎさん、ありがとうございます。
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by capricciosam | 2007-08-05 18:40 | 読書 | Comments(2)