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人気者でいこう

>1984年8月5日
>札幌真駒内屋外競技場
>18:00開演
>少年マガジンpresents熱帯絶命!ツアー夏「出席とります」

あの日は熱くて、コンサート前にSASうちわを買ってしまったくらい。
夏の陽もようやく傾きだしたものの、依然場内は明るく、熱い。
前座ではさっぱり盛り上がらず、客席もじれてきた頃。
ようやく、サザン登場。
いきなり会場総立ちで、約2時間。
立ち続ける私に、横にいたカミサンはあきれ顔。
確かに、あの疲れは心地よかった。
そして、若かったのも確かなこと。
コンサートは発売されたばかりの「人気者で行こう」中心。
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サザンの来年以降の無期限活動休止宣言は、その前に
解散説が流れたことで、私にはそれ程唐突ではなかった。
「来るべきものが来たか…」
桑田さんも52歳。
メンバーも平均年齢約52歳とちょっと。
あなたの周りの52歳を思い浮かべたら…、無理もない、かも。
一抹の寂しさよりも、彼らの残してくれた膨大な楽曲の数々。
これだけでも十分ですって。
単なる充電なのかもしれませんが、とりあえずお疲れ様。
# by capricciosam | 2008-05-19 23:05 | 音楽

田村はまだか@光文社

講演会の話をここまで書いたら、やはり書いてしまいたい。
「田村はまだか」を読んだ。

以前、佐々木譲さんの講演会の際、佐々木さんがご自身の作品の
誕生のきっかけとなったエピソードをいくつかお話してくださった。
そのひとつ「ベルリン飛行指令」
当時勤めていた自動車会社が英国でライセンス生産を開始することになった。
ふと第二次世界大戦中にゼロ戦をドイツがライセンス生産していたら、
あの戦争も変わっていたような…
と発想を進めていったことを、佐々木さんは
「ライセンス生産という言葉に反応し、化学変化を起こした」
とおっしゃっていた。

昨日の講演会の最後に会場からの質問に
「田村はまだか」を書くきっかけは?(内心、キターという感じでした)
というのがありました。
朝倉さん曰く
勤めていた当時、会社からの帰宅の際、ある駅近くで火事があった。
一部始終を見ていて、消火作業にはなにやら「作戦」らしきものが
あるらしいことがわかった。そのため作戦に欠かせないメンバーの到着が
遅れていると、作戦もできないらしい。
「○○はまだか」という言葉が聞こえる。
そうすると、関係のない野次馬の朝倉さんまで
そのメンバーの到着を思わず待ちわびてしまった、とのことです。
「○○はどうした」
(つまり、この時の朝倉さんは「田村はまだか」の中で言えば、
バーのマスター花輪さんだった訳か…)

そしてこのフレーズとシチュエーションが、佐々木譲さん流に言えば
朝倉さんの内で「化学変化」を起こしていき、小学校のクラス会の三次会に
集うメンバー男女5人のそれぞれを描いていく連作短編集をつらぬいて
作品に大きな魅力を与えていくことになったのでしょう。
しかし、なんの関係もないものが作品に発展していくのですから、
外野はただおもしろいなぁ~、で済むのですが、作家の方は実際は
大変な労力を使われているのでしょうね。脱帽。

経験上、酔いが深まれば、会話も理路整然とはいきません。
次第に支離滅裂化。
作品の設定が深夜に及ぶ三次会。
当然、作品に登場する彼らの会話も…
文章もその会話を中心とするため、なんの脈絡もなく、その短編ごとの
中心人物の思い出が挿入されたりします。
この辺の若干の読みにくさは別として、40歳という機械的に「中年」と
仕切られてしまうことになった彼らに感情移入しているうちに読み進む
ことになんら抵抗を感じることはありませんでした。
帯に書かれていた
「自分の人生、やや持て余し気味の世代」
とは、言い得て妙です。

読み進む内に、田村の登場を待ち望んでいる自分に微苦笑しつつ、
一方では作者は田村を登場させないつもりなのかな、との思いも募ります。
この辺は、まんまと作者の術中にはまっています。

<以下はネタバレになりますのでご注意ください>

なかなか登場しない田村も、最後にはずいぶん過酷な目に遭いながらも、
ようやくバーに登場し、声も聞こえます。
(この辺りで、私もようやく肩の力を抜くことに…)
田村の様子を想像して、よけいホッとするというのか、
感動が増すのかもしれません。
読み手の感情の落差が激しくなっちゃいますからねぇ…

作者初の三刷らしいのですが、この年代を過ぎた人ほど
一種のノスタルジー的共感を持って読めることでしょう。
さらに言えば、性体験があった方がなお良いかな。
何れにせよ、「大人」には沁みる作品であることは間違いないです。
<6.12追記>
アサクラ日記によれば4刷が決定。着々と売れてますね。
 
<7.12追記>
アサクラ日記によれば6刷になったようです。勢いがついてきました


最後に蛇足をひとつ。
講演会の中で、自分の作品を選評で「達者である」という一言で
片付けられた体験を話されていました。
その頃は自分の書きたいモノが純文学なのか、エンタメなのか、
わからない頃だったらしいのです。
しかし、純文学では決して「達者である」とは評されない、
とおっしゃっていたことと、
ある女性編集者とある書店員に冷たくされたエピソードに絡めて
直木賞を獲ったら、真っ先にその女性編集者と書店員に
知らせたい、とおっしゃったことから推測すれば言わずもがな、かな。
ぜひエンタメ系の金字塔目指してこれからも書き続けてください。
田村はまだか@光文社_c0007388_2124717.jpg

<おまけ>
図書館では朝倉さんのコーナーを設けて、主な作品や受賞の様子等を
展示していました。写真は「田村はまだか」がはじめて掲載された「宝石」。
この辺りは持てる資源を活かす、という図書館らしい展示の工夫を
感じました。石狩市民図書館、がんばってますね。
田村はまだか@光文社_c0007388_21342628.jpg

<2009.3.5追記>
吉川英治文学賞新人賞を受賞!
おめでとう!

# by capricciosam | 2008-05-18 10:01 | 読書

朝倉かすみ講演会@石狩市民図書館2008

「小説家になった-石狩から誕生した小説現代新人賞作家」
と題して石狩市民図書館で朝倉かすみさんの講演会が行われた。
出かけたのは昨春の佐々木譲さんに続き2回目である。
場所は同じ視聴覚ホール。
詰めかけた方も多く、あふれた方はホールでライブをご覧になった程。
朝倉かすみ講演会@石狩市民図書館2008_c0007388_21272362.jpg

登場された朝倉さんは案外小柄な方だったが、
一言で言えば「パワフル」。休憩もとらずにしゃべりっぱなし。
さすが、道新文学賞や小説現代新人賞を連続受賞されて、
波に乗っている旬な方らしい。
(いつもどおり寡聞にして知らない私、トホッ)

最初に時間を割いたのが、詰めかけた聴衆の心に形成された
作家「像」の、いわば否定。
作家とは、いわゆる世間で想像するようなステレオタイプでは
ない、と何度も強調される。この部分の最後におっしゃった
「どんな(作家の)人でも名前にはこだわらないでいただきたい。
中味が大事なんです。」
推測するに、朝倉さんは作家として歩んだ自らの(苦い?)体験を
この言葉に照射されているようにも感じるし、等身大の御自分を
大事にしようとなさっているのかもしれない、あるいは自分に対して
正直であろうとしている方なのかも、などといろいろ考えてしまう。

読書歴はと言えば、バイト時代の一人暮らしの食事から本格化。
一週間バイトしては稼いだ金で古本屋の10円程度の文庫本を
買い込んで、食事の友とした。そして名作を読破。
現代物は某スーパー本部で事務員をやるようになってから。

そして30代初め頃から書き始たが、その動機が
「私は結婚できないかもしれない」と思ったかららしいが、
普通は「資格」に走るのだろうが、朝倉さんは
「小説を書くほうが現実的だった」と考えたらしい。
この辺りの発想が現在に繋がっていくと考えると興味深い。

次々に書けたが、(身近な関係の)誰にも読んではもらいたくない。
でも、ずーっと遠い無関係な人には読んでもらいたい、
という欲求があり、道新文化教室にて藤堂志津子さんを見出した
K氏に習うことになる。
K氏は誉めてくれたが、朝倉さんはなかなか言うことをきかなかった。
30代も終わり頃に結婚するが、その歳の夏にK氏死去。
それがきっかけとなったかのように、その年から書き始める。
でも、一字も通らない。
「わたしスゴイはずなのに~!?」
何一つかなわない年が2~3年続き、ごったになった状態で
書き上げたものが道新文学賞を受賞。
そして全国的な賞を3年以内に獲ると決心して書いていったら、
小説現代新人賞を受賞。

この後は、言わば作家「稼業」の話。
・「本にしてください」とお願いしに、わざわざ東京まで出かけたこと。
・プロモに書店員はあなどれないこと。
・「賞獲ったらまた来てね」(内心「賞獲ってやるよ」と反発したこと)
・サイン本の裏話。
・グラビア撮影の話。
・インタビューを受けていてわかった、某タレントの「別に」と言った気持ち。
・「書評が何本でるか」新聞、TVの他、最近はブログも。etc

どんな業界も、特に内部事情的話は興味深いものですね。
あと、次のようなこともおっしゃっていました。

「体験したから書けるんだろう」
じゃあ自分史は文学になるのか、と言えば文学にはならない。
なぜなら「体験」にとどまっているから。
例えば戦争体験として、戦争というものにアプローチしている、
というのが文学。
その例として挙げられたのが、ピカソのゲルニカ。
ゲルニカを見ることで戦争がわかる、
ピカソは戦争というものにアプローチしている、
戦争をわかろうとしている。

ここのところはスゴク納得した気持ちが湧きました。

高一の時の現国の時のエピソード。
担当教師が教科書の谷川俊太郎の詩を「この詩はよくない」
と言って、「世界へ!」というエッセー(詩?)を紹介したところ、
朝倉さんはなぜか感動して何日も繰り返した。
(実際、当日の会場でも朗々と諳んじられた)
そして、こう続けられた。
「あの時あの言葉を教えてくれなかったら…、と考えたら
学校の先生ってスゴイ!」

授業内容よりも、ちょっとした瑣末な事が意外に心に残る。
これって、その後の生き方への影響度では個人差が激しいとは
思うものの、多くの人にありそうな話ではないでしょうか。

その他にも興味つきない話は多かったですね。
朝倉さんはご自身のブログの前日の記事で、
「8割方、ヨタ話」なんて謙遜して書かれていましたが、
なかなかどうして興味深く、楽しい話でしたね。

<蛇足です>
講演会後のサインを待つ間に会場にいらっしゃった
朝倉さんのお母さん(こりゃまたハツラツとしていて素敵)とも
お話をしたりしたのですが、持っていた「田村はまだか」を
見つけられて、
「田村のお父さん、わかりました?」
と尋ねられたので
「第何話のあの方ですね」
と答えたところ、お顔一杯に笑みを拡げられて
「そうそう、わかりましたね」
つられて私もニコニコ(^^)
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# by capricciosam | 2008-05-17 22:02 | 講演会

ときならぬ低温に震えて

一体どうしたんでしょう、この寒さ。
とうとう我慢しきれず、暖房を入れています。
先日は、霜が降りて道北のアスパラガスに大被害がでていました。
北海道の「旬の味覚」なのにもったいないのですが、
天候にはかないません。
GW頃の陽気が懐かしい…

さて、桜も今ではすっかり葉桜。
今年は慌ただしくて、ゆっくり鑑賞する余裕もなかったので、
「おいおい、もう葉桜なのかぁ~」
と、あきらめつつもややボヤキ気味。
でも段々、新緑の季節へと移行しつつあるのが見てはっきりとわかるので、
これまた楽しい季節でもありますね。

夜、風呂上がりに体脂肪を図ったら、数値がアップ!?
思い当たる節は、お昼に食べた中華飯。
「おいしかったけれど、脂っこかったしなぁ…」
メタボおやじには油断大敵です。

中華と言えば、続々増えていく死者の数。
中国をめぐる話題が聖火リレーから大地震になってしまいましたが、
災害救助は何を置いても優先すべき事柄。
ミャンマーのサイクロン被害といい、春から続くなぁ…
ときならぬ低温に震えて_c0007388_2257617.jpg

# by capricciosam | 2008-05-14 23:24 | 時の移ろい

名曲物語@TV

今夜、久しぶりに「金スマ」を観たら、名曲物語として
70年代と80年代の2曲が紹介されていました。

80年代は村下孝蔵さんの「初恋」
今でも40代半ばで急逝したのは惜しまれるのですが、
彼のクリアながらも暖かい歌声に乗せて歌われるこの曲は
抒情に満ちて、お気に入りの一曲です。
番組では中学時代の転校していった女生徒が初恋の相手だった
ということで、亡くなる何日か前に偶然村下さん自身が電話で
友達としての会話をしていたことが紹介されていました。
でも、こういうエピソードが無くても曲の世界は十分成立していますね。

70年代はイルカさんの「なごり雪」
ちょうどこの曲がヒットしてメジャーになった数年後の頃ですが、
彼女のコンサートにでかけたことがあります。
名曲物語@TV_c0007388_2337284.jpg

当時、友人がチケットをタダでもらったらしいのですが、
都合が悪くなって、さらに私にタダで譲ってくれたものでした。
私ですか? もちろん、喜んでホイホイでかけたものでした(^^)
今となっては写真のチケットで確かに行ったことぐらいしか
覚えていないのですが、なんの外連味もない暖かいステージ
だったなぁ、という印象があります。
この曲もオリジナルの伊勢正三さんの歌声で聴くのも味わい深い
のですが、やはりイルカさんの肩の力を抜いた暖かい声が響きます。

番組では難病のご主人との生活を軸に「なごり雪」が
とりあげられていましたが、そもそも「なごり雪」を勧めたのが発病前の
ご主人で、そのご主人が晩年過ごされたのが、なんと旭川の病院だった
とは意外でした。
病室から見える山々は大雪山のように見えました。

蛇足ですが、以前「冬になると思い出す曲」という記事の中で、
その中に「なごり雪」が入っているけれど、これは早春の歌じゃないのか、
と書きましたが、今夜改めて聴いてみても、
やはりこの歌の描く世界は「早春の別れ」ですよ。
# by capricciosam | 2008-05-09 23:39 | 時の移ろい